呪符とその経緯
この宗教都市エメロードにやってきたのは一ヶ月ほど前のことになる。
青年は彼が所属している国の命令でこの町に入り、いつもしているように手続きを行うつもりで神殿を訪ねた。
しかしそこで事態は急変した。すぐさま捕らえられてしまったのだ。気付かぬうちに何か失礼なことをしてしまっただろうか、禁忌に触れるようなことをしてしまったのだろうか――そんなことを考えるも、彼には覚えがなかった。
思い当たるとすれば、この町で昔から囁かれている伝説くらいだった。その中で、彼の容姿はよいものとしては扱われていない。災いをもたらし、この土地を飢饉に追いやった異国の導師と彼は似ているのだ。
青年はこの街の伝説を熟知しているつもりだった。旅の召喚士であり学者でもある彼はあらゆる土地に伝わる物語を幼い頃から学んできたし、旅のきっかけもその点にある。だからこの都市に寄るときにも一応の警戒を怠ることはしなかった。他の都市でも異国の旅人を快く思わない土地はあるもので、様々な仕打ちを受けたことがあったからだ。
だが、とりわけ今回の処遇についてはその中でも酷く思われた。しかし、逃げようと思えばいくらでもできる環境であったにも関わらず、青年は疑いが晴れて釈放されるのをおとなしく待っていたのだ。
捕らわれている間に尋問された内容は現在の身分と職業についてだった。当然のことながら青年は正直に明かした。この町から見て東に存在する巨大帝国の皇帝直属の組織モルゲンロート使節団に所属していること、今回は国の命令でこの町で開かれる祭りの視察をするために訪れたことを伝え、常に携帯している身分証と使節団が発行した書類を見せた。嘘をつくなと何度も責められたが、しつこく問われたところで事実なのだからどうしようもない。嘘をつけと強要されているかのようだった。
また国に問い合わせればすぐに照会できるはずなのだ。そのくらい確かな身分を与えられており、それ故に単独でいくつもの国を回る任務を与えられているというのに。これではまるで何者かの手によって足止めを食らわされているような感じではないか。
そんな尋問の中で、気になる単語があった。どうやら青年が到着する少し前、同じ帝国からやってきた導師がいたらしい。その導師もまたモルゲンロート使節団にあるという所属部署を告げ、神官に面会を求めたと言う。青年が引っかかったのは、導師が告げたという所属部署だ。導師の名も聞き覚えがなかったし、その所属部署もまた知らないものだったのだ。
そんな不毛な尋問が一ヶ月近く続いた。ついには、導師についての情報を聞き出すこともできず、青年の話が通ることもなく、力を封印する処罰を受けることになってしまった。魔力封じの呪符が首、手首、左右の足首に巻かれたのは昨晩のことだ。そして独房に入れられたのだった。