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龍神たちの晩餐  作者: 一花カナウ
第四章 ドール
23/30

沙漠の王国

 話し声が聞こえる。

(気絶していたのか……?)

 自分が横になっているのにヘイゼルは気付く。しかしすぐには起き上がらずに様子を窺うことにした。まだ状況が飲み込めない。下手に動かない方が良いだろうと判断したのだ。

 ヘイゼルはそのままの状態で静かに耳を傾ける。甲高い二つの声が聞こえていた。

「ねぇ、ねぇっ! 久し振りに外から来た人間だよっ! こっちは若い男だよっ! 良い男だよっ!」

「こらこらっ! あまり大きな声でそんなことを言うもんじゃないですよっ! うちの王子様の耳に入ったらさぞかしがっかりさせちゃいますよっ! 王子様が一番格好良いに決まっているじゃありませんのっ!」

(王子様?)

 子どもの声と言うよりは、合成音声のように聞こえる甲高い二つの声はそんなやり取りをしている。

(確かにカフラマーンには小さな王国があったが……それと関連しているのか?)

 彼らに敵意はないと判断し、ヘイゼルは情報を得るためにただじっと耳をそばだてる。

「ねぇねぇっ、なんでここに呼んだのかなっ? 御呼ばれしたのかなっ?」

「さぁ、なぜでしょう? 一緒に青い髪の女の子がいたから、彼はついでじゃありませんの?」

 興奮気味な口調の人物に、もう一方が不思議そうな口調で答えている。

(青い髪――ルルディのことか?)

 身体が動きそうになるのをぐっと我慢する。近くにルルディの気配はない。正確には、青の龍の気配が、であるのだが。

(彼女は無事なのか?)

「じゃあじゃあ、この人はどうするの? どうなっちゃうの?」

 興味津々といった明るい声。煽るような口調はとても無邪気だ。

「王子様の匙加減じゃないかしら? 気まぐれでどうにでもなると思いますよ?」

「どうなるの? どうするの? 生き埋めかな? 天日干しかな?」

(……それはどっちも遠慮願いたい)

 雲行きが怪しくなってきた。そろそろ起きるかと身体を動かそうとして、するするという何かが擦れる音が耳に届く。影が顔にかかったのがわかり、身体を強張らせた。

(なんだ?)

 その気配に、龍の力を感じた。ヘイゼル自身の中に眠る赤の龍でも、ルルディに宿る青の龍のものでもない、別の――。

 そうこう考えているうちに、別の声がした。

「まったく。誰がそんな物騒なことをするんだ、召使いども。んな話してるから、この兄ちゃん、びびって起きられないでいるじゃないか――なぁ? 赤の龍の守護者くん」

 太くて低い男の声に促されて、ヘイゼルはしぶしぶ目を開けた。

(でかっ……)

 とても身体の大きな男だ。筋肉でがっしりとしており、背も高い。その体躯の所為で威圧感があるのだが、にかっと笑った顔を見るとその空気が紛れた。不思議な印象を与える男だ。

「気付かれていたとは思いませんでしたよ」

 相手の身なりを見て、ヘイゼルは丁寧な口調で告げる。きらびやかな衣装は、国の偉い人間が身につけているようなもので、その服に刻まれていた紋章から彼が王族であることを察したのだ。

(サッバール王家の人間がどうして?)

 寝台に運ばれていたらしい。上体を起こして辺りを注視する。照明は松明のみ。部屋の広さは紗幕で寝台の周りを囲まれているためにわからない。

 甲高い声の主たちは開けられた紗幕の向こうでこちらを見ている。見慣れない衣裳だ。二人とも色黒で、金色の髪をゆるく編んでいた。同じ顔をしているように見えるのは化粧の所為だろうか。

 様子を窺っているヘイゼルに、男は続ける。

「眠っているときの呼吸と、起きているときの呼吸ってのは違うもんだ。そのくらい、注意してりゃわかる。――で、本題だ。私はアスファル=テンニーン=サッバールという。察しているかもしれないが、サッバール王朝最後の王の息子にあたる。まずは砂嵐を使って強引にこちらに呼んだ非礼を詫びたい」

 言って、アスファルと名乗った大男は頭を下げた。

「あ、いえっ! とんでもないことです。お会いできて光栄です」

 ヘイゼルは座り直して頭を下げ、続けて自己紹介を始める。

「私はヘイゼル=ドラッへ=バルトと申します。ユライヒト帝国モルゲンロート使節団に所属し、この地へは黄の龍の祭りの調査を目的とし参りました。まさかこのような形でサッバール王家の方にお会いできるとは思っておらず――」

