第14話 妹が“お兄の異変”を言語化し始める
朝、キッチンに立つ妹の声が、いつもより少しだけ鋭く聞こえた。
「お兄、最近さ……変じゃない?」
瞬間、俺の手が止まった。
トーストをバターで伸ばす手の動きも、箸を持つ指先の震えも、すべて無意識に見られている。
「変って、どういう……」
言葉に詰まった。
いや、言葉にする必要すらない。
妹は、直感で、違和感の輪郭を掴もうとしている。
「ほら、昨日の夜とか……声、静かだったし。なんか、顔も……」
俺は息を飲む。
この子は、まだ意識的に理解していない。
でも、世界はもう、彼女の言葉を通して俺の存在を測っている。
「……気のせいだよ」
笑いながら言った。
それ以上は誤魔化せない。
顔の端に、ほんの少しの疲れが出ているのも、
声の震えも、逃げられない証拠だった。
妹はじっと俺を見つめる。
瞳の奥に、不安と好奇心が混ざる。
「お兄……何か、隠してる?」
その一言で、胸の奥が締め付けられた。
世界が薄く、重く、音を立てて押し寄せる。
何も言えない。
言えば、すべてが崩れる。
俺はゆっくり首を振った。
「いや、別に……」
でも、それが通じるわけがない。
妹は、自分の感覚を信じている。
直感的に、俺がいつもと違うことを、察してしまう。
昼過ぎ、学校帰りの妹を玄関で待つ。
彼女はランドセルを下ろすと、少し間を置いてから言った。
「お兄、今日……ずっと、考え事してたでしょ?」
言い当てられる。
俺は何も答えられない。
ただ頷くことしかできなかった。
妹は、わずかに眉を寄せて、でも笑おうとする。
「……変だなあ。でも、何も言わない方がいいかな」
その笑顔の裏で、何かが揺れているのが見えた。
無意識の不安、疑念。
世界は、もう彼女にまで手を伸ばしている。
◆
その夜、ベッドで横になりながら考えた。
――これ以上、干渉すれば、
俺は確実に削られる。
でも、何もしなければ妹は……。
胸の奥が痛む。
昨日までなら、行動と結果は直接的だった。
しかし、今は違う。
妹が、俺の異変を自覚し始めた。
言葉にできる形で。
これは、世界が本格的に“修正”に入った証拠だ。
0.02%の未来。
希望は薄い。
でも、残っている。
妹が気づく前に、次の手を打たなければ。
◆
深夜、机に向かって日記を開く。
ペンを握る手が震える。
「俺が消えても……妹は守る」
文字にするだけで、胸が熱くなる。
消えてもいい。
薄れても、記憶が欠けても、名前が曖昧になっても。
妹が、自分の意志で「異変」に気づく前に、
俺は、もう一度未来を踏み抜く。
でも、世界は待ってくれない。
彼女の気づきは、逆に修正の速度を加速させる。
――これが、0.02%の未来の現実。
踏み込むほど、代償は増える。
でも、妹が生きているなら、それでいい。




