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第4話 最初の不整合

その日は、妙に静かだった。


天気予報では夕方から雨のはずだったのに、空は最後まで持ちこたえていた。

風もない。雲の流れも遅い。


世界が、呼吸を止めているみたいだった。


妹は、いつも通り家を出た。

靴を履きながら、「今日は早く帰れると思う」と言っていた。


その言葉を、俺は覚えている。

七回目のループでは、聞かなかった言葉だ。


「いってきます」


玄関のドアが閉まる音を聞きながら、

俺は、なぜか胸の奥がざわつくのを感じていた。


理由は分からない。

ただ、何かが“ずれている”。


――今日は、何も起きない日だ。


そう自分に言い聞かせる。

これまでの経験上、危険な日はもっと分かりやすかった。


事故の日は、朝から不自然に慌ただしい。

事件の日は、天気や人の流れが微妙に噛み合わない。


でも今日は違う。

静かすぎる。


昼過ぎ、俺は外に出た。

特に目的はなかった。


ただ、妹の帰り道と、

自分の足が向かう方向が重なった。


偶然だ。

そう思った。


信号待ちの交差点。

見覚えのある場所。


――ここだ。


胸の奥が、はっきりとそう告げた。


過去のループで、

妹はこの交差点を避けていた。


俺が強く言ったからだ。

「危ないから、遠回りしろ」と。


その結果、妹は別の場所で死んだ。


今回は、何も言っていない。

妹は、いつも通りの道を歩く。


信号が青に変わる。

人の流れが、前に進む。


そのときだった。


耳鳴りのような音がして、

視界が一瞬、揺れた。


次の瞬間、

トラックが信号を無視して交差点に突っ込んできた。


――死ぬ。


直感的に、そう思った。


妹の位置。

車の速度。

距離。


全部、間に合わない。


俺は、考えるより先に動いていた。


走る。

腕を伸ばす。


名前を呼ぶ余裕もなかった。


衝撃。


世界が白く弾けた。


倒れる感覚。

アスファルトの冷たさ。


痛みよりも先に、

「また失敗した」という思考が浮かぶ。


――八回目だ。


そう思った瞬間、


「……お兄?」


声がした。


俺は、目を開ける。


妹が、目の前に立っていた。

無傷だった。


トラックは、交差点の手前で止まっている。

急ブレーキの跡が、黒く路面に残っていた。


運転手が、蒼白な顔で降りてくる。

周囲が、ざわつき始める。


俺の身体は、地面に倒れていた。

痛みはある。

でも、致命的じゃない。


――逆だ。


本来なら、

死ぬのは妹だった。


今回は、

死ぬ“役割”が、俺にずれている。


救急車のサイレンが、遠くで鳴り始める。


妹は、震えた手で俺の袖を掴んでいた。


「……大丈夫? なんで、ここに……」


答えられなかった。


説明できる言葉が、

この世界には存在しない。


担架に乗せられながら、

俺は空を見上げた。


雲が、ゆっくりと流れている。


――修正が、間に合わなかった。


そう思った。


0.02%。


それは、

「誰も死なない未来」じゃない。


「死ぬはずだった人間が、生き残る」未来だ。


そして、その代わりに――


俺は知ってしまった。


世界は、

確率を踏み抜いた人間を、

簡単には元の場所に戻さない。


妹の命は、確かに助かった。


だがその瞬間、

俺の中で、何かが決定的に壊れた。


この不整合は、

まだ始まりに過ぎない。

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