「国がどうのという話はいい。一人の男として接してくれんか?」

 ヘイゼルの話を遮ると苦笑し、アスファルはヘイゼルの寝ていた寝台に腰を下ろした。

「それに、もっと気楽に話してくれて構わない。もう、国はないのだからな」

 告げて手を軽く振る。外で様子を窺っていた少女たちが紗幕を閉めると足音が遠ざかっていく。

(気楽に話せといわれてもな……)

 相手が王族であるということもそうだが、年上であるのも間違いはない。できるだけ丁寧な口調は心がけようと意識して、ヘイゼルは問うことにした。まことしやかな噂はあれど、確証のないあの出来事の真実を知りたくて。

「――十五年前、一体何があったんです?」

「十五……そうか。あれから五回目の目覚めなのだからそうか……」

 意味深なことを告げて、アスファルは続ける。

「私は黄の龍の守護者だ。君と同じで覚醒している」

(あぁ、なるほど。この気配は黄の龍のものなのか)

 よく見れば、黄の龍から発せられる力の影響を受けているからかアスファルの髪にも瞳にも黄色の光が宿っている。ヘイゼル自身やルルディにも見られる特徴だ。

「――そういえば彼女、青の龍の守護者はまだ覚醒していないのか? あれほどまでに美しい輝きを持つ者に出会ったのは初めてだ」

 ルルディとはすでに接触しているようだ。ヘイゼルはその問いに答える。

「えぇ。彼女は青の龍ととても同調しているようですが、まだ使いこなせていないようで。覚醒するにはやはり二十歳を超えないと」

 緑の龍の守護者であるシエルにはその瞳だけに特徴が現れていた。それに対し、ルルディにはヘイゼルや黒の龍の守護者たる魔導師がそうであるように、瞳と髪にその龍の色が強く現れている。

 ヘイゼル自身、生け贄の印と言われている赤い色の瞳を手に入れてからしばらくは髪の色に変化はなく、それが赤くなったのは二十歳を過ぎた頃からだった。髪の色にまで変化が及ぶのは覚醒――つまり龍の力の制御が出来るようになって初めて現れる特徴だと思っていただけに、ルルディを見て驚いたのだ。

 彼女がそれほどまでの使い手なのかと思いながらともに過ごしてきたが、どうやらそうではないらしいこともわかってきた。ルルディはただ、青の龍を信頼し慕っているだけなのだ。そして青の龍もまた、彼女に寄り添うように協力的らしい。まるで親子であるかのような関係に見える。ヘイゼルと赤の龍が互いの目的と利益のために共存の道を選択し、それ以上の干渉を行わない淡白な関係を築いたのとは異なっている。

(今はこのままでも構わないが、いつか限界が来てしまう。それまでには対策を立てておかねぇと……)

 懸念しながらアスファルの問いに答えると、彼はふむと唸った。

「先は長そうだな」

「あと四年ですけどね」

 ルルディの姿を思い浮かべる。実年齢よりも幼く見えているのはヘイゼルだけではないらしく、アスファルは目を丸くした顔を向けた。

「……もっと幼いのかと思った」

「本人の前では言わないであげてください。かなり気にしていますから」

「女は面倒だな……。――話がそれたが、その様子だと、ある程度のことは聞いているみたいだな。こいつらから」

 言って、アスファルは自身の瞳を指差す。琥珀色の輝きが揺らめく。

「はい。――俺は今、ユライヒト帝国皇帝の助力を得て龍の守護者保護を目的とした旅をしています。すべての龍の力を地上にもたらすため、生け贄として死ぬ必要はないと説得する旅を。……ただ、黒の龍はそれを見逃してはくれません。実際に一度、エメロードでやり合っています。そこで、黒の龍と対峙するそのときを見越して仲間を集めているところなんです」

「仲間を?」

 意外そうな顔を見せるので、ヘイゼルは頷く。

「現在は緑の龍の守護者、そして青の龍の守護者である彼女を味方につけたところですよ。今期は周期の異なる各地の龍の祭りが集中しているまたとない好機です。緑と青の他はまだ祭りが行われていないので、これから回って説得するのですが」

