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龍神たちの晩餐  作者: 一花カナウ
第四章 ドール
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砂の海で

「ルプス・ポルタ・ワスターレ!」

 砂ばかりが続く景色の中、魔法陣から召喚された真っ黒な大型の獣が走る。

「ぐぁぁぁぁぁっ!」

 砂色の化け物たちの悲鳴が音のなかった世界に響き渡る。三体は消滅しただろうか。しかしまだ周囲に並ぶ魔物たちは減ったようには見えない。

(こんなに魔物が出るだなんて聞いてなかったぞ……)

 エラザ共和国の首都ザフィリを出てから十日。国境を抜けてユライヒト帝国領カフラマーン沙漠に入ったのが一昨日のことになる。

 沙漠は人が通ることが滅多にないため、魔物を討伐することはない。それでもカフラマーンにあった王国が機能していた頃は定期的に部隊が派遣され、魔物を追い払ってきた。国境付近の町の周辺は魔術的な処理がされて魔物が寄り付かないようにしているが、さすがに沙漠の中心部に近付いていけば魔物の遭遇率が上がるのも頷ける。

(俺一人で抜けるならとにかく、彼女を守りながらというのは思ったより厳しいぞ)

 冷や汗が背中を伝う。ヘイゼルが隣に並ぶルルディの様子を窺うと、彼女は怯えてなどいなかった。むしろ勇ましい顔で頷いてくる。

「ヘイゼルさん。あたしなら大丈夫です。気にせずに戦ってください」

「だが、君はまだ魔法を扱いきれていない」

「えぇ、まぁ、そうですけど……」

 魔法の訓練は沙漠に入ると同時に行ってきた。精霊魔法の扱い方については説明してあり、彼女も頭では理解できているらしかったが、どうにもうまく使えずにいた。この状態では実戦には使えない。むしろ危険を伴う。制御できるようになるまでは勝手に魔法を使わないようにと約束させていた。

「とにかく、このままの状態では埒が明かない。強力な魔法で道を作り、突破する」

 説明をして、予備呪文を唱え始める。しかしルルディの手がヘイゼルの手を握った。

(なんだ?)

 呪文の詠唱を継続したまま目で訴えると、ルルディが決意の込められた瞳で見つめ返してきた。

「時間稼ぎをお願いできませんか?」

「――は?」

 ルルディが思ってもみなかったことを告げたので、ヘイゼルは不用意にも詠唱を中断させた。ルルディは続ける。

「あたし、舞います! 鎮魂と浄化の舞――それが魔術的な効果を持つのなら、ここで発動させれば、しばらくは魔物に遭遇せずに済むはずです」

「そ……そりゃ確かに有効な手段だが――」

 この四方を囲まれてしまった緊急事態において、そんな繊細な魔術を発動させることが可能であるのだろうか。

 ヘイゼルが言葉に窮していると、ルルディは訴える。

「やります! 必ず成功させますから! でないと、魔力が続かなくなっちゃうじゃないですか!」

 指摘されて、ヘイゼルは苦笑した。

(正論といえば、正論か……)

 すぐに魔力が枯渇するということはまずない。赤の龍の力を解放すれば、それこそ理論上はいくらでも魔法を放つことが可能だ。

 しかし、だからと言ってほぼ無尽蔵なその力に頼りすぎるのが良くないのも事実だ。人間の身体である以上、その力を使うことによる反動は受けるし、疲労も蓄積される。赤の龍の力によって怪我は治るが、一方で体力の回復はその身体が持つそれだけでしかないのだ。このまま戦闘が連続すれば、やがて魔法を放つこともできなくなる。

「あなたの力にばかり頼りたくないんです。――それに、あたしの中の青の龍も言うんですよ。赤の龍にばかりいい顔させるな、と」

「青の龍が?」

 魔物たちがじりじりと寄ってきているのがわかる。決断を早くせねば、対抗することができなくなってしまう。

 ヘイゼルはルルディの瞳に宿る青の炎に気付き、決意を固めた。

「――わかった。できる限りのことはしよう。この周囲の魔物を蹴散らし、それ以降は君を守ることに専念する。それで良いか?」

「充分です」

 頼もしい返事。互いに頷き合うと、ヘイゼルは呪文を変えた。

「ジオ・ニット・フラ!」

 牽制のための予備呪文、予備動作無しで放たれる地の精霊魔法。間合いを詰めて来ていた砂人形の魔物たちは、向かってきた石飛礫を避けるようにわずかに引く。

(次は派手なのを一発噛ましてやるか)

