表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/31

6話:位牌から響く、懐かしい声


葬儀は、あまりに呆気なく終わった。


九条家という巨大な権力が背後にあったせいか、蓮司さんの死は「孤独な探偵の不慮の事故」として処理された。 参列者も橘さんと私、それから数人の知人だけだった。


数日後。 私は、主を失った『工藤探偵事務所』にいた。


窓の外は、あの日からずっと降り続いているような気がする、止まない雨。


「……バカ。……本当のバカだよ、蓮司さん」


デスクの上には、まだ真新しい、白木の位牌が置かれている。 私はそれを両手で抱きしめた。


木のひんやりとした感触が、余計に彼の不在を際立たせる。 あんなに冷たく私を追い出したくせに。


一人で全部抱え込んで、勝手に死んで。 謝らせてもくれないなんて、あんまりだ。


「……っ、うぅ……」


位牌に額を押し当てる。 ボタボタと、私の涙が木の表面を濡らしていく。


鼻水だって出ているかもしれない。でも、もうどうだってよかった。 世界で一番大切だった人が、もうこの世のどこにもいないという事実が、私の心を削り取っていた。


その時だった。


「……おい。人の位牌に鼻水つけるなよ。汚いだろ」


「…………え?」


聞き間違えるはずのない声だった。 傲慢で、自信たっぷりで。


でも、どこか呆れたような、温かさを孕んだあの声。 私は弾かれたように顔を上げた。


そこには――。


蓮司さんの愛用していた革張りの椅子に、一人の男が座っていた。


「……蓮司、さん?」


姿は、生前の彼そのままだ。 けれど、その輪郭は陽炎のように微かに揺らぎ、背後の本棚が透けて見えている。


「……幽霊……? 成仏、しなかったの?」


「したかったが、あいにく受付で門前払いだ。……というか、門まで辿り着けなかった」


蓮司さんは不機嫌そうに脚を組み、私の手元を指差した。


「どうやら、お前の持ってるその『木の板』に、俺の魂が紐付けられてるらしい。……不便極まりないな」


「木の板って……位牌のことですか?」


私は恐る恐る、抱きしめていた位牌を覗き込む。


すると、位牌の表面に微かな青い光が宿り、そこから細い糸のような霊線が、椅子に座る蓮司さんへと伸びていた。


「……ふん。お前が泣きながらしがみつくから、魂が引っ張られたんだろう。責任を取れ、バカ助手」


「……っ! 蓮司さん!!」


私は椅子に飛びついた。 けれど、私の体は虚しく彼を通り抜け、床に転がった。


「あだだ……」


「馬鹿。幽霊にタックルする奴があるか。物理法則を考えろ」


蓮司さんは冷たく言い放つが、その口角は微かに上がっていた。 生きていても、死んでいても、この人は変わらない。


「……本当によかった。もう会えないと思ってたから……」


「感傷に浸る時間は短縮しろ。俺がここに出てきたのは、お前と『契約』を結ぶためだ」


蓮司さんの表情が、鋭い探偵のそれに変わる。


「いいか、朱里。俺は殺された。九条家の背後にいる、国家レベルの巨大な闇に触れたからだ。……本来なら、お前は巻き込むべきじゃない」


「でも、巻き込まれました。もう遅いです」


「あぁ、そうだな」


蓮司さんは立ち上がり、窓の外を見つめた。 透き通ったその背中に、私はかつてないほどの覚悟を感じる。


「俺は霊体としてお前をサポートする。お前の『霊感』と、俺の『論理』。これがあれば、奴らの尻尾を掴めるはずだ。……ただし、一つ条件がある」


「条件?」


蓮司さんは私を振り返り、一本の指を立てた。


「俺の魂は、その位牌を中心とした半径25メートルから離れることができない。……つまり、お前がその位牌を持って歩く限り、俺はお前の『守護霊』として存在する。だが、一度でも離れれば、俺の魂は霧散して消える」


半径25メートル。 それは、私たちを繋ぐ絆であり、同時に彼を縛り付ける檻でもあった。


「……わかっています。離しません。絶対、どこにでも持って行きます」


「ふん。重いぞ、俺の執念は。……いいんだな? 犯罪者の情報を盗み、国家の禁忌を暴く。警察も助けてくれない、茨の道だ」


私は位牌をぎゅっと胸に抱きしめ、真っ直ぐに彼を見つめた。


「蓮司さんのいない、平和で退屈な日常なんていりません。……一緒にやりましょう。犯人を、絶対に地獄に引きずり落としてやるんです」


死んでなお不敵に笑う相棒。 そして、その相棒に魂を売った助手。 私たちの『本当の共犯』は、この場所から始まった。


ーー


――そして、現在の実験室。


「……ふふ、あはははは!!」


私は、拘束されながらも声を上げて笑った。


「何がおかしい、御影くん」


桐生が怪訝そうに眉をひそめる。


「おかしくて。……あなた、蓮司さんが『死んだ』から、もう終わりだと思ってたんでしょ? ……残念でした。この人、死んでからの方が性格が悪くなってるんですよ」


「何を――」


桐生が言いかけた瞬間。 私が胸元に抱え込んでいた位牌から、目も眩むような青い霊気が爆発した。


『……橘! 電源を落とせ!!』


脳内に響く蓮司さんの咆哮。 その直後、施設のすべてのライトが破裂するように消え、完全な闇が訪れた。


ドォォォォン!!


壁を突き破り、一人の男が躍り出る。 手には、蓮司さんが生前愛用していた大型の拳銃。


「……待たせたな、朱里。……それと、クソ同級生!」


闇の中で、橘慎一の咆哮が響き渡った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