「緑の龍の守護者は覚醒しているのか?」

「いえ。彼女はまだ」

 言われて、ヘイゼルはシエルの年齢を聞き忘れていたことに気付いた。

(ルルディよりも幼いような気がするが……覚醒まで何年待てばいいんだ? 神官の娘なら、情報をあさればすぐに引っ張り出せるか――)

「女の子か……そりゃ花がいっぱいあって良いな。可愛いのか?」

「将来は飛び切りの美人になると思いますよ」

 ルルディと違ってあまり笑わない子ではあるが、シエルには凛として静かな美しさがあるとヘイゼルは思う。見た目は幼いのに頼り甲斐があるように感じさせるのはそういった部分もあるのだろう。

「いいねぇ。会うのが楽しみだ」

 顎を撫でながらにこやかに言う様子からすると、協力してくれそうな雰囲気である。

 ヘイゼルは立ち上がると、アスファルの前に立った。何事だろうかと言う顔をするアスファルに、思い切って訊くことにする。

「単刀直入に訊ねます。――龍の力をすべて地上に下ろすために、ともに旅をしては下さいませんか? お願いします」

「悪いが、それはできない」

 頭を下げたヘイゼルに、アスファルのはっきりとした声。迷いなく即答されて、ヘイゼルはゆっくりと顔を上げた。

「何故です?」

「私はここを離れることができないんだ」

「それは……ここに王国があるから、ですか?」

「いや、国は滅んだ。今、この周辺がどのように統治されているのか、恥ずかしい話ながら私は知らないしな」

 言って、アスファルは居心地が悪そうに視線を外す。

(どう言う意味だ?)

 何か理由があるはず――聞き出そうとして、ヘイゼルは踏み込んだ。

「だったらなおさらわかりません。何故協力を拒むのです? 覚醒しているあなたの力を、俺は――いや、俺たちは必要としているんです!」

 失礼とわかっていながら、ヘイゼルは腰を下ろすアスファルの肩に勢いで手を置き軽く揺すった。目を合わせてもらうためだ。だが――。

(え……?)

 不思議な感覚に襲われて、ヘイゼルは瞬時に後退した。触れた手を見て、何度か閉じたり開いたりを繰り返す。

(なんだ? 今の奇妙な感触……それに……)

 手袋をはめた状態だったといっても、それは違和感を伴っていた。ヘイゼルは恐々とアスファルを見る。

「――理由、わかったんじゃないか?」

 困ったような表情を浮かべる。隠そうとしていたわけではないが、必要以上に話したくない、そんなように見えた。

「その身体……」

 温もりのない、見た目と違ってとても軽いその身体は、生きている人間のものとは思えなかった。思わず漏れた呟きに、アスファルは頷いて応じた。

「あぁ、本体は地下深くで眠っている。生きているのか死んでいるのかわからんがな。ただ、私の意識は三年に一度、黄の龍の祭りの時期にこの地に呼び戻される。王国を護る結界を作る儀式を行うためにな。それが終われば私はまた三年の眠りにつくことになる。ゆえに、残念だが君たちに協力したい気持ちはあるのだができないのだよ」

 そう告げると、アスファルはゆっくりと立ち上がる。ヘイゼルの立っている場所へと歩みを進め、すれ違いざまに肩に手を置いた。

「――外で君たちが派手に龍の力を使ってくれたおかげで、血縁者どもが動き出してしまった」

 低めた、とても鋭い声がヘイゼルを射抜く。びくりと身体を震わせるヘイゼルに、アスファルはさらに続ける。

「今は結界が弱まる最も脆い時期だ。この場所が見つかり攻撃されたら対処のしようがない。君たちには祭りが終わり、新たな結界が築かれるまではここに残ってもらうぞ」

「そ……それは俺たちが迂闊でした。断る理由がありません」

 畏縮して返す。

(俺、こんなんばっか……)

 良かれと思ってやったことなのに、いつも予期せぬ方に転がってしまう。運がないのか、単純に行いが悪いのか。

 ヘイゼルが落ち込んでいると、アスファルの豪快な笑いが室内に響いた。

「……はい?」

 意味がわからなくてアスファルに顔を向ける。愉快げに破顔する男の顔が目に入った。

「いやいや、怒っているわけではないのだよ? 脅かしてすまなかった。私は君たちを歓迎したい。久し振りの客だしな。それに、黒の龍の血縁者どもが動き出したところで私と君たちで協力すれば、大した脅威にもならないと踏んでいるのだよ」

「は、はぁ……」

 アスファルの調子についていけずにヘイゼルが呆けた声を出すと、背中をぼんっと強く叩かれた。思わずつんのめる。

「はっはっはっ。私が起きていられるのもあと三日ほどだ。大したもてなしはできないかもしれないが、楽しんで行ってくれ。――そろそろ彼女の準備も整ったんじゃないかな?」

 何のことかと首を傾げる。そんなヘイゼルの耳に複数の足音が入ってきた。

(誰か来る?)

