魔女のいた村
小さな村で薬剤師として生計を立てているマシュー・ホプキンスは聖都から送られてきた手紙に目を通してから、教皇庁宛ての返信を書いた。
ホプキンス家から良く見える村の中央広場には、記念碑がある。
人心を惑わす悪魔の術を使った魔女を、教皇庁から派遣された司祭が神の威光を以て絞首刑に処した旨がそこには記されている。
恐ろしき魔女の名前はアンナ・ウッド。
その恐ろしき魔女は孤児だったマシューを育てた母である。
母は貞淑な女性で、森で薬草を摘んでいる際に足を挫いても教会での祈りも欠かさない人だった事をマシューは覚えている。
「この根っこを煎じると、体の熱は外へと行くの」
「この葉っぱには、利尿作用があってね。小用の回数を増やす事で体内の毒素を出すの」
「これは―――」
母は籠の中の薬草をひとつひとつ手に取って、説明してくれた。父親の仕事を見様見真似で覚えたのだと、むかしを懐かしみながら語って聞かせてくれた。
「覚えておいて、損はないわ。でも、教会の人は頭が固いから。薬について聞かれたなら、知らぬ存ぜぬで通しなさい」
病気や怪我は神から与えられた試練、又は悪霊の齎す禍いである、と教会の人間は口を揃えて語る。
病気で苦しむ者、怪我で苦しむ者は教会で御布施を司祭に預けて禍いが遠ざかる様に祈祷して貰うのが一般的であり、母の様な人間は異端なのだと母は言った。
母が薬を渡さなければ、隣りのスミスさんの子供は幼くして帰天していたかもしれない。
誰かを助けようと思う事が悪である筈がない、と言うマシューの頭を母は優しく撫でてくれた。
マシューが12歳の時。
母の噂を聞き付けた聖都の司祭がやってきた。
母はマシューに言い聞かせた様に、はじめ薬に付いて聞かれても知らぬ存ぜぬと首を横に振っていた。
しかし、男が司祭の後ろから出て来て、「その女は嘘をついている」と言った。
男は司祭が村に来る少し前に高熱で倒れていたところを母の薬で救われた人間であった。
【魔女の通報ひとつに付き、金貨3枚】
男は母の薬で生命を救われておきながら、金貨3枚の為に母を魔女として聖都の司祭に通報したのである。
村の司祭は母の潔白を唱えたが、聖都の司祭は「魔女に惑わされているのだ」と言って聞く耳を持たなかった。
母はそのまま聖都で魔女として審判を受けた。
村に戻って来たのは一房の髪だけだった。
母の家は取り壊され、財産は全て聖都に没収された。
マシューは母の幼馴染であるホプキンス家に引き取られて、今日に至る。
【ミカエリス司祭が重篤な病を患った。どうか、薬を処方して欲しい。金なら望む金額を報酬として与えよう】
聖都からの手紙は、凡そそんな内容だった。
だから、マシューはこう返した。
【病は神から与えられた名誉ある試練でありましょう。信心があるのならば、神はミカエリス司祭を救って下さるでしょう】
ミカエリス司祭は、母を絞首台に登らせた人物である。
【どうしても、と仰るのであれば。30年前の魔女アンナ・ウッドの審判のやり直しを願います。それが叶うであれば薬を調合します。お代は不要です】
マシューはそう、聖都に返信した。
魔女の審判のやり直しは、非を認める事。聖都の司祭は絶対に応じないだろう。
「おとうさん、何かあったの?」
「こわい顔をしていたかい?」
息子を怖がらせてしまった事は良くない事だと、マシューは頬を掻く。
いつの日か母の名誉が回復する日を、マシューは願っている。




