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龍神たちの晩餐  作者: 一花カナウ
第二章 ダンス
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祭壇への道

 岩肌でごつごつとした薄暗い通路はやがて行き止まりに突き当たる。そこにあるのは一枚の扉。ザフィリを守護する青の龍の姿が彫られた立派な扉だ。

(こりゃあ歴史的価値が見出せそうなすごい品だな……)

 きちんと閉じられ、魔術的な封がされている。人の手では簡単に開け放つことができない。ヘイゼルは力を込めて押してみたり、引いてみたりしたがびくともしない。念のために横にも引っ張ってみたが、魔力に因る封印はそういった物理的な力でどうこうできるものではない。

(そうこなくっちゃ)

 封印を解くための魔法がなかったかどうか、脳内を検索する。学者の家系に生まれて記憶力に自信があり、魔術知識なら使節団の中でも五本の指には入るだろうと言う実力保持者であるヘイゼルだったが――しかし思い至らなかった。

(くっ……開かなきゃ壊せばいいとか考えていた青臭い過去の自分を呪いたくなる……)

 扉に手を当てて、ヘイゼルは項垂れる。しかしくよくよしている場合ではない。この先が外であることは、気配で感じ取れるのだ。

(ここは大目に見てくれよ、青の龍神様。あんたが選んだ女を守るためなんだからな)

 素早く組まれる印。ヘイゼルは一歩下がると手を構えた。

「エア・デス・ライド!」

 放たれた空気の塊は直進し、扉を切り刻む。大穴が開いて、風が一気に流れ込んだ。漆黒に染められた彼の髪を風が弄る。

(復元可能な範囲に抑えられたか?)

 中央に生まれた大穴は大人一人が立ったまま余裕で出入できるだけの広さだ。切り口はまるで鋭利な刃物で切り取ったかのようだ。

(しっかし、封印はされていても結界は張られていなかったんだな……無用心な……)

 この中途半端さはこの町特有のものなのだろうか――呆れそうになって、ふと思う。

(そっか。そんなものが必要ないくらい、ザフィリって場所は平和なんだ……)

 改めてヘイゼルは扉に描かれた龍神の姿を見る。青の龍の魔法はそれだけ効果が期待できると言うことだ。

(これは絶対に失敗は許されないな。次の機会は十七年後になっちまうんだから)

 決意を新たに、ヘイゼルは外に一歩足を踏み出す。

 まぶしい太陽光を手で作った庇で遮る。視界が安定して目に入ったのは、遠くに霞む岩肌だった。ヘイゼルは石でごつごつした道の端へと慎重に移動する。その先には何もない。見下ろせば、靄で地面を見ることができなくなっている切り立った崖。振り向いて仰げば、同じように垂直の岩肌がそこにあった。天高く伸びており、登り切るまでに心が折れてしまいそうだ。

(話には聞いていたが、これが祭壇につながる道か?)

 道の両端から視線を移し、下っていく先をヘイゼルは眺める。人がやっとすれ違えるくらいの幅しかない。こんな場所を歩かされる青龍祭の巫女はきっと心細いことだろう。

(とりあえず、祭壇は押さえておくか。ルルディは必ずそこに来るはず)

 文献で予習してきた知識から祭壇はこの道を下った先にあると判断する。ヘイゼルは足元を気にしながら歩いていった。

 祭壇はすぐにわかった。壁のような岩肌から直角に突き出た広い岩場。その縁を飾るように龍神の像が寝そべるように建っていた。どうやらそれが舞台らしい。

(なんか特別な力が働いているな)

 祭壇と呼ばれている場所らしい岩場に足を踏み入れて感じたのは穏やかな魔力の波動だった。静かにたゆたう力はヘイゼルが赤の龍と対面したときに感じられたものに似ていてどこか懐かしい。

 ヘイゼルは舞台になっている龍神の像に近付き、後ろに回ろうと覗き込む。像の後ろ、崖とつながっているその場所には足を掛けられそうなところはほとんどない。隠れて待つことはできないようだ。

(当然か。舞が終わったら、ここから飛び降りるんだもんな)

 舞が終われば生け贄の儀式だ。それはこの祭壇から谷底に向かって身を投げることで終える。どこかに掴まれるような場所があっては意味がない。

 それだけを確認すると、ヘイゼルは腕を組んで思案した。

(いつ来るかわからないが、飛んで待機してるか……)

 空を飛ぶ魔法はいくつか習得している。魔術錠を外すために枷の一つを外した状態であるため、姿勢を維持するのに苦戦する飛行魔法も制御が簡単だ。

(装備が全部そろってりゃ、こんなに悩むこともないんだけどなぁ)

 自分の行いが悪かったことを思い出し、ふうっと小さくため息をつく。

 気持ちを切り替えて精神を集中。飛行魔法に必要な予備呪文の詠唱に入ろうとして――ヘイゼルの耳にカランカランとよく響く音と、ガガガと言う硬い岩盤が削れるような音がして、すぐに音源に目を向けた。

 遠くに見えた土煙は強い風にすぐに流されていく。

(なんだっ!?)

 視界が明瞭になり、異様なものをヘイゼルの目は捉えた。黒い影が実体を持って起立している――そのように映る光景。黒い影の正体は魔物だ。しかも複数体存在し、何かを狙って攻撃しているように見える。

(あれは――ルルディ?!)

 祭壇まで緩やかな下り坂だったおかげで、小さな人影に気がつく。地面に転がり、黒い影の攻撃を辛うじてかわしたらしい青い髪の少女はルルディに間違いない。

「くそっ……」

 呪文の詠唱を省略。必要動作も省略。ヘイゼルは頭の中で瞬時に魔法を組み立て、発動させた。

「エア・ラウド・フロウ!」

 ヘイゼルの身体を風の結界が纏わりつく。そして中空に持ち上げたかと思うと、ルルディ目掛けて地を蹴ったかのように加速した。

(まずい、まずい、まずい……っ!)

 彼女の身が危ない。ヘイゼルはかなり焦っていた。

(死なせるかっ!)

 距離はぐんぐんと縮まっていく。ルルディのいる場所と祭壇のちょうど真ん中を過ぎた。もう少しで手が届く――そのとき、事態が急変した。

 ルルディが崖から転落した。

「ルルディっ!」

 ヘイゼルは叫ぶが、自身が纏っている風の結界のせいで彼女に声は届かない。

(待て……待てよぉっ!!)

 一つの魔法を使用している場合、もう一つの魔法を発動させるのは至難の業だ。ましてや、操作の難しい飛行魔法を使用中となっては魔力がいくらあってもヘイゼルには不可能なことだった。

 落下していく幼い身体。その様子がゆっくりと映る。

(救えないだなんて……こんなの……)

 姿勢を変えて、ルルディの後を追う。これ以上の加速はできない。突き出た岩肌に彼女が衝突する前に捕まえなければならない。しかし、視界には嫌な映像しか見えない。

「――こんなの嘘だぁっ!」

 伸ばした手はわずかに届かず。

 少女の小さな身体を、細く突き出た岩が刺し貫いた。


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