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第10話 削除対象

翌朝、世界は少しだけ軽かった。


音が、薄い。

色が、淡い。


目を開けた瞬間、

自分の身体が「ここにある」感覚が弱い。


左手は相変わらず動かない。

左足の感覚も、昨日より遠い。


それでも、立てる。

歩ける。


――まだ残されている。


俺は、鏡の前に立った。


映っているのは、

確かに俺の顔だった。


だが、

輪郭が曖昧だ。


ピントが合っていない写真みたいに、

少しだけ背景に溶けている。


「……削除、始まってるな」


声に出すと、

音が、半拍遅れて返ってきた。


朝食の時間。


妹は、いつも通りキッチンにいた。

エプロンをつけて、卵を焼いている。


その後ろ姿を見た瞬間、

胸の奥が、強く締めつけられた。


「お兄、起きてたんだ」


振り返った妹は、

一瞬だけ、目を瞬かせた。


――見失った。


そんな仕草。


「……どうした?」


「え、あ、いや……」


妹は曖昧に笑った。


「なんか、

 一瞬、誰かいた気がして」


世界が、

妹の認識から俺を削り始めている。


それは、

最悪の形だった。


「俺だよ」


一歩、近づく。


妹は、

はっきりと俺を見る。


「……うん。分かってる」


でも、その声には、

微かな迷いが混じっていた。


学校へ向かう途中、

異変は決定的になった。


横断歩道。


信号は青。

人の流れに乗って、歩く。


途中、

俺の肩に誰かがぶつかった。


いや、

正確には――ぶつかってきたのに、止まらなかった。


俺は、

「存在していない」みたいに、

すり抜けられた。


振り返る。


誰も、謝らない。

誰も、俺を見ていない。


心臓が、強く打つ。


――世界は、

俺を“人”として扱うのをやめた。


その瞬間、

視界の端に、ノイズが走った。


世界が、歪む。


音が、消える。


そして、

聞こえてきた。


無数の声。

重なり合った、同じ言葉。


《不要》

《修正対象》

《削除》


理解するより先に、

足元が崩れた。


落ちる。


――違う。


「外される」。


俺は、

世界の表面から、

剥がされていく。


必死に、

妹の手を掴もうとする。


触れた。


確かに。


「……お兄?」


妹の声。


――まだ、届く。


その瞬間、

時間が、止まった。


空気が凍りつき、

人も、信号も、音も、すべて停止する。


俺と妹だけが、動けた。


そこに、

医師が立っていた。


「ここまで来るとは思わなかった」


白衣のまま、

世界の裂け目の前に立つ男。


「世界は今、

 君を“削除対象”として確定した」


「……助ける気は?」


「ない、とは言わない」


医師は、静かに続ける。


「でも、条件が変わった」


「妹の命と引き換えに、

 君が消える――

 そのルートは、もう成立しない」


胸が、ざわつく。


「世界は今、

 “両方を消す”選択肢を視野に入れている」


最悪だ。


妹を守るために踏み込んだのに、

結果として、

妹まで危険に晒している。


「どうすればいい」


俺は、

初めて、はっきりと尋ねた。


医師は、

少しだけ、笑った。


「簡単だよ」


「君が、

 世界に“選ばれる側”になるのをやめればいい」


「……どうやって」


「君が選ぶんだ」


「誰を、残すか」


言葉の意味が、

ゆっくりと沈んでくる。


世界に従えば、

妹は生きる。


俺は消える。


逆らえば、

世界は、

もっと大きな修正を始める。


妹が、俺を見る。


不安と、信頼が、混じった目。


「……お兄?」


その声を聞いた瞬間、

答えは、もう決まっていた。


「俺は、選ばない」


医師が、目を見開く。


「世界に、選ばせない」


その瞬間、

停止していた時間が、

軋みながら動き出す。


ノイズが、

悲鳴みたいに走る。


《例外》

《未確定》

《再計算》


世界が、

初めて迷っている。


俺は、

妹の手を強く握った。


「離れない」


それだけを、誓う。


世界が本気で消しに来るなら、

俺は、

本気でここに居続ける。


0.02%は、

もう過去の数字だ。


これは、

確率の話じゃない。


存在の、話だ。

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