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龍神たちの晩餐  作者: 一花カナウ
第三章 ナイト
18/30

月の光が照らす夜

ここからは第三章ナイト:エラザ出国編です。


少しでも楽しんでいただけますように。

 窓から差し込む明るい月の光で手元を照らし、ヘイゼルは一冊の雑記帳にひたすら文字を書き連ねていた。

(くっ……あいつ心配しすぎ……)

 頭をガシガシ掻きつつ、次々と浮かび上がる文字に返事を付けていく。

(定期連絡を怠ったからって、ここまであれこれ聞かれたんじゃたまったもんじゃねーな。今回の失態は確かに俺が原因ではあるんだが……)

「がぁぁっ! 面倒くせえっ!」

 雑記帳を投げ出しそうになったところで、部屋を二つに隔てていた敷布がすっと横に動いたのが目に入った。

「あの……ヘイゼルさん?」

 敷布を引いて顔を出したのは真っ青な長い髪を持つ少女だった。不安そうな、困ったような顔をしている。

「あ、すまない。起こしてしまったか?」

 立って様子を窺うルルディにヘイゼルは申し訳なさそうに問う。

 彼女は日中に大怪我を負って魔法で治療し、そんな状態にも関わらず町を守るために強力な魔術的効果を持つ舞を舞いきっていた。食事をして部屋に入るなりすぐに眠ってしまって、今に至る。彼女が疲れ果てているだろうことは明白。早ければ明日から始まるだろう長旅に備えて休むのが一番だ。

(休ませなきゃいけないのに、何やってるんだ、俺は)

 詫びるヘイゼルに、ルルディは首を横に振った。

「い、いえ……ただ、何しているんだろうって気になったものですから。――こちらこそ、邪魔してしまいました?」

「いーや。邪魔にはなってない」

 ちょうど面倒になってきていたところだった。必要なことは伝え終えていたので、切り上げるには都合が良い。ヘイゼルはぱたんと雑記帳を閉じた。

「こんな夜中に明かりもつけずに何をしていたんですか? 寝ていないんでしょう?」

 ルルディは近付いてこない。彼女なりに警戒しているのだろうか。

「使節団としてのお仕事。報告をしていたんだ」

 窓際に置かれた机の前に腰を下ろしたまま、ヘイゼルはルルディに身体を向けて答える。

「報告書の作成ってことですか? 青龍祭についての報告をモルゲンロート使節団に提出するための」

「まぁ、そんなところだが――正確には提出するためじゃなくて、この雑記帳に記入するだけでこれの片割れに書いた内容が自動転送される。それを見て向こうも何か書いて寄越す。双方向でやり取りできるから時間を短縮できるし、何より他に情報が漏れなくて安全だ」

「魔法の道具……?」

 彼女の目がきらきらと輝いたのがわかった。興味があるらしく、その声も熱を帯びている。それでも敷布の向こうからヘイゼルのいる場所までは近付いてこない。

「あぁ。これは転送雑記帳テレノートっていう魔術道具。ユライヒト帝国は魔術道具を開発するのに長けている国でさ、こういうもの以外にもいろいろあるんだ――見てみるか?」

 互いの手を伸ばしてぎりぎり届かないかという距離だ。ヘイゼルは雑記帳を手に取ると、ルルディに向けて差し出す。彼女は手を伸ばしかけて、そこでひっこめた。

「――あ、でも、お仕事の内容が書かれているんですよね? 読んだらまずいんじゃ……」

「ユライヒト語、読めるのか?」

 ふとした疑問を述べると、ルルディは目をぱちくりとさせた。

(あ。気付いてなかったのか)

 そんな反応を見て、ヘイゼルは改めて思った。彼女は自分たちが普通に会話していることを不思議だと感じていないのだと。

「え、あ……あぁ、そうですよね。母国語で報告書は作りますよね」

「俺が普通にエラザ共和国の公用語を話しているから意識しなかったんだろう?」

 問うと、ルルディはこくっと小さく頷いて恥ずかしそうにもじもじした。

「そのくらいには、流暢に喋れているってことだな」

「とても砕けた感じに聞こえますよ? それこそ、エラザの人間が話しているみたいに」

「それは良かった。あんまりかたっ苦しいのは好きじゃない」

「外交の仕事をしている方の発言とは思えませんね」

 くすっと笑って、ルルディが言う。

「そもそも俺は内勤を希望していたからな」

 各地から送られてくる書物を翻訳する作業がヘイゼルの求めていた仕事だった。使節団に入団可能になる十三歳の年に試験を受けたのは、その仕事であれば外で他の人間たちと顔を合わせることも少なく、年齢に関係なくやれると考えたためだ。

