第31話:地下室の記憶と、氷の微笑
隠し階段を下りきった先には、カビの生えた地下室ではなく、異様なほど清潔で機能的な「書斎」が広がっていました。 壁一面に並ぶ古い和綴じの本と、それとは対照的な最新の観測機器。
「……ここが、お父さんの部屋?」
「あぁ。朝比奈一真が、一族の呪いから逃れながら、お前を守るためのロジックを組み立てていた戦場だ」
蓮司さんは毛布を肩から落とし、部屋の中央にある古いデスクに歩み寄りました。 そこには、一枚の小さな写真が立てかけられていました。 若かりし頃の沙也加さんと、優しい目をし、幼い私を抱きかかえる父・一真の姿。
「……あ」
その写真に触れた瞬間、私の脳内に、黄金の砂が流れるような映像が溢れ出しました。
「いいかい、朱里。お前の力は、誰かを傷つけるためのものじゃない。いつか、迷える魂を救い、この世界の歪みを直すための鍵なんだ」
大きな、温かな手。 5歳の冬、雪が降るこの廃村で、父が私の額に手を当てて、何かを「封印」するように呟いた記憶。
1. 別れの真相:御影と朝比奈の矛盾
「……思い出しました。お父さんは、私におまじないをかけてくれた。それから……桐生が、たくさんの黒服を連れてやってきたことも」
私の震える声に、蓮司さんがデスクの上に広げられた一冊の日記を読み上げました。
「……日記によれば、朝比奈一真は、お前の器としての才能が桐生の目に留まることを恐れていた。御影の純粋な力と、朝比奈が溜め込んだ負の霊素……この二つが交われば、現世を書き換えるほどの究極の兵器が生まれる。それがお前だ、朱里」
「兵器……。だから、お父さんとお母さんは別れなきゃいけなかったの?」
「そうだ。一真さんは自ら朝比奈のゴミを背負ってここに残り、桐生の監視を引き受けた。代わりにお前と沙也加さんを、御影の聖域へ逃がしたんだ。……桐生に『お前は失敗作だ』と信じ込ませるための、偽装工作を施してな」
愛し合っていた二人が離れたのは、憎しみからではない。 朱里という「光」を、桐生というシステムの闇から隠し通すための、命懸けの契約だったのです。
2. 接点:5年間の基礎
「お父さん……ずっと、私を守ってくれてたんですね。……ただ逃げたんじゃなかった」
「あぁ。お前の中に今ある、あの黄金の泉。あれは一真さんがお前の魂に施した、最高難度のプロテクトだ。……お前が今日、この旋律を起動させるまで、その力は眠らされていたんだよ」
橘さんが、部屋の隅にある巨大な水槽のような装置を見つめて言いました。
「……でも、蓮司。一真さんはどこにいるんだ? ここには、生活感はあるが本人がいない」
「……あぁ。その答えは、おそらくこの奥だ」
蓮司さんが指差した先。書斎の奥に、強化ガラスで仕切られた特別室がありました。 そこには、無数のコードに繋がれ、眠るように椅子に座る一人の男の姿がありました。 ――朝比奈一真。 しかし、その身体には体温がなく、まるで精巧な蝋人形のように静止しています。
「……お父さん……!?」
『――無駄だよ、朱里くん。彼はもう、この世界の住人ではない』
部屋のモニターが突然点灯し、桐生の冷徹な顔が映し出されました。
『朝比奈一真は、数年前、自らシステムの人柱になった。この屋敷に溜まる数万の怨念を繋ぎ止めるための、生きたサーバーとしてね。……今の彼は、ただの記録媒体だ』
3. 究極の矛盾と、人造霊能者の襲来
「桐生……! お前、お父さんをそんな目にあわせて……!」
『彼が望んだことだ。君を守るための代償としてね。……だが、その契約も今日で終わりだ。……朱里くん、君にはこれから、お父さんが管理していた全てのデータを吸い上げてもらう。……拒否権はない』
部屋の自動ドアが開き、3人の人間が入ってきました。 しかし、彼らの目は機械のように無機質で、その身体からは、吐き気がするほど高密度の、けれど作り物の霊力が溢れ出していました。
「……こいつら、霊能者じゃない。……霊力を機械的に埋め込まれた、**人造霊能者**か」
蓮司さんが私の前に立ち、25メートルの境界線を強く意識して構えました。
「……おい、朱里。泣いている暇はないぞ。……お前の父親が命懸けで守ったその力を、今度は俺たちのために使え。……死にたくなければ、俺の背中に全霊力を叩き込め!」
「……っ、はい! やってやりますよ、蓮司さん!」
黄金の光が地下室を埋め尽くす。 父の遺した書斎で、三人と、桐生の放った刺客との決戦が始まろうとしていました。