 枷を外すための予備呪文。力が漲ってきたのを感じるのと同時に次の呪文に移る。威力が半減するのをわかっていて呪文を端折る。あまり悠長なことはしていられない。

「ドラコー・ポルタ・ワスターレ!」

 展開される巨大な黒の魔法陣。それが一瞬にして真っ赤に染まる。やがて浮かび上がる炎の扉から現れたのは、赤き精神の流れ――赤の龍。正確にはその一部でしかないが、ヘイゼルが召喚できるものの中では最も強力なものだ。

「薙ぎ払えっ!」

 手をかざすと、扉の隙間から顔を出していた龍は近くにいた砂の魔物たちを片っ端から飲み込んでいく。囲んでいた魔物たちの一列分くらいは消し去っただろうか。その圧倒的な力を前に、魔物は一時的に後退の姿勢を見せた。

「ルルディ!」

 赤の龍の姿が消えると同時にルルディに声を掛ける。集中のために瞳を閉じていた少女は、すっと手を伸ばした。

 空気が変わる。

 カラン……。

 響き渡る金属の音。

 カラン……カラン……。

 ルルディの手首に付けられた環がその動きに合わせて音を奏でる。

 カラン……カラン……。

 足首に付けられた環がぶつかり合って独特の拍子を刻む。

(始まったか――)

 少女の細い指先に蒼い光が灯る。

 人差し指が宙に文字を描き、光がそれを追いかける。

 カラン……カラン……。

 光の端と端が合わさり、一つの陣を描く。そしてさらに蒼い光が伸びてゆき、複雑な文様を刻んでゆく。

 舞うルルディは祭壇で舞っていたときと同じようにとても美しく見えた。できるならばずっと眺めていたいほどだ。

(見惚れている場合じゃないな)

 砂の魔物たちも攻撃の手をやめるわけではない。特殊な魔法を放つこともなく、四肢が伸びるといった芸当も持たない、純粋な体当たりしか能のない魔物ではあるが、大人よりも二まわり以上大きくした体躯と視界を埋め尽くすほどの数は厄介なこと極まりない。その上、防御力が高いのか単純な精霊魔法では一撃で倒すことができないのだ。気を緩めることなく、牽制なり攻撃なりをしてかわさねばならない。

(こっちも集中しないと、あとで怒られる)

 召喚した赤の龍による攻撃が効果的だったのか、砂の魔物たちの勢いは衰えている。ルルディの周囲にいる魔物を集中して倒すのが最も効率的だろう。

 ヘイゼルは予備動作をして手を構えた。

「ルプス・ポルタ・ワスターレ!」

 展開される魔法陣が赤く染まる。生まれた扉が開き、中から飛び出してきたのは大人の背丈の二倍はあるだろう一体の召喚獣。ふだんは黒いそれが、赤の龍の力をまとって炎のように煌いていた。

(気合入ってるなぁ)

 赤の龍を呼ぶときにしか力の解放を行ってこなかったので、別の召喚獣を呼び出す際にも効果が現れるとは思っていなかった。ヘイゼルは一瞬気持ちが殺がれたものの、すぐに召喚獣の制御に意識を向ける。

 赤い炎の衣を纏った巨大な狼はルルディの後ろに迫っていた魔物を次々と焼き払い、消滅する。いつも呼び出すときよりも術の持続時間が長いことに気付いた。

(まだまだ伸びしろがあるのか。だが――)

 早々連発できるようなものでもないらしい。ずきっと頭が痛む。

(一度呪文と動作の最適化をして、負担を減らさなきゃな。俺が倒れたら、彼女を守れない)

 ルルディに視線を向ける。彼女の周囲には蒼の光によって構築された巨大な魔法陣が完成しつつあった。

 もう一発召喚獣を呼び出そうと構えたそのとき、舞によって生み出された魔法陣の効果が発動した。

 ごうっ!

