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龍神たちの晩餐  作者: 一花カナウ
第二章 ダンス
12/30

神殿での邂逅

ここからは第二章ダンス:断崖都市ザフィリ編です。


少しでも楽しんでいただけますように。

 天女がいるのだとしたら、彼女のような人のことを指すのかもしれない――。

 空に溶けるような真っ青な髪が動きに合わせてふわりと広がる。軽やかに飛び跳ねれば、その細い四肢に付けられた金の環がカランカランと音を立てる。薄い羽衣は光を遮らず、少女の幼い身体を透かして見せる。

 青の龍に捧げられる鎮魂と浄化の舞。少女が舞っているのはまさにそれなのだろう。どうやら練習しているところに遭遇してしまったらしい。

(綺麗なもんだな……)

 そんな青年の視線に、少女は気付いたらしい。ぴたりと動きを止めると、恐る恐るといった感じでゆっくり振り向いた。そして自分の格好を思い出したらしく、その薄く透ける羽衣で成長しきっていない身体を隠すように包み込む。恥ずかしげに全身を赤くすると、ぷいっと背を向けてしまった。

「こ……ここは一般の方は立ち入り禁止のはずなんですけど……?」

 問われて、青年ははっとした。つい見惚れてしまい、じっと視線を送ってしまっていたことに気付いて目をそらす。

「あぁっ、ごめん、その、なんだ……今期の青龍祭の巫女を探していてだな……」

 青年は慌てて弁解を始める。わかってもらえるかどうかはわからない。なぜならここは少女が言うとおり、一般の人間には入ることができない場所だからだ。

(まさか、こんな場面で遭遇するとは参ったな……)

 青年――ヘイゼルがクリステリア王国聖都市エメロードを出てエラザ共和国に入国したのは三日前のこと。国境付近の町から首都ザフィリへは順調な旅で、昨日は首都で議長に謁見し、モルゲンロートの使節団の仕事として訪れたことを伝えている。

 十七年に一度、ひと月に渡って行われる青龍祭の真っ只中で町は賑わっており、生け贄の儀式についての伝承もその祭に参加する人たちから聞いて仕入れていた。生け贄となるのは青龍祭で巫女に選ばれた少女であること、そして今は街から少し離れた場所にある神殿にいることなどを聞いて、本来なら入ることのできない神殿にこっそり潜入していて、今の事態である。

(巫女本人らしき人物に最初に会えたのは幸運なのか、否か……)

 まずは話を聞いてもらわなくてはと思い、ヘイゼルは台詞をまとめると語り始める。

「――ここが立ち入り禁止の場所だってことはわかっている。だが、俺を追い出す前にどうか聞いて欲しい。青龍祭の儀式について、どうしても伝えておきたいことがあるんだ。耳を傾けてくれないか? ほんの少しの時間で構わない。頼む」

 頭を下げて頼み込む。しかし反応がない。

(……?)

 ヘイゼルは顔を上げて少女の様子を見る。

 背を向けられたままだ。背筋がぴんと張っていてとても美しい。背も低く、一見年端も行かない子どものように感じられたが、長い髪の間から見え隠れしている腰はきちんとくびれてふくらみを帯びた臀部に繋がっている。

 大人になりきっていない女性の姿であるのを認識してしまい、ヘイゼルは大きく深呼吸をした。裸の少女を前にしているということを意識してしまうと、冷静さが欠けてしまってよろしくない。平常心を取り戻すべくもう一度大きく深呼吸した上で、今度は少女の頭に視線を向けた。

「あのー?」

 少女から問い掛けてきたはずなのに、まったく反応がない。しぶしぶ近付くと、彼女は何かぶつぶつと呟いていた。何かに対して謝っているように聞こえる。

 ヘイゼルは背後から少女の肩にそっと手を置いた。彼女はびくっと全身を震わせたかと思うと、こわごわと頭をヘイゼルに向ける。その綺麗な青い瞳には、涙が溢れそうなほど溜まっている。

「――えっと……聞いてました? 俺の話」

「……はい?」

 完全に上の空だったらしい。ヘイゼルはもう一度説明しようとして、ふと止める。視線を外してはいたが、少女が自身の胸に手をやって隠そうとしたり、落ち着かない様子でもじもじとしているのが伝わってきたのだ。

(そうだ)

 ヘイゼルは自身の羽織っていたマントを外し、ふわりと包み込んでやった。あまり綺麗とは言えないものであったが、身体を隠すには充分だ。頭一つ分は背の低いこの少女には大きすぎて、覆い隠した上に余った布が地面に広がった。

 ようやっと安心したらしく、少女は不思議そうな顔でヘイゼルを見つめた。

「――まずは見てしまったことを詫びるよ」

 気が動転していたのはきっとその所為だ。理由に思い至ったヘイゼルは、少女の目を真っ直ぐに見つめ返して謝った。こういうことは早いうちに謝っておくのが得策だ。互いの状況を認め合った上で、話は進めたほうが良い。