 足音が近くで止み、するすると紗幕が開けられた。

「お連れしましたが、いかがですか?」

「どうかな? どうかな? 彼女の魅力全開だよ! メロメロだよっ! ドキドキだよっ! キュンキュンしちゃうよっ!」

 どうやら先ほど外で話していた二人組らしい。何のことを言っているのかわからず、開かれた紗幕の向こう側を見やると、金髪の二人は両脇に移動し、その後ろに控えていた人物に手を向けた。

「あ、あのっ……服、本当にお借りしてしまってよかったんですか……?」

 もじもじとしながら、ちらちらとこちらを窺う青い髪の少女の姿が目に入った。

「お。似合っているじゃないか、お嬢ちゃん。いやぁ、やっぱ可愛いねぇ」

 アスファルに褒められて、着飾ったルルディは頬を赤く染めた。

「か、可愛いだなんて、そんな……」

 ルルディは照れくさそうに恥ずかしそうに自分の手を握ったり足を動かしながら、ヘイゼルと床とを交互に見ている。

「へ、ヘイゼルさんは……どう思います?」

 感想を求められて、ヘイゼルは改めてルルディを見た。

(どうって言われてもなぁ……)

 頭のてっぺんから足元に視線を動かす。

 腰まで届く髪が珍しく結われている。肩口で緩くまとめられていて、いつもよりすっきりして見える。上着は短くて胸の辺りまでしかなく、細く締まった腰とへそが覗く。脚の線がわからないふわりとしたものを穿いており、どんな仕組みで膨らませているのだろうな、などとヘイゼルは思った。

「そうだな……とても踊りやすそうだ」

 他に何も浮かばなくて、ヘイゼルは無難な台詞を選ぶ。いや、選んだつもりだった。

 彼女が期待していたものから大幅に外れていたらしい。ルルディはむっとして叫んだ。

「うぅっ! どうしてヘイゼルさんはっ!」

(な、何を言えとっ!?)

 ぷんすか怒られなければならない理由がヘイゼルにはわからない。悔し涙を目の端に溜めた赤い顔でぽかぽかと叩き迫るルルディを宥める方法が思いつかず、とりあえずされるがまま受けておくことにする。

「くっくっくっ……君たちはいつもそんな感じなのか?」

 笑い声に顔を向けると、楽しそうに腹を抱える大男の姿があった。ヘイゼルには何がおかしいのかさっぱり理解できない。

「えぇ、まぁ、そうですが……」

 ぱしっとルルディの手首を掴んで制止させる。彼女の恨みのこもった視線が痛い。

「じゃあ、お嬢ちゃんは苦労するねぇ」

「苦労はないですよ? ヘイゼルさん、優しいですし。ただごく稀に、こう、無性に腹立たしく思えてくるだけで」

 なんでそんなことを言うのだろうと感じているらしい不思議そうな顔がアスファルに向けられ、その後にヘイゼルは彼女から睨まれた。怖い。

「お、俺が何をしたって言うんだ!? 注意するから言ってみろっ!」

「そういうところが残念なんですよっ! あたしは絶対に教えませんからねっ!」

 そう宣言して頬を膨らませると、ルルディはぷいっと横を向いてしまった。

(要望があるなら言えばいいのに……)

 おとなしくなったので手を離してやると、ルルディは不貞腐れていた。何かぶつぶつと呟いているが、聞き取れない。

(ったく、なんなんだ? 誰かわかるように説明してくれっ)

「くくくっ……君たちは愉快だな。一緒にいるだけで退屈せずに済みそうだ――さ、召使いども、食事の支度だ。客人たちをもてなせ!」

「はいはいっ! 了解ー!」

「了解いたしました」

 主人の命令に、甲高い声の二人組は敬礼をするとパタパタと早足で去る。アスファルもこちらを見て微笑むと、部屋を出て行った。


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