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龍神たちの晩餐  作者: 一花カナウ
第一章 メイズ
1/30

はじまり

 カッカッカッカッ……。

 はぁはぁはぁはぁ……。

 地下通路は湿ったまとわりつく空気で満たされ、蝋燭に灯されて揺らめく光は心許ない。

 その中を走り続ける大小の二つの影。石で造られた通路はひんやりとしていて、二つの足音を遠くまで運ぶ。

(あまり良い状況じゃないな……)

 影の一つ、背の高い青年は正面を駆ける幼い少女の背を見ながら、冷静に現状を見つめる。

 彼の先を行く少女は背が低く、身体を包み込めるほどの大きな布をはためかせている。片手には神聖な力を秘めた杖を、もう片方は角張ったものが入っているのが分かる布製の袋を肩に掛け、その紐をしっかりと握ったまま走っていた。

 青年は自分の姿を思い返す。

 薄汚れた長袖の肌着はところどころ綻んでおり、同様の厚手の生地のズボンもあちらこちらが破れている。上下ともに黒っぽい色のために目立たないが、そこには赤錆色の血液が付着していた。一部は青年のものだが、そのほとんどは別のもの――それはもちろん人間であったり、あるいは動物のものだったりした。これまでの戦いを示す痕跡の一つだ。

(このまま持久戦になったら不利だ。彼女の体力も心配だが、何より――)

 手は縛られており、振ることができない。走りづらいものの、厄介なのはその手の自由を奪っているのがただの紐ではないということだ。両手首にしっかりと巻かれた麻の紐にはびっしりと赤い文字が並ぶ。それと同じものが首と左右の足首それぞれに巻かれているのだった。これがどんな用途で使用されているものなのか、その効力によって抑制されている彼にはよくわかる。

(魔法が使えるようになれば、形勢逆転の機会も狙えるんだがな……)

 名も知らぬ少女の小さな背に期待のまなざしを向ける。

 肩の先ではねる髪は言われないと分からないほどに色素の薄い金髪。両脇の髪を後ろで束ねる木製の髪留めにはこの街を守護する龍神の彫刻。龍の瞳には彼女の瞳と同じ色の翠玉がはめ込まれている。彼女の額にはきらきらと輝く透明の宝石が埋まった宝冠。両耳には煌びやかな意匠の耳飾。幼い顔ではあるが化粧がしっかり施され、薄い紫の口紅が塗られている。真っ直ぐ先に向けられた瞳は円らで、笑えば美しいであろう長い睫毛と美しい二重を持っている。でも現在それを見ることは叶わないだろう。必死の形相で、返り血を浴びて赤く染まった、かつては真っ白だっただろうマントを羽織り、ひたすら駆けていたからだ。

 彼女の服装も特徴的だ。身動きの取りづらい、全体にだぼっとした長い着衣はどこかの高い身分が身につけるような上等の生地で作られており、ところどころに幾何学模様の金の刺繍が施されている。何かの儀式に使われるようなものに見えた。

(宗教関係者だろうか?)

 唐突にこの状況下に放り込まれたため、互いに自己紹介が済んでいない。少女から放たれている強い力を肌で感じていた青年は、その服装からそのように推測する。ただの町娘ということは少なくともないだろう。

(とにかく早くどうにかしないと、全滅する)

 少女の息が切れているのは聞こえてくる音から判断できた。限界が訪れるのも時間の問題だ。

 かなりの距離を走ってきたはずで、もう現在位置は道に詳しいものでなければ分からないだろう。何度もの分岐点を通過している。その度にともに行動してきたはずの仲間は消えていった。

 そう。別れたのではなく文字通りに消された。

 その様子を見ることは叶わなかったが、後方から響く死に際の叫びが、はっきりと何が起こったのかを記述していた。

 そんな状況でも、少女は振り向くことをしなかった。しっかりと前を見据えて、ときに呪文を唱えながらひたすら走った。その姿に、青年は感心し頼もしく思いながらも、哀れに感じていた。

(せめてこの娘だけでも……)

 青年は彼女がろくに術を唱えることもできず、走る体力も底をついていることに気付いていた。彼女は惰性で走っている。真っ直ぐ、ひたすらに。

 ガラガラガラ……。

 通路の後方で、石が落ち地下空間が崩壊する音がしばしば聞こえる。響く音の大きさからだいぶ接近してきているらしいとわかる。最後の分岐点から随分と同じ道を走ってきた。そろそろ追いつかれてもおかしくはない。

(本格的にまずいぞ)

 蝋燭の炎が揺れる。風もほとんどない一本道。起伏もなくただただ石の通路が延びている。明かりの間隔が長くなったように思えたのは青年の気のせいだろうか。

(くそっ……この呪符さえなけりゃ……)

 手首に巻かれた紐を恨めしく見つめ、それが巻かれた経緯が意識の裏に蘇った。


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