 誠意が伝わったのか、少女は首を横に振るような素振りをして――しかし、少女は急に顔を真っ赤にして、ヘイゼルの胸ぐらを掴んだ。

「あ、謝られてでもですねっ! こっちはまだ男に見られたことのなかった裸を目撃されちゃったんですよっ!? どうしてくれるんですかっ!?」

「だ、だからそれは悪かったって……って、泣くなっ。泣くほどのことなのかっ!?」

 ヘイゼルは思わずうろたえた声を出してしまう。少女の瞳に溜まった涙は決壊寸前。おそらく彼女の視界は涙で歪んでいることだろう。

「泣きますよっ! そりゃ泣きますよっ!! もし、これが原因で儀式が失敗しちゃったらどうしてくれるんですかっ! 責任取ってくれるんですかっ!? この町の――いえ、この国の命運がかかっているんですよ!」

(あ……)

 少女に指摘され、ヘイゼルは彼女が泣きたくなるのも判るような気がした。少女は裸を見られたことを単に嘆いているのではない。その結果として、周りに迷惑がかかることを恐れているのだ。

 カチカチカチ……。

 ぶつかり合う金属音。それは少女が身につけている金属の環が発せられる音。恐怖で身体が震えるらしい。少女はヘイゼルから手を離して自分の肩を抱いた。しかし静まることなくカチカチと言う音だけが響く。

(悪いことをしたな……)

 ヘイゼルは少女の必死さに胸を打たれ、心から反省をした。

(俺だって、同じように恐怖したはずだ――)

 震える少女をそのままにしてはおけず、ヘイゼルは自分が被せたマントの上から少女の身体を抱きしめた。

「――落ち着けよ」

 少女の柔らかな身体の感触、温もり。

 壊れてしまわないようにそっと、それでも気持ちが伝わるように心を込めて抱き締めてやる。すると少女の震えは落ち着き始め、やがてカチカチと言う金属音は止んでいた。少女の身体から余計な力が抜けたのに気付き、ヘイゼルは支えるように腕を回した。

 ヘイゼルは少女が冷静さを取り戻したと判断して、彼女の耳元で囁く。より安心させるために。

「儀式は必ず成功する。いや、成功させる。俺はそのためにここに来たんだからな」

「……え?」

 少女が顔を上げ、ヘイゼルの顔を覗く。少女の青い瞳が気持ちを表すかのように静かに揺れる。

「神は人間を喰うなんて真似はしない。どうか俺を信じてくれ」

 こんな出会いをしてしまったのは失敗だっただろう。それでも彼女には信用してもらわねばならない。ヘイゼルは微笑んで、敵ではないことを必死に伝えようとした。

 少女は探るように、ただじっとヘイゼルを見つめている。きっといろいろ思案しているのだろう。いきなりこんなことを言われたので、しっくりこないのだ。生け贄として、このザフィリを守護する青の龍に捧げられるのだとずっと聞かされ続けていたはずなのだから。

 バタバタバタ……。

 どこからともなく響いてくる足音。そしてそれが近付いて、止んだ。

「まずっ……」

 ヘイゼルは慌てて少女から離れたが、もう遅かった。

「貴様っ! ここがどういう場所か知っての行いかっ!」

 この神殿を警備している女性の兵士たちがあっという間にヘイゼルを取り囲み、持っていた槍はそのすべてが彼を狙う。

(長居しすぎたな……)

 咄嗟に両手を肩まで挙げる。苦笑してしまうのは仕方があるまい。

 反抗の意志がないことが兵士たちに伝わったらしい。女性の兵士の一人がヘイゼルの前に出ると、魔術錠を取り出して彼の手に掛けた。

(なんか身に覚えがある展開……)

 思わずエメロードでの出来事を思い出してしまう。あのときは緑の龍を仲間にするためだったとはいえ、もう二度とあのような目に遭いたくはない。

(まぁ、ここはおとなしくしておくか……)

 国に不名誉な連絡がいってしまうことになるだろうが、不法侵入したのは紛れもない事実であり、現行犯逮捕だ。これは言い逃れができない失態である。

 ヘイゼルは心の中で大きくため息をつき、兵士の言葉を待つ。

「不法侵入、及び、巫女への乱暴の罪で連行する」

「……はい?」

(乱暴、だと……?)

 それは名誉毀損もいいところだ。ヘイゼルはすぐに表情を変える。

「ら、乱暴って……誤解ですって! 話を聞けば、聞いてくださればわかりますから、ねっ? ねっ?」

 ヘイゼルの言葉に少女は口を開きかけたが、他の女兵士が声を掛けた所為で弁護してもらえず。求めるようになおも視線を送るが、少女はふっと目を伏せただけだった。

「えっ、ちょっとっ……嘘っ……」

 誤解は解けぬまま、ヘイゼルは兵士に囲まれて少女と引き離されてしまったのだった。


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