「では、何故ザフィリへ視察に? 旅も長いんですよね?」

「これの所為」

 答えて、ヘイゼルは自分の瞳を指した。龍の生け贄であったことを示す赤い色がこの薄暗さの中でもわかるはずだ。

「生け贄に選ばれたから? でも、その話と、使節団でのお仕事は別のお話ですよね?」

 なかなか賢い子だとヘイゼルは思う。とてもよき生徒であると感心すると同時に、ゆっくり順番に説明しようと思っていたことをせっつかれている様で少々面白くない。優秀すぎる生徒もそれはそれで厄介だ。

「――そこに立っていないで、こっちに来たらどうだ? その寝台に腰を下ろしていいから」

 話が長くなりそうだったので、ヘイゼルは立ちっぱなしのルルディに提案する。何を警戒しているのかよくわからなかったが、部屋に入るのが嫌ならこの話はここで終わりにして寝かしつけることができる、そう考えての台詞だ。

 ヘイゼルが彼の近くにある寝台を指差すと、ルルディは視線をつられたように向けて、そして改めて彼の顔を見た。

「立っていると疲れるだろ? 回復しきっていないんだから、身体に負担を掛けちゃいけない」

 彼女は自分の寝台に戻るだろうか、それともこちらの寝台に腰を下ろすだろうか。ヘイゼルが興味深く思いながら見つめると、ルルディはおろおろと視線を彷徨わせた。

「……あ、はい。……そうおっしゃるなら」

 何かを考えているような間が少しだけあって、ルルディは恐る恐るといった様子で近付いてきた。手足にはめられたままの金属の装飾品も、今はお喋りをやめて静かだ。

 ちょこんと寝台に腰を下ろしたのを見て、ヘイゼルは彼女の隣に腰を下ろす。その拍子に彼女が見てもわかるくらいにびくりとさせたのがわかって、ヘイゼルは思わず噴き出した。

「くっははは。何緊張してるんだよ? 襲うわけないだろ?」

 夜中に大声を出すわけにもいかず、笑いを噛み殺す。ルルディが警戒していた理由がそんなことだったのだと判明したのもあって、余計に可笑しさがこみ上げていた。

「わ、わかってますよっ! た、ただ、その……その、ですね……あぁ、もうっ、変なこと聞かないで下さいっ!」

 ぷいっと横を向いて恥ずかしそうにしているルルディを見ていると、なんだか可愛くて仕方がない。そんな反応をされてしまうと、思わず構ってやりたくなってしまう。

(だが、からかって嫌われるのもあんまり得策とはいえないからな)

 衝動を抑え、ヘイゼルはルルディに雑記帳を差し出す。ルルディはむすっとしていたが、内から湧いてくる好奇心に勝てなかったらしい。そっと手に取ると、適当な頁を開いた。

「……あれ?」

 ルルディの不思議そうな声。そして次々にパラパラと頁をめくる。

「どうかしたか?」

 その行動が妙に映り、ヘイゼルは思わず問い掛けた。

「ユライヒト語で書いてあるんですよね?」

 確認するかのような口調での問いに、ヘイゼルは引っ掛かりを覚えながらも頷く。

「あぁ。陛下はユライヒト語しか読めないからな」

「あたし、この文字読めますよ?」

「……へ?」

 どういうことなのかすぐに飲み込むことができず、ヘイゼルは素っ頓狂な声を上げた。

(読めるって? んんっ? ユライヒト語とエラザの公用語って似ていたか?)

