食事のあとで
「――え? 断られちゃったんですか? なんで?」
食事をご馳走になったあとに通された部屋。なぜか寝台が二つある部屋に案内され、不思議に感じながらもそのまま今に至る。ちょうどルルディに勧誘に失敗した話を聞かせたところだった。
「なんでも、本人はこの土地に埋まっているとか何とかで動けないばかりか、この黄の龍の祭りの期間が終わってしまったら、また次の祭りの期間まで眠りについてしまうらしい」
「む……まるで冬眠ですね。書物で読んだだけですから、その表現が正しいのかはわからないですけど」
(確かにそうだな)
枕を抱きかかえて寝台に腰を下ろしていたルルディの意見に、ヘイゼルは同意する。
「とにかく、そう言われてしまったらこっちは手の施しようがない。アスファル王子自身は協力したい気持ちでいるみたいだったが、動けないもんは仕方がない。俺たちは黄の龍の祭りが無事に終わるのを見届けるだけだ。幸い、彼は覚醒している。三年後にはまた会えるし、結界でこの地域が護られ続けている分には問題ない」
「――それって、本当に問題なしでしょうか?」
抱きかかえていた枕を寝台に置くと、ルルディはヘイゼルの隣に移動する。ヘイゼルのいる寝台にちょこんと座ると、話を続ける。
「黄の龍を護るためなのか、生まれ育った国を護るためなのかはわからないですけど、そのための装置のようにこれからも生き続けなきゃならないなんて、つらいと思うんですよ。たった一人、この広い沙漠で、その事実を誰にも知られずに、ひっそりと生き続けるんでしょ? それが、龍の守護者がすべきことなんでしょうか?」
顔を覗き込むようにして問うルルディの顔には非難するような色が浮かんでいる。納得しかねるという気持ちがありありと表れていた。
「確かに、そうだな……」
「それに、アスファルさん、あたしたちを見ながら一緒にいるだけで退屈せずに済みそうだって、とても幸せそうに言っていたじゃないですか。あれって、本心だと思うんですよ。あたしたちと一緒にいたいって、心から思っているんですって」
「どうかな。ただの社交辞令じゃないのか?」
あまりにも熱く語るのでヘイゼルが冷静に返すと、彼女はついと立って顔を寄せた。
「だからヘイゼルさんは鈍いんですよっ! だったらあたし、直接アスファルさんに聞いてきますっ!」
動き出したルルディを引き止めるため、ヘイゼルは慌てて彼女の腕を掴む。
「待て待て、ルルディ。行ってどうするんだ? 彼が本当にそう思っていたとしても、自由に動けないという事実は変わらないんだ。君は彼を困らせたいのか?」
「でも、そんなのってないじゃないですか。ひどいじゃないですか。この土地に一生縛られるってことなんでしょう? 呪いじゃない。なんでそんなこと、黄の龍は強いるんですか?」
(あっ……)
彼女の瞳に涙が溜まっていた。それだけ強く、アスファルのことを案じていたと言うことなのだろう。
ヘイゼルが掴んでいた手を離すと、ルルディは向き合う。懇願するような目を向けると、言葉を続けた。
「あたし、アスファルさんをその呪縛から解放してあげたいです。ヘイゼルさん、なんとかできないものですか?」
「なんとかって言われてもな……アスファル王子がどう考えているのかもわからないし。ただのお節介になるかもしれないだろ?」
何もしたくないのとは違う。ルルディが言うほどではないにしろ、このまま放っておくのもいかがなものなのか、くらいには考えていた。だが、アスファルがどうしたいのかが掴めない以上、勝手な真似はできない。
「ヘイゼルさん、冷たいです。もっと優しくて温かな人だと信じてたのに……」
「いや、君が俺にどんなことを期待していたのかなんて預かり知らぬところなんだが――」
ぽろりと彼女の瞳から雫が零れ落ちた。
(あぁ、またやっちった……)
泣き出してしまったのを見て、ヘイゼルは黙ってルルディを引き寄せた。手を引いて膝の上に乗せ、頭を撫でてやる。えぐえぐと泣くルルディはされるがままで、涙は止まらない。
「ったく、君は俺を過信しているところがある。俺はそんな器用な人間じゃないし、万能でもない。君が思うほど、俺はすごい人間じゃないんだ。わかるだろう?」
「ヘイゼルさんは……えぐっ……すごい人ですよ……?」
なかなか泣き止んではくれない。この対処が彼女よりももっと年少の子どもに対して行うことだとは感じていたが、しかし他に方法は浮かばない。どうすれば落ち着いてくれるのだろうか。
「とにかく、その涙をどうにかしてくれないか? 話しにくくて敵わないんだが」
そう言ってみたものの、それで感情の昂ぶりが治まるくらいなら、もうとっくに文句の一つや二つをぶつけて自分の寝台に戻っているところだろう。
(別の感情を引き出して、ここはどうにか凌ぐか……)
あまりやりたくない方法だったが、このままでは収拾がつかない。しぶしぶ切り出す。
「ルルディ? 君は俺にこうして欲しくて、涙を流すのか?」
怒ってくれれば、それで悲しみは一時的に紛れる。そう考えての台詞だった。軽蔑されても仕方がない。幻滅することで、自分に向けられている全面的な信頼や期待が別の場所に向けられてくれれば――そんな思惑もあった。
(平手打ちされても構わない。さぁ、どんと来い)
ルルディの反応を待つ。殴られようと、突き飛ばされようと、それを引き受けるつもりで構えていた――のだが。
(こ、こない、だと?)
