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魔法省魔術認定部部長の話  作者: 針鼠土竜


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1/7

観測者

魔術とは、奇跡ではない。


少なくともアルクウェール・ローナンは、そう考えていた。


 


魔法省中央庁舎は、外から見ればただの白い石造りの建物に過ぎない。だが内部では、世界中の法則が書き換えられ続けている。


正確には――書き換えられることを防いでいる。


 


「未認定魔術、北方大地魔法大学より提出。第七分類、構造改変系統」


書記官の声が静かな執務室に響いた。


アルクウェールは視線を上げず、書類を一枚めくる。


机の上には魔術式ではなく、数式に近い記号列が並んでいた。


一般の魔術師が見れば理解不能なそれを、彼は淡々と読み進める。


 


「……理論層への干渉が浅いな」


「危険性は?」


「低い。ただし――」


彼はペン先で式の一点を叩いた。


「法則層との同期を取っていない。長期使用で誤差が蓄積する」


書記官が首をかしげる。


「誤差、ですか?」


 


アルクウェールは少し考え、言葉を選んだ。


魔術認定部の仕事は審査だが、本質は教育に近い。理解されなければ、規制は守られない。


 


「この世界はね、完全には出来ていない」


唐突な言葉だった。


「世界には“層”がある。私たちが触れている物理現象の層。その下に魔力が流れる層。そしてさらに下――」


彼は紙の端に三本の線を引いた。



現象層

魔力層

法則層



「魔術師が操作できるのは魔力層までだ。普通はね」


「では法則層は?」


「触れてはいけない場所だ」


即答だった。


 


魔術とは、魔力を使い現象を再現する技術に過ぎない。


火球を生むのは火を“作る”からではない。燃焼という現象を魔力で模倣しているだけだ。


だから魔術には必ず消費がある。


だから世界は壊れない。


――本来は。


 


アルクウェールは提出された研究報告を閉じた。


「これは差し戻し。修正指示を出してくれ」


「理由は?」


「世界に負担をかける」


書記官は苦笑した。


「抽象的ですね」


 


彼は少しだけ笑った。


「抽象的でいいんだ。具体的に説明できる頃には、もう遅い」


 


窓の外では魔導交通船が空を滑っていた。


魔術は進歩している。


年々速く、強く、効率的に。


誰もがそれを誇らしく思っている。


 


だがアルクウェールには、違って見えていた。


 


――世界が、わずかに軋んでいる。


 


数値では測れないほど小さなズレ。


魔術式の計算結果と現実の誤差。


再現率99.999%のはずの術式が、時折わずかに逸脱する。


誰も気にしない程度の揺らぎ。


だがそれは、確実に増えていた。


 


彼は机の引き出しから古い記録帳を取り出す。


十年前。七年前。三年前。


同じ種類の報告。


同じ微小誤差。


そして増加傾向。


 


「……おかしい」


独り言が漏れた。


 


その時、扉が強く叩かれた。


珍しいことだった。魔術認定部に慌ただしさは似合わない。


 


「部長!」


若い職員が息を切らして入ってくる。


「執行部から通達です。至急出頭命令が――」


言葉が途中で止まる。


職員の顔色が明らかに悪い。


 


「どうした」


 


沈黙。


 


そして彼は、震える声で言った。


「……保護対象の確保に失敗したそうです」


「保護対象?」


「分類外個体。観測不能反応を示す児童が――」


 


アルクウェールの手が止まった。


 


観測不能。


その言葉は、魔術体系の中でただ一つの意味しか持たない。


 


――理論が通用しない存在。


 


「現在、執行部が強制収容を開始しています」


 


窓の外で、遠く警報の光が瞬いた。


 


アルクウェールはゆっくり立ち上がる。


胸の奥に、説明できない確信があった。


 


長年感じていた世界の誤差。


それが今、形を持って現れたのだと。


 


「……行こう」


「どちらへ?」


 


彼は外套を手に取りながら答えた。


 


「問題が起きている場所へ」


 


そしてそれが、


彼の人生を静かに終わらせる物語の始まりだった。


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