 戸惑うヘイゼルに、ルルディは続ける。

「この雑記帳の片割れに記入している方、とてもヘイゼルさんのことを心配していますよね? あ、心配していると言いますか、どうも腹を立てていらっしゃると言いますか……ほら、ここ」

 頁の中ほどに書かれている普段よりもやや乱暴に見えるその文字列を指差し、ルルディは告げる。

「いつまで連絡を断っているつもりだ、また貴様、何かやらかしただろう――って。それに対する謝罪文はヘイゼルさんのものですよね?」

「……あ、はい。そのとおりです」

 ルルディに読み上げられて、ヘイゼルは報告相手の綺麗な顔を思い出してげんなりした。指示を出しているのはユライヒト帝国で最も権力を持っている人物。最も気を許せて、しかし最も苦手なその人のことは、ヘイゼルは出来るだけ思い出さないようにしていた。

 恐縮するように答えたヘイゼルに、ルルディは首を傾げる。

「相手は、仕事の方ですか? 上司とか、同僚とか? ――って、あ? あれ? さっき、ヘイゼルさん、さらりとなんかすごいこと言ってましたよね?」

 聞き流していたようで、しっかりと覚えていたようだ。ルルディは雑記帳を慌てて閉じるとヘイゼルの顔をまじまじと見つめた。

「こ……こ、こここ、この相手って……ユライヒト帝国の皇帝陛下でいらっしゃいますのですか……?」

 血の気の引いたような顔で、声を震わせながら告げられた台詞。妙な言い回しになっているところから、彼女の動揺ぶりを窺い知れる。

 ヘイゼルはごまかそうかと一瞬だけ思ったが、既に首は縦に振られていた。

「な……」

 その返事に対し、ルルディは雑記帳を寝台に置くとヘイゼルから勢いよく遠ざかった。

「な、ななななな、なんで、そんな人が、こんなところで出てくるんですかっ!?」

 寝台の端と端の距離。それは敷布と窓辺の机の距離よりも遠い。

「俺が陛下に気に入られて、傍で仕えていたから。――ってか、幼なじみみたいなもんだ。陛下はそういうところに関してはあまり気にされていない方なんだよ。彼のほうが若いけど、歳も近いし」

「――ってことは、勅令ってことですか?」

「あぁ、そうなるのか。――今の俺の仕事は表向きは使節団の仕事だが、実態は皇帝陛下命令で単独行動の許可を得ての独自調査だ。モルゲンロート使節団は各地で行われる龍の祭りを視察して回り、その地を守護する龍の状態を見るという仕事があるが、それは建前。それの主な目的は、龍の力が地上に及ばぬよう生け贄が死ぬのを見守ること。その視察官になれれば生け贄を救うこともできるんじゃないかと志願したんだが、すでに黒の龍の手が回っていて却下されてさ。陛下に相談したら、こうなった」

 さらりと答えると、ルルディはがたがたと震えてヘイゼルを見た。

「へ……ヘイゼルさんって……とんでもない地位にいらっしゃる方だったんですね……あたしのような町娘が容易に声を掛けてはいけないくらいの……」

「とんでもないって、んなことないだろ。陛下の幼なじみだってだけだし。使節団だって試験に合格すれば誰でも入れるし」

「いやいやいや」

 ぶんぶんと横に首を振るルルディ。さらさらの青い髪が半円を描く。

「それに、君の家柄だってただの町娘とは言えないだろう? ロトス家といえば、エラザ共和国が目を掛ける重要な家系じゃないか。他の国で言うところの貴族にあたると思うんだが」

 調べたところでは確かそんなところだったはずだ。ルルディが告げたことが気になって、彼女と合流するまでの間にどういう家柄の娘なのか調査したのだった。

「どうでしょうか。あたしの一族を敵に回したくないだけだと思いますよ。魔力を大量に蓄えていますから魔術師になると脅威になる、ならばそうさせないために生け贄にしてその名目のために行動制限をかけて財産を保証する――国の勝手な都合です。この考えは、お兄様の受け売りですけど」

(お兄様、ね……)

 ルルディにはフィロと言う名の兄がいるらしい。街で聞いたところではヘイゼルと同じ歳であり、評判の良い優秀な人物だ。彼は二十歳を過ぎて龍の祭りに関して学びたいと留学。定期的に連絡をすることを条件にザフィリを出たはずだったのだが、現在は消息不明なのだそうだ。

(何かの事件に巻き込まれてなきゃ良いが)