ルルディは泣くばかりで、何も言わないし、嫌がる素振りも見せなかった。
(お、俺はこのあとどうしたらいいんだ? ちょっ……赤の龍、今すぐ俺と代わってくれっ!)
基本的に表層に現れることのない赤の龍にまで助けを求めてしまう。そのくらいには恐慌状態に陥っていた。
「ヘイゼルさん……」
ぼそりと呟かれた台詞。
「な……なんだ?」
何を言われるだろうかと身構える。悪い想像しかしていなかった。
「あたし、わかるんですよ?」
「何が?」
「わざと悪役になろうとしているなって、そういうの、わかっちゃうんですよ」
言って、ルルディは涙を睫毛に乗せたままにっこりと微笑んだ。
「あたしは、ヘイゼルさんのそういうところを、優しいって思うんです」
ドクンっ……。
「なっ……」
突き飛ばされる覚悟だったのに、逆に彼女を突き放したい衝動に駆られる。しかしそれすらもできなくて、結局ヘイゼルは両手を彼女からぱっと離した。
「ルルディ、もう自分の寝台に戻れっ。無防備な状態で俺に近付くなっ」
身体が熱くなっている理由に思い当たらない。ルルディから離れたい一心で、ヘイゼルは小声ながらも叫ぶ。
「自分で引き寄せて抱き締めたくせに、何言っているんですか?」
身をよじったルルディの露出した腹部に手が触れる。火を吹いたかのような熱を感じて、ヘイゼルは慌てて手の位置を変えた。
(なんだ、なんなんだっ!?)
困惑するヘイゼルに、ルルディの顔が近付く。
「――どうかしましたか?」
涙は落ち着いたらしい。だが、問題なのはこの状態だ。
「き、君はもっと俺を警戒した方がいい。信用し過ぎるな」
「そう……ですか?」
少し寂しげに響く声。ルルディはそっと立ち上がると、寝台に戻っていく。
そんな彼女の背中を見ながら、ヘイゼルは呼吸を整えていた。
(なんか、なんか今のは危険な感じがしたぞっ!? どうしたんだ、俺……)
心臓がバクバクいっているのが手を当てなくてもわかる。なんだか恥ずかしい。
「ヘイゼルさん」
「お、おう、なんだ?」
寝台まで離れて立ち止まったルルディは、くるりと振り向いて声を掛けてくる。まさかそこで呼び掛けられるとは思っていなかったので、変に背筋が伸びた。
「ヘイゼルさんはそう言いますけど、あたし、もっともっとあなたを信じたいです。あなたのこと、たくさんたくさん知りたいって思っているんですよ?」
「何言って――」
「作戦会議は明日にしましょう。まだ残り二日はありますから」
「あ、あぁ」
「おやすみなさい。ヘイゼルさん」
話の矛先を急に変えられてしまって、ルルディに話の流れを持っていかれてしまった。おやすみを告げて横になってしまったルルディに問うわけにもいかず、ヘイゼルも寝台の中にもぐりこんだのだった。