エイル
エイルには、みんなが何をしているのか分からなかった。
大人たちはいつも光を出す。
線を描き、言葉を並べ、空気を震わせる。
すると火が生まれたり、風が動いたりする。
でもそれは、少し変だった。
遠回りなのだ。
火は、燃えればいいだけなのに。
風は、動けばいいだけなのに。
どうしてみんな、難しいことをするのだろう。
エイルの目には、世界が層になって見えていた。
言葉では説明できない。
ただ最初から、そう見えていた。
上には形。
石、光、人、音。
その下には流れ。
あたたかいものが巡り、すべてを動かしている。
大人たちはそこを触っているらしい。
そして――
さらに下。
静かな場所。
何も動いていないのに、すべてが決まっている場所。
エイルはそこが好きだった。
静かで、優しくて、間違いがない。
でも今。
そこが少し揺れていた。
目の前で、大人たちが争っている。
光がぶつかり、空気が痛くなる。
世界が困っている。
そう感じた。
エイルは一歩前に出る。
怒っている人がいる。
困っている人もいる。
でも一番困っているのは、たぶん――
世界そのものだった。
「……やめて」
声に力はない。
願いでも命令でもない。
ただの感想だった。
すると。
光が止まった。
火は燃える理由を忘れ、
風は進む方向を失い、
魔力は流れる必要を見失った。
エイルは首をかしげる。
直しただけなのに。
ぐちゃぐちゃになっていたものを、元に戻しただけ。
静かな場所に合わせただけ。
それなのに、大人たちは驚いた顔をしていた。
黒い服の人が後ずさる。
もう一人の人は、じっとこちらを見ている。
怖がっていない。
初めてだった。
怖がらない大人。
エイルは少し安心した。
「ねえ」
アルクウェールが静かに言う。
「君には、世界がどう見えている?」
難しい質問だった。
エイルは考える。
考えて、探して、やっと言葉を見つけた。
「……こわれないように、してるだけ」
沈黙。
その言葉を聞いた瞬間。
アルクウェールは理解した。
この子は異常ではない。
むしろ逆だ。
世界が本来持っていた“補正”そのもの。
魔術が積み重ねた誤差。
人が生み続けた微小な歪み。
それを無意識に均している存在。
――勇者ではない。
だが。
勇者が現れる理由、そのもの。
レオンが低く呟く。
「だから必要なんだ……」
その声には、恐怖が混じっていた。
「この子がいれば、戦争は終わる」
そして続ける。
「だから消さなければならない」
空気が再び張り詰める。
アルクウェールは一歩前に出た。
その瞬間、彼の中で何かが決まった。
理論でも義務でもない。
ただ単純な理解。
――この子を渡せば、世界は壊れる。