「――とにかく、だ。俺は俺だし、ルルディはルルディだろ? そんな畏まるなって。寂しいじゃないか」

 手招きすると、ルルディはじっと不思議そうな目でヘイゼルを見つめてきた。何かを探るようなそんな視線を送ってくる。

「寂しい……?」

「だってそうだろ? 二人で旅をすることにしたっていうのに、よそよそしく振る舞われたら切ないじゃないか。大体、楽しくないだろう?」

 その呼びかけに何か思うところがあったのか、ルルディは少しだけ近い場所に移動して座り直した。

「……もっと近くに来ても良いのに」

「い、いいじゃないですか、別にどこだって……」

 ヘイゼルが手を伸ばしても届かない位置だ。計算してそこにしたのか、それともたまたまそこで落ち着いたのか、どちらだろうか。

「……あ」

 ルルディは自分が着ていた服を見てつまみ、ヘイゼルを見る。

「この服、ヘイゼルさんの給与から出てるって事ですよね? まさか、経費では落ちていないでしょうし……」

 魔物との戦闘で服をぼろぼろにしてしまったため、ルルディに服を買い与えたのをヘイゼルは思い出す。今日は時間がなかったのでその程度しか用意できなかったが、旅をするとなればさらに必要なものを買い足さねばならないだろう。

 恐る恐る問い掛けてきたルルディにヘイゼルはにこやかに答えてやった。

「いや、必要経費で申請した」

「……えぇっ!?」

 乗り出すように身体を向けてきたルルディの反応が面白くて、ヘイゼルは付け足す。

「もっといえば、この宿代も食費も、陛下が経費として落としてくれたありがたい金だ。ユライヒト帝国の税から支払われている」

「あぁぁっ! そういうこと言わないで下さいよっ! 生き残っちゃってごめんなさいって言いたくなっちゃうじゃないですかっ!」

 ルルディは頭を抱えて身悶えした。その大仰な反応が見ていて愉快だ。ヘイゼルは笑いながら続ける。

「くくくっ……。ルルディ、心配するな。陛下は君に会いたがっている。それに、龍の守護者を保護するために予算を割いているんだ。議会にもきちんと通っているはずだし、贅沢しなければなんら問題はない」

「うぅ……ヘイゼルさん、意地悪です……」

 項垂れるルルディを見てひとしきり楽しむと、ヘイゼルは彼女に伝えていなかった予定を話すことにした。宿をとって食事にするまではバタバタとしていて、ゆっくりと話す機会がなかったのだ。

「――まぁ、そういうことだから、一度ユライヒト帝国に戻る。他の国を回るなら、君の国籍を取得しておいた方が都合が良いだろうし」

「あ……そうですよね。あたしのためにすみません……」

 気を取り直したらしく、ルルディは顔を上げたかと思うとぺこりと頭を下げた。

 そういうところを見ていると、反応の全部が彼女の計算による演技なのではないかと思えてくる。もしかするとたんに感情の起伏が激しく頭の回転が速いがゆえにそんな言動になるのかもしれない。だが、ルルディはどんな少女なのだろうかとヘイゼルの興味が刺激されたのは事実だった。

「気にするな。これも仕事の一環だから。――で、あまり国境を越えたくないんで、カフラマーン沙漠を横切る経路を使う。今はユライヒト帝国領だし、砂に埋もれたって言う王国のあとも見ておきたいんで」

「砂に埋もれた王国?」

 どうしてそんなところに寄るのか問いたそうな顔をしているので、ヘイゼルは説明を加える。

「黄の龍の祭りがあった場所なんだよ。国が一晩で消えてしまったんで、現在黄の龍がどうしているのか確認する必要がある。沙漠を越えるのに数日かかることになるが、抜けてしまえば鉄道での移動だ。過酷な旅路になると思うが、ついて来てくれるか?」

 沙漠に鉄道か……そう呟いていた彼女に問うと、ルルディは元気よく首を縦に振って笑顔を見せた。

「は、はい。覚悟してます。死んだことになっているんであたしの身元が不明のままなのは確かですし、陛下がお呼びだというのであれば断れませんからね」

「だったら、さっさと寝て回復に努めるんだな。俺はそろそろ寝る。ルルディも自分の寝台に戻って横になっておけ。明日の朝は早いぞ」

「わ、わかりました。――おやすみなさい」

 ルルディが敷布の向こうに帰るのを見送ると、ヘイゼルは寝台に潜り込んだのだった。


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