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龍神たちの晩餐  作者: 一花カナウ
第三章 ナイト
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暴走の後始末

(ったく、今日はなんて日だ……)

 エメロードで魔力を封じられたときと同じくらい、厄介な目に遭ったとヘイゼルは思う。まさかこんなことが起こるとは微塵も予想していなかったからだ。

「――ルルディ、いいか? もう二度とこんなことをするな。今回は予期せぬ事態で暴走してしまったのだろうとは想像できる。だが、君は賢い子だ。そのくらい制御できるよな?」

「……」

 こくっと頷いたのはわかった。項垂れているせいで、少女の青い前髪が表情を隠す。

(あんまり叱るのはかわいそうか……全面的に彼女が悪かったわけじゃないんだし)

 すっかり陽が暮れて角灯の光に照らされた部屋に連れて帰った彼女の姿はとてもひどかった。煤けた服には砂埃が付着している。さらさらの青い髪には綿埃。顔にも煤がついていて薄汚れていた。爆発に巻き込まれた後なのだ。怪我一つなかったのが不幸中の幸いだったといえるくらいだ。

(そもそも、俺がちゃんと見ていなかったから、か)

 彼女ばかり責められないと思い、ヘイゼルはため息をつく。

「……迷惑ばかりかけてごめんなさい」

 肩が震えている。涙声で告げられたルルディの台詞に、ヘイゼルはそっと頭を撫でた。

「いや……きつい言い方して悪かった。怖かっただろう? 痛いところはないか?」

 顔を上げるルルディの涙の溜まった目がヘイゼルを見つめる。

「大丈夫です……その……あの部屋に連れ込まれて、乱暴されそうになったのを、どうも反射的に魔法で、吹き飛ばしてしまったみたいで……」

 もう少し気が動転しているかと思っていたが、意外と冷静に状況を見ているらしかった。声は震えていたが、はっきりしている。

「まったく……とにかく無事でよかった」

 泣き顔を見たくなくて、せっかく泣き止んだと思ったのにまた泣かせてしまったことを認めたくなくて、ヘイゼルはルルディを引き寄せてそっと抱き締めた。

「え、あのっ……!?」

 戸惑いの気持ちが滲む声。それが平時のときに出るものだとわかって、ヘイゼルは少しだけ安堵した。優しく言葉を続ける。

「こうされたくなかったら泣くな。――泣かせた俺が言える台詞じゃないけどな」

「……」

 ルルディは黙ってしまい、迷うように、そして探るような感じで、その手をヘイゼルの背に回した。

「……怖かった……ヘイゼルさんに会えないんじゃないかって思った……本当に……怖かった……」

 ルルディの手に込められた力が増す。相手の存在を確かめるように、強く強く相手を求める。

「……少しだけ、胸をお借りしても良いですか?」

「俺でよければ、どうぞ」

 答えると、すすり泣く声が聞こえてきた。全身が震えているのは、そのときの恐怖を思い出してしまったからだろうか。

「――魔法の使い方、指導してやるよ。安全に使用できるように訓練しておいた方が良さそうだ」

「……お願いします。あたし、ヘイゼルさんの役に立ちたいから」

「ルルディに役に立って欲しいとは思ってないけどなぁ。無理に求めるつもりはないし、だからと言って役に立っていないわけでもないし……」

 懸命に言う理由がよくわからなくて告げると、ルルディが泣き顔のまま仰いだ。

「役に……立っていますか?」

「一人旅でささくれ立っていた俺の心を和ませてくれてる」

 本音だった。

 昨夜のように笑ったのは、ユライヒトを出てからずっとなくて久しい。幼い頃から一人でいることの多かったヘイゼルだったが、二人で旅をするのも悪くないと思えたのは、彼女とこうしてやり取りしている中での大きな発見だったのだ。

 さらりと告げると、ルルディは泣いて赤くなっていた顔をますます赤くした。戸惑うような顔、何かに気付いたかのような顔、最後はむすっとした怒り顔――表情がころころと変わる。ついに彼女は怒鳴った。

「――って、ヘイゼルさん、あたしをからかって楽しんでいるだけじゃないですかっ!」

「お、気付いたか」

 手を離すと、ルルディはヘイゼルの胸をぽかぽかと叩いた。

「ヘイゼルさんって、思っていたよりもずっといじわるな人ですねっ!」

「いや、君が俺のことをどう思っていたのか知ったこっちゃないんだが」

「もっと優しくて紳士的な方かと思ってましたっ!」

「素敵な妄想だな。しかし君が思っていたような人物じゃなくてとても残念だ」

 抑揚をつけずに返してやると、ルルディは瞳に目一杯の涙を溜めて鼻をすすった。

「ぐすっ……どうしてこんな人に裸見られなきゃいけなかったのよっ……」

 その呟きには、さすがに反応せざるを得なかった。事故だとはいえ、あってはならなかったことだと後ろめたく思っていたヘイゼルの胸にその台詞は鋭く突き刺さる。

「うっ……それは言わないでくれ……その件については全面的に俺が悪かった」

「祭壇で舞った時も、あたし、見ないでって言ったのに、ずっと見てたでしょっ!」

「えっ、あっ……別にあれはやましい気持ちがあって見ていたわけじゃ……」

「ひどいですっ変態ですっ」

「変態って……」

 はぁ、っと大きなため息をつく。ルルディが本気で嫌っていないことは、ぽかぽかと叩かれているその力が弱いことから受け取れる。このやり取りを彼女もまた楽しんでいるのだ。

(――そう解釈したいだけかも知れんが、そういうことにしておこう)

 そして、ルルディの頭にぽんっと手を載せた。

「はひゃっ?」

「少しはすっきりしたか?」

 苦笑しながら問うと、彼女は察したらしい。恥ずかしそうに顔を俯かせ、涙をそっと拭った。

「……はい」

「じゃあ、その埃を落として身支度を整えろ。そしたら食事だ」

「わかりました。――あ、でも、服……」

 男たちに部屋に連れ込まれた際に買ったものをなくしてしまったらしかった。困ったように告げるルルディに、ヘイゼルは自分が買ってきた荷物を指す。

「一応用意しておいた。気に入るかどうかはわからないが、それで我慢しろ。他は明日、もう一度買いにいこう」

「うぅ……本当にすみません……ユライヒト帝国の方々も本当にすみません……」

 ユライヒト帝国がある方向にルルディはぺこぺこと頭を下げる。

(本当に見ていて面白い子だよな。飽きないもんだ)

 何度か謝ると、ルルディは自分に用意されたらしい服を引っ張り出して、とぼとぼと部屋を出て行ったのだった。

以上で第三章ナイト:エラザ出国編完結です。

ここまでお付き合いくださいましてありがとうございました。

さらに第四章と続きます。

第四章はちょっと長めですので、準備に時間が掛かるかもしれません。


では、よろしければどうぞ今後もご贔屓に。

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