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魔法省魔術認定部部長の話  作者: 針鼠土竜


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5/7

誤差

崩れた通路に、静寂が落ちていた。


戦闘は止まっている。


いや、正確には。


続ける意味を失っていた。


 


エイルが立っているだけで、魔術は安定しない。


術式が成立する前提が揺らいでいる。


 


レオンは杖を下ろしたまま言った。


「認定部長。あなたはもう理解しているはずだ」


 


アルクウェールは答えない。


代わりに床へ視線を落とす。


砕けた石片。


焼け跡。


歪んだ空間。


 


そして――


わずかに修復され始めている亀裂。


 


エイルの周囲だけ、世界が“正しい形”へ戻っていた。


 


「君の雇い主は」


アルクウェールが静かに言う。


「この子を兵器にする気はないな」


 


レオンが笑った。


 


「逆です」


 


「兵器になる前に消す」


 


その言葉は冷たかった。


 


「戦争が終われば、武器は不要になる。均衡は崩れる。世界は停滞する」


「……武器商人の理屈か」


「現実主義です」


 


レオンは続ける。


 


「この子は“修正”してしまう。争いも、暴走も、過剰な魔力も。すべてを平均へ戻す」


 


アルクウェールの脳内で、長年の疑問が繋がり始めていた。


 


微小誤差。


魔術成功率の低下。


理論値との差異。


 


世界は壊れているのではない。


 


積み重なっている。


 


「魔術は……借り物なんだな」


彼は呟いた。


 


レオンが目を細める。


「続けてください」


 


アルクウェールはゆっくり話し始めた。


それは誰に向けた説明でもなかった。


理解に至るための独白だった。


 


「魔術は魔力層を操作する技術だ。だが魔力層は独立していない。法則層に支えられている」


 


壁の破片を拾い上げる。


 


「我々は現象を再現するたび、わずかにズレを生む」


 


石を落とす。


本来なら真下へ落ちる。


だがほんの一瞬、軌道が揺れた。


 


「誤差は微小だ。観測不能なほどに」


 


彼はエイルを見る。


 


「だが数千年続けば?」


 


沈黙。


 


レオンが答えた。


 


「世界そのものが、計算から外れる」


 


頷き。


 


「そうだ。魔力暴走も、術式不安定も、自然災害も……すべて同じ原因だ」


 


世界が疲れている。


 


魔術という便利な技術に。


 


「つまり」


レオンが低く言う。


「世界には修正機構が必要になる」


 


アルクウェールは目を閉じた。


古い文献。


神話。


周期的に現れる存在。


 


英雄。


救世主。


勇者。


 


――全部、同じものだ。


 


「勇者は選ばれる存在じゃない」


彼は静かに言った。


 


「世界が“必要になった時”に現れる補正だ」


 


エイルが小さく首をかしげる。


意味は分かっていない。


だが話の中心に自分がいることだけ感じている。


 


「この子は勇者ではない」


アルクウェールは続ける。


 


「だが、勇者が生まれる理由そのものだ」


 


誤差が臨界に近づいている。


だから世界は先に“兆候”を生んだ。


 


観測不能の存在。


 


レオンが静かに息を吐く。


 


「だから消す必要がある」


 


「なぜだ」


 


「均衡が早すぎるからです」


 


彼の声は真剣だった。


狂気ではない。


信念だった。


 


「戦争は世界を進める。技術を生み、国家を変え、人を前へ進ませる」


 


一歩踏み出す。


 


「だがこの子がいれば、すべて収束する。争いは起きない。進歩も止まる」


 


アルクウェールは初めて怒りを覚えた。


 


「それは進歩じゃない」


 


低い声。


 


「消耗だ」


 


沈黙。


 


遠くで警報が再び鳴り始める。


執行部の増援が近づいていた。


 


時間がない。


 


アルクウェールは理解していた。


ここから先は理論では終わらない。


 


選択になる。


 


世界の均衡か。


一人の子供か。


 


彼はエイルの前に立った。


 


「帰ろう」


 


その言葉は、戦闘開始の宣言だった。

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