[本編への橋掛け]ー魔術という理
この世界において、「魔術」とは奇跡ではない。それは、世界そのものに刻まれた法則を“理解し、借りる”技術である。
■ 魔術の根源 ―― 《理素》世界は目に見える物質だけでできているわけではない。空気、水、光、そして生命の隙間には、《理素》と呼ばれる不可視の粒子が満ちている。
理素は意思を持たない。だが「意味」を与えられることで現象へ変わる。
火が生まれるのも、風が走るのも、癒しが起こるのも――すべては理素に“世界の解釈”を与えた結果である。
■ 魔術師とは何か魔術師とは、力の強い者ではない。
「世界を正しく読み取れる者」だ。
魔術を行使するには三つの工程が必要となる。
一、《観測》 世界の状態を把握する。誤認すれば魔術は必ず歪む。
二、《定義》 理素に役割を与える。言葉・紋様・思考式がこれにあたる。
三、《代償》 理素は等価交換を求める。精神力、記憶、時間、あるいは生命力―― 何かを支払わずに現象は成立しない。
ゆえに魔術は万能ではない。
■ 属性という誤解一般に火、水、風、土といった“属性”が語られるが、それは本質ではなく、人間が理解しやすい分類に過ぎない。
実際には、「熱量の移動」「運動方向の固定」「構造の再配置」といった現象操作こそが魔術の正体である。
熟練した魔術師ほど属性に縛られない。
■ 詠唱の意味詠唱は力を呼ぶ呪文ではない。
自分の認識を固定するための“思考補助”だ。
未熟な者ほど長い詠唱を必要とし、達人は一言、あるいは無言で魔術を成立させる。
■ 魔術の限界魔術には越えられない境界が存在する。
それは《存在の否定》。
すでに「在る」と確定したものを完全に無かったことにはできない。死者を真に蘇らせる魔術が存在しない理由もそこにある。
世界は改変を許しても、否定は許さない。
■ アルクウェールという例外だが、歴史の中には理から逸脱した存在が記録されている。
理素に命令するのではなく、理素そのものから“応答される”者。
魔術を使うのではない。世界に選ばれている存在。
――アルクウェール。
その名が何を意味するのか、まだ知る者は少ない。
だが確かなことが一つある。
魔術とは力ではなく、「理解」である。
そして理解とは、時に世界を救い、時に世界を壊す。




