執行
地下隔離区画に警報が鳴り響いたのは、エイルとの面談から十分後だった。
低く、連続した警告音。
戦闘級事案を示す音色。
執行官が即座に通信結晶へ手を伸ばす。
「侵入反応? あり得ない、結界は――」
言葉が途中で途切れた。
空気が、静かに冷えた。
アルクウェールは振り返る。
魔力の流れが変わっている。
いや、正確には。
整いすぎていた。
「……外部術式か」
次の瞬間、通路の壁面に描かれた封印式が同時に発光した。
そして。
音もなく、消えた。
破壊ではない。
解除でもない。
まるで最初から存在しなかったかのように。
「理論分解……?」
執行官の声が震える。
通路の奥から足音が響く。
ゆっくり。
迷いなく。
現れたのは一人の男だった。
黒い外套。
装飾のない杖。
年齢はアルクウェールと同程度。
だがその目には、明確な確信が宿っていた。
「久しいですね、認定部長」
アルクウェールは眉をわずかに動かす。
「……レオン・ヴァルシス」
天才。
そう呼ばれる魔術師は数少ない。
彼はその筆頭だった。
「民間研究機関に所属していたはずだが」
「ええ。現在は別の雇用主に」
微笑む。
「合理的な方ですよ。世界を動かす方法を理解している」
セドリック。
名前を出さずとも分かった。
執行官が前に出る。
「侵入罪で拘束する!」
同時に三名が術式を展開。
火炎拘束式。
重力固定式。
魔力封鎖。
完璧な連携だった。
魔術師としての最適解。
――だが。
レオンは一歩踏み出しただけだった。
術式が崩れる。
火は燃える意味を失い。
重力は方向を忘れ。
封鎖式は成立条件を見失う。
「どうして……!」
彼は軽く肩をすくめた。
「計算が遅いんですよ」
次の瞬間、空間が歪む。
圧縮された魔力が爆発的に解放された。
通路が吹き飛ぶ。
石壁が裂け、結界が悲鳴のような音を立てた。
圧倒的出力。
純粋な才能による魔術。
アルクウェールだけが動かなかった。
「なるほど」
彼は静かに言う。
「法則層への“近似アクセス”か」
レオンの目が細まる。
「理解が早い」
「理解はできる。再現はしないが」
アルクウェールが指を軽く振る。
床に描かれた微細な補助式が起動した。
光は弱い。
出力も低い。
だが。
崩れていた空間の歪みが、静かに収束した。
「……出力ゼロ補正?」
レオンが初めて驚きを見せる。
「過剰な魔力は誤差を生む。なら使わなければいい」
それが彼の戦い方だった。
最小干渉。
最小出力。
理論による制御。
天才が世界を押し曲げるなら。
達人は世界に合わせる。
二人の間で空気が張り詰める。
「その子を渡してもらいます」
レオンが言う。
「彼は未来を変える。だから管理されるべきだ」
アルクウェールは首を横に振った。
「違うな」
静かな声だった。
「君たちは未来を固定したいだけだ」
魔力が再び膨張する。
通路が震える。
そしてその時。
背後の隔離室から、小さな声がした。
「……けんか?」
エイルだった。
瞬間。
世界がわずかに沈黙した。
魔力が止まる。
術式が揺らぐ。
アルクウェールもレオンも同時に気づいた。
これは干渉ではない。
戦闘という現象そのものが、意味を失いかけている。
レオンの笑みが消える。
「……本物か」
エイルが立ち上がる。
ただそれだけで、空間の整合性が変化していく。
魔術が成立する前提。
法則の固定性。
それが曖昧になる。
アルクウェールは直感した。
この子は力を使っていない。
ただ、存在しているだけだ。




