第15話 妹が異変を口にする
朝、キッチンに立つ妹は、いつも通りの声で言った。
「お兄、朝ごはんできてるよ」
でも、俺にはその声が、いつもより少しだけ遠く聞こえた。
昨日より確実に、距離ができている。
「……ありがとう」
言葉を返すが、笑顔は出ない。
胸の奥が、じんわり冷えていくのを感じる。
これは、昨日までの違和感とは違う。
――妹が、気づき始めている。
◆
学校への道すがら、妹がぽつりと言った。
「ねえお兄……最近、変だよね?」
その声は、疑問というより事実確認のようだった。
俺は立ち止まる。
言葉を返す間もなく、妹は続ける。
「顔も、動きも、声も……なんか、前と違う」
「ちょっと疲れてるだけだよ」
嘘は、頭では理解している。
でも、口に出すと、世界のルールを刺激してしまう気がして、言葉は喉に詰まった。
「ううん……疲れてるんじゃなくて、違うんだって」
その瞳が、初めて恐怖を帯びていた。
――そうか。もう、隠せない。
◆
放課後、帰り道。
妹が手を止め、俺を見上げる。
「お兄、本当に……変だよ」
震えた声ではない。
決意の入った、まっすぐな声。
「昨日の夜も、変だった。
私、なんか……分かるんだ」
心臓が凍る。
無意識のうちに、世界は彼女に手を伸ばし始めている。
「何が、分かるの?」
問いかける俺の声も、自然ではなかった。
妹は目を細め、口を開く。
「お兄、
昨日……誰かに触られたみたいに変だった」
その一言で、血の気が引く。
――世界だ。
俺を削り、妹を監視する、世界そのものの干渉だ。
◆
その夜、ベッドで横になりながら考える。
0.02%の未来。
まだ希望は残っている。
でも、妹が気づいた瞬間、世界の修正は本格化する。
俺が動けば動くほど、世界は容赦なく、代償を積み上げる。
それは、目に見える形で現れ始めた。
今日、妹が言葉にしたのは小さな一歩。
しかし、その一歩が、次の死を加速させるかもしれない。
胸の奥で、ひりつくような感覚が続く。
手が震え、ペンを握る力も鈍くなる。
存在感が、少しずつ薄れていく。
◆
それでも、選択肢は一つ。
妹を守るために、俺は踏み込むしかない。
机に向かい、日記にペンを走らせる。
「俺が薄れても、守る」
文字が震え、インクが滲む。
それでも、文字は確かに紙に残る。
これが、俺が“まだここにいる”証拠になる。
だが、胸の奥で、何かが割れる音がした。
0.02%の未来を生きる代償は、もう、静かではない。
――世界は本気で、妹と俺を分けに来る。




