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第33話:ライダースの背中と、黄金の遺言


 夜明けの高速道路を、借り物の4輪駆動車が新宿へと向かって疾走していた。  車内には、ヒーターの温風と、奥多摩で戦い抜いた後の重い沈黙が満ちている。


「……おい、朱里。いつまでその安物の入浴剤みたいな色の石を眺めている。お前の情緒が沈み込みすぎて、俺の心拍計が『お悔やみモード』に入りかけているぞ。早く俺にカフェインを供給しろ」


 後部座席で毛布にくるまった蓮司さんが、あえてトゲのある言葉を投げかけてくる。  私は、父・一真が遺した黄金の結晶を握りしめたまま、小さく首を振った。


「安物じゃないですよ。……これ、お父さんが命を懸けて守った、最後のかけらなんです。……蓮司さんこそ、さっきから手が震えてますよ。無理して喋らなくていいです」


「フン。寒さによる生理的震えだ。……それと、お前の霊力がさっきから熱すぎて、俺の左心室がオーバーヒート気味なだけだ。……ったく、熱っ苦しい女だな」


 毒を吐きながらも、蓮司さんは私の肩にそっと手を置いた。その指先が、わずかに温かい。  25メートルの境界線を維持しながら、彼は彼なりに私の崩れそうな心を現世に繋ぎ止めてくれているのだ。


「……はは……。蓮司、それは励ましのロジックとしては最低点だな。……でも、朱里さん。その結晶には、沙也加さんにしか解けない鍵がかかっている気がするよ。……早く、会わせに行こう」


 助手席で透き通るような微笑みを浮かべる橘さんの言葉に、私はアクセルを少しだけ強く踏み込んだ。


1. ガソリンの匂いと、静かな決着

 新宿の路地裏。ネオンの届かない場所にひっそりと佇む、母・沙也加のバイク工房。  シャッターを開けると、そこにはガソリンとオイルの匂い、そして磨き上げられた金属の冷気が漂っていた。


「……あら、ずいぶんと派手にやってきたわね。3人とも、ボロボロじゃない」


 大型バイク『ナイト・ホーク』のメンテナンスをしていた沙也加さんが、スパナを置いて振り向いた。  私は何も言えず、ただ父が遺した黄金の結晶を差し出した。  沙也加さんはその結晶を見た瞬間、すべてを悟ったように動きを止めた。


「……そう。あのお人好し、結局最後までヒーローのフリをして消えたわけね。……バカな男。私に一言くらい、文句を言わせてから逝きなさいよ」


 沙也加さんは背中を向けたまま、震える手でタバコに火をつけた。  深く、深く吸い込まれた煙が、工房の天井へと消えていく。  その広い背中が、一瞬だけ、小さく震えたのを私は見逃さなかった。


2. 同調シンクロする想い:精神調和の解析

 蓮司さんがタブレットを展開し、黄金の結晶を読み取り装置にセットした。  私と沙也加さんが同時に結晶に手を添えると、工房全体を包むような柔らかな光が溢れ出す。


「……解析を開始する。沙也加さん、朱里。今から精神調和率シンクロレートを算出する。この結晶を開くには、お前たち二人の波長が、一真さんの遺した周波数と完全に重なり合う必要があるんだ」


 蓮司さんの指がキーボードを叩く。彼は数式を言葉で説明しながら、情報の洪水に立ち向かっていった。


「精神調和率の定義は、二人の霊的波長が重なり合う積の部分を、それぞれの霊的容量の幾何平均で割った数値で決まる」


「精神調和率の定義は、二人の霊的波長が重なり合う『積』の部分を、それぞれの霊的容量の幾何平均で割った数値で決まる。 つまり、お互いの信頼が欠けても、独りよがりな愛情が強すぎても、この鍵は開かない。……一真さんは、お前たちが『共に前を向くこと』を、解錠の条件にしていたんだよ」


「つまり、お互いの信頼が欠けても、独りよがりな愛情が強すぎても、この鍵は開かない。……一真さんは、お前たちが『共に前を向くこと』を、解錠の条件にしていたんだよ」


 光の中で、父の姿が浮かび上がる。   「……沙也加、朱里を……頼む。彼女こそが、この歪んだ世界を調律できる唯一の光だ。……そして、桐生の真の狙いは……都庁に設置された人工門アーティフィシャル・ゲートにある。それを……止めてくれ……」


 父の最後のメッセージが、私たちの脳裏に直接刻み込まれた。


3. システムの介入:桐生の宣戦布告

『――遺品整理は終わったかね?』


 工房のモニターが突然砂嵐を起こし、桐生勝己の冷徹な顔が映し出された。  彼の背後には、異様に巨大化した都庁のシルエットが、不気味な赤い光を放ってそびえ立っている。


「桐生……! 貴様、一真さんの想いまで利用するつもりか!」


『利用? 心外だな。一真くんが遺したデータ、それこそが私のパズルの最後のピースだったのだよ。……君たちが結晶を起動させたことで、都庁のゲート・システムは最終段階フェーズに移行した。……ありがとう、朱里くん。君のおかげで、この国の怪異は完全に消滅し、私の管理下に置かれることになる』


 都庁の屋上で、赤い香水の香りを纏った女が、桐生の隣で不敵に笑う姿が見えた。  科学と怪異が、最悪の形で手を組もうとしていた。


4. 決戦の地、新宿都庁へ

「……あんたたち、座ってる暇はないわよ」


 沙也加さんが、ライダースジャケットを荒っぽく羽織り、エンジンの始動スイッチを入れた。    ドォォォォン!!    工房を揺らす凄まじい排気音。


「私の男が命を懸けて守った秘密、桐生なんかに好き勝手させない。……朱里、蓮司くん、慎一くん。都庁まで、私がブッ飛ばしてあげるわ! 私のバイクに3人は乗れないけど……あんたたちの25メートル圏内に、このナイト・ホークをねじ込んでやる!」


「フン。……いいでしょう。……おい、朱里。今度は一ミリも離れるなよ。桐生の合理を、お前の父親の想いで叩き潰すぞ」


「はい、蓮司さん! ……お母さん、お願いします!」


 夜の新宿を、一筋の光が切り裂いていく。  行き先は、怪異の女王と、システムの怪物が待つ、新宿都庁。  私たちの、本当の決戦が始まった。

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