 瞬時に蒼い風が周囲に広がっていく。砂を巻き上げ、魔物たちの身体が分解し、それもまた風に乗せられて吹き飛ばされていく。

 咄嗟にヘイゼルは自身を庇い、風が止むのを待つ。

「はぁっはぁっ……」

 ルルディの息遣いが聞こえて、ヘイゼルは手をどかした。疲れ果てた様子で肩で息をしているルルディの姿が目に入る。

「すごいな」

 正直な感想だった。辺りに埋め尽くすようにいた魔物たちの姿が綺麗さっぱりなくなっている。見渡す限りの砂の大地が広がっているだけだ。

「脱がなくても、魔術効果はあるようですね……」

 傍に近づいて身体を支えてやると、ルルディは真面目な顔をして告げた。

「えっと……問題はそこなのか?」

「はぁっ……動きにくいのは、確かに、はぁっ、そうなんですけどね。はぁっ、この環がちゃんと動くならば、問題なさそうですよ」

 言って、ルルディは自身の腕輪を指す。着替える際に外したらどうかと提案していたのだが、魔術的な作用があるらしくて外せず、ずっと身につけたままになっていた。

「ふむ……それが舞には必要ということか」

「始めはやかましくて、はぁっ……、仕方なかったですけど、音を立てずに、身動きをとることも、できるようになってきましたし、はぁっ……しばらくは、このままでいくのが、はぁっ……良さそうですね」

(音を立てずって……)

 そんなことに気を回していたのかと呆れる一方で、その気遣いが自分に向けられたものでもあることにヘイゼルは気付く。

(本当にすごいな、彼女は)

 心強い仲間を得たと強く思う。緑の龍の守護者であるシエルに対しても似たような感情を抱いていたが、ルルディに対してはもう少し違うもののように感じられた。

「よく頑張ったな、ルルディ。感謝するよ」

 頭を撫でてやると、彼女はいつもするような嫌がる素振りはせずに、とても嬉しそうに微笑んだ。

「よかった。ヘイゼルさんのお役に立てて」

 ドクン……。

 強く脈打つ感覚。

(なんだろう。ぎゅっと抱き締めてやりたくなるけど……また馴れ馴れしいって拒否されるだろうか……)

「? どうかしましたか? ヘイゼルさん」

 動きが止まってしまったからだろう。ルルディが不思議そうな顔をして見上げてくる。

「あ、いや、なんでもない」

 疲れが出ているのだろうか。なんだか身体が熱くなった気がして、思わず顔をそむけた。

「顔、赤いですよ? 日に焼けちゃいましたかね?」

 首を傾げて、覗き込むように背伸びをしてくる。息もすっかり整ったらしく、しかし反対にヘイゼルは自分の呼吸が速くなっているのに気付いた。

「あ、あんまり近付くな」

「なんですか? いつもならヘイゼルさんのほうから近付いてくるのに」

「何でもいいから近付くなっ」

 慌てて離れようと下がると、合わせてルルディはくっついてくる。そして目をぱっと見開き、びしっと人差し指を向けられた。

「あーっ! もしかして、またあのときの舞のことを思い出したんじゃないですかっ!? いやらしいっ」

「違うっ! 断じて違うぞ! それに、やましい気持ちは微塵もないって何度も弁解しただろっ!?」

「その慌てっぷりが怪しいんですよ」

「くっ……」

 何を言ってもこの流れに入ってしまうと脱出不可能だ。ヘイゼルはだんまりを決め込む。

(こ、ここは嵐が去るのを待つのが得策……)

 するとルルディはぷくっと膨れて、自分の手を腰に当てた。

「ずるいですよ。黙っちゃうなんて。卑怯です」

「――じゃあ、君は俺に何と言って欲しいんだ?」

 ずっと黙っていようと思ったのに、ヘイゼルの口は不意に開き言葉を零す。

「そ、……それはですね……」

 ヘイゼルがそんな問いを投げてくるとは思っていなかったのだろうか。逆に問われてしまったルルディは頬を赤く染めた。

(ん? 言われたい台詞があるってことなのか? この反応は)

 ただ構って欲しくて適当なことを言っているだけだと思っていただけに、ルルディのこの反応はヘイゼルにとって意外だった。

(彼女は何を期待しているんだ?)

 もじもじとして、何かを言おうとしたらしく彼女の小さくて柔らかな唇が動いた――そのときだった。

 ごごごごごご……。

 どこからともなく地響きが伝わって来る。急に風向きが変わった。

「――なんだ?」

「見てください、あれ!」

 ルルディが指した方向には黒い壁のようなものができていた。よく見るとそれは巻き上げられた砂によって構成されているのがわかる。砂嵐だ。その距離と巨大化していく様を見る限りでは、到達までに間がない。

(これだけ迫ってこられちゃ、対処のしようがないぞっ!?)

 魔法で結界を作ろうと瞬時に構えるが間に合わない。

 ヘイゼルは魔法を唱えるのをやめてルルディを自身のマントに包んで抱き締める。ルルディの悲鳴のような声が聞こえたが構っている場合ではない。

 一拍遅れて砂嵐にその身体は飲み込まれていった。


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