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第32話:人造の神、本能の絆


 地下研究室の冷たい空気の中に、不快な電子音が鳴り響く。  3人の**「人造霊能者アーティフィシャル」**たちが、音もなく距離を詰めてきた。  その瞳には感情の欠片もなく、瞳孔の奥で複雑な術式データが明滅しているのが見える。


「……あいつら、呼吸してない。……ねえ蓮司さん、あれ、本当に人間なんですか?」


 私は、黄金の霊力を指先に集めながら、蓮司さんの背中にぴったりと寄り添った。  25メートルの境界線内、最短距離でのフルチャージ状態。


「……生物学的には人間だろうが、魂のOSを桐生が書き換えたんだろうな。……見ろ、あの霊力の波形。あまりに規則正しすぎて反吐が出る。……不愉快だ。あんな最適化された暴力など、俺のロジックが最も嫌う不純物だぞ」


 蓮司さんは、震える手で眼鏡を押し上げ、冷徹な観察眼で刺客たちを凝視した。


「文句を言っている場合ですか! 来ますよ!」


 先頭の1人が、掌をこちらへ向けた。  瞬間、空気が物理的に爆発したような圧力が私たちを襲う。高密度の霊子を圧縮・即時開放する、無駄のない不可視の弾丸。


「――橘さん!!」


「わかってる! ――九条流・霊障壁!!」


 橘さんが実体化した両腕を交差させ、青白い障壁を展開する。


 ドォォォォォン!!


 衝撃波が地下室を揺らし、父・一真が遺した貴重な資料が空に舞う。


「……っ、重いな。……こいつら、出力が一定すぎて隙がない!」


「当然だ、橘。あいつらは桐生のサーバーから常に『正解』の霊力供給を受けている。いわばクラウド化された霊能者だ。……だが、だからこそ脆弱性もある」


 蓮司さんの瞳が、戦場をチェス盤のように捉え始めた。


1. システムへのハッキング

「朱里、お父さんの旋律メロディを思い出せ。……あの蓄音機のノイズだ」


「……えっ? でも、あれは浄化のための音で……」


「逆だ! あの旋律は、この屋敷のシステムに干渉するためのバックドアなんだよ! 一真さんは、万が一桐生に屋敷が乗っ取られた時のために、このシステムを狂わせるノイズを仕込んでいた。……お前がその旋律を霊力に乗せて歌えば、あいつらの同期は崩れる!」


「……歌う!? 私、この状況で音痴を披露しろって言うんですか!?」


「誰が歌唱力を求めた! 霊波長を合わせろと言っているんだ、この泥水助手! 早くしろ、橘の障壁が持たないぞ!」


 私は、恐怖を飲み込み、胸の奥にある黄金の泉に指を浸した。  脳裏に響く、父の優しい声。あの、少しだけ寂しそうな、けれど確かな意志を持った旋律。


「――っ、はぁぁぁあああ!!」


 黄金の霊力が、私の喉を通って「音」へと変わる。  声というよりは、空間を震わせる振動。


 キィィィィィィィン!!


 地下室に響き渡ったその高周波が、人造霊能者たちの動きをぴたりと止めた。  彼らの首筋にある刻印が激しく火花を散らし、無機質だった表情が、バグを起こした画面のように激しく歪む。


『……エラー……同期、喪失……。霊力、……逆流……っ』


「――今だ、橘!!」


2. 執行人の断罪

「――待たせたな! 警察の正義が届かない場所でも、俺の拳は届くんだよ!」


 橘さんが、実体化した全身に黄金の光を纏い、一気に距離を詰めた。  人造霊能者たちはシステムを復旧させようと藻掻くが、蓮司さんが分析した「ノイズ」の効果は絶大だった。


「――還れ!! 九条流・千手送り!!」


 橘さんの拳が、目にも留まらぬ速さで3人の胸元に叩き込まれる。  それは破壊の拳ではなく、彼らの中に埋め込まれた「歪んだ術式」だけを抜き去り、霊界へと還す救済の連打。


 バキバキバキッ!!


 人造霊能者たちの身体から、黒い煙のような不純な霊力が抜け出し、彼らは糸の切れた人形のようにその場に倒れ込んだ。


『……素晴らしい。実に……不合理なデータだ』


 部屋のモニターの中で、桐生勝己が皮肉な拍手を送っていた。  その顔には、敗北の悔しさなど微塵もなく、むしろ新種のウイルスを発見した学者のような、不気味な高揚感さえ漂っている。


『朝比奈一真の遺したノイズ。そして、工藤くん、君の解析力。……これらが組み合わさることで、私のシステムを一時的にでも上書きするとはね。……だが、朱里くん。喜びたまえ。……お父さんのサーバーとしての役割は、今この瞬間、君へと引き継がれた』


「……え……?」


3. 父の解放と、遺された言葉

 モニターの向こう側で桐生が指を鳴らすと、父・一真が座っている装置のロックが解除された。  無数のコードが火花を散らし、父の痩せ細った身体が、ゆっくりと崩れ落ちる。


「お父さん!!」


 私は駆け寄り、その冷たい身体を抱き止めた。  25メートルを気にする余裕なんてなかった。  背後で蓮司さんが「おい、離れすぎるな……っ、ぐっ……!」と苦悶の声を上げているのが聞こえたが、私は父の顔を見ることしかできなかった。


「……あ、……か、……り……」


 父の瞳が、一瞬だけ、かつての優しい光を取り戻した。


「……立派に、なったな。……御影の光と……朝比奈の影を……両方、連れて……」


「お父さん、もういいの! 一緒に帰りましょう!」


「……いいや。……私は、……この屋敷の最期を見届ける……。……朱里、……蓮司くん。……桐生は、……門そのものを、……作ろうとしている。……それを、……止めてくれ……」


 父の身体が、ゆっくりと光の粒に変わっていく。  朝比奈の屋敷に溜まった数万の怨念を、彼はその身に引き受けて、自ら浄化の種火となったのだ。


「お父さん!!」


 私の腕の中から、父の重みが消える。  代わりに入ってきたのは、父が遺した膨大な霊的知識と、母・沙也加への最後の手紙が込められた、一粒の黄金の結晶だった。


『……さて。観測は終了だ。朝比奈家は消滅し、データは我が手に。……次は都庁デッド・スポットで会おう。工藤くん、君のその命の期限が来る前にね』


 桐生の映像が、冷笑と共に消滅した。


 崩壊を始める地下室。  私は、父が遺した結晶を強く握りしめ、立ち上がった。


「……蓮司さん。……行きましょう。あいつの思い通りには、絶対にさせません」


「……あぁ。……当然だ。……お前が、……俺の服を、……涙で汚した分、……倍返しにしてやる」


 蓮司さんは、苦しげな呼吸を整えながらも、私の頭を乱暴に撫でた。


 朝比奈邸の崩壊と共に、私たちの真の戦いが、今ここから始まる。

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