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第4章:霊的戦国時代編 第25話:九条の真実と、受け継がれる誇り


一週間の地獄修行を終え、ようやく新宿の拠点――『工藤探偵事務所』に戻った私たちの目に飛び込んできたのは、一週間分溜まった埃と、デスクに置かれたままの「黒いファイル」だった。


「……はぁ。やっぱり、ここが一番落ち着きますね。滝に打たれなくていいし、泥水も飲まなくていい。文明の利器万歳ですよ」


「……泥水と言うな。……おい、朱里。感慨に浸っている暇があるなら、今すぐそこの湯沸かし器を稼働させろ。……修行のせいで、俺の細胞が極上のカフェインを要求して震えている。一秒でも遅れれば、俺の情緒は再び崩壊するぞ」


 蓮司さんはソファに深く沈み込み、復活したばかりの肉体を休ませている。修行の成果か、その肌には確かな血色が戻り、眼鏡の奥に宿る瞳には冷徹な知性がみなぎっていた。


「はいはい。自称・天才探偵様の燃料補給ですね。……橘さんはどうします? やっぱり、瑠璃色の香水瓶の中ですか?」


「いや、せっかく実体化の訓練をしたんだ。少しの間、この椅子に座らせてもらうよ。……『座っている』という感覚を重みで感じられるなんて、いいもんだな」


 橘さんが不器用な笑顔で、かつての自分の椅子に腰を下ろす。以前のように透き通って消えそうな気配はない。彼は今、私の供給する霊力によって、確かにそこに「存在」していた。


「……さて。お喋りはそこまでだ。……朱里、橘。山を降りる直前、お前の母親である沙也加さんから聞いた話を覚えているか?」


 蓮司さんが、黒いファイルを指先で叩いた。その顔から冗談が消える。私は淹れたてのコーヒーを差し出しながら、彼と向き合った。


「……修行中、お母さんが言ってたことですよね。橘さんの霊力の『波長』について」


「あぁ。あの人は修行を通して橘の魂に触れ、こう言った。『慎一くんの霊力は、九条宗次郎の腐った臭いがしない。もっと別の、澄んだ源泉を感じる』とな」


 橘さんが、自分の手を見つめて微かに震えた。


「……俺は、ずっと自分を……母さんを汚した宗次郎の血を引く、忌まわしい『スペア』だと思って生きてきた。……でも、沙也加さんは違うって言うのか?」


「結論から言おう。……橘、お前は宗次郎の息子ではない。お前の本当の父親は、九条宗一郎そういちろう。……宗次郎が殺した、実の兄だ」


 事務所の空気が凍りついた。蓮司さんはファイルをめくり、隠蔽されていた家系図をデスクに広げた。


「このファイルには、宗次郎が地位を奪った凄惨な記録が残されている。元々、九条家の正当な後継者は兄の宗一郎だった。だが、宗次郎は兄を殺し、その地位を奪った。……そして、かつて九条の屋敷でお前が命を懸けて術式を心中させた、あの時だ」


 蓮司さんは橘を真っ直ぐに見据えた。


「あの時、お前の命を賭した『献身』が九条の術を完全に上書きできたのは、お前がスペアだったからじゃない。……宗次郎の歪んだ術式に対して、お前の中に流れる『正当な継承者』としての血が、上位権限マスターキーとして機能したからだ。お前は、お前の父親が守りたかった九条の誇りそのもので、奴を否定したんだよ」


「……俺の中に、宗一郎さんの血が……」


「橘の母、美奈子さんは、元々宗一郎さんの婚約者だった。……だが、宗次郎は兄を殺した後、彼女までも手に入れようとした。美奈子さんは、お前の命を守るために、宗一郎の種を宿したまま九条家を脱出したんだ。お婆ちゃんや沙也加さんが命懸けで彼女を助けたのは、彼女が守ろうとした『正当な血筋』の尊さを知っていたからだろう」


 橘さんの目から、一筋の涙が溢れた。それは悲しみではなく、自分を「呪われた化け物の息子」だと思い込んできた歳月からの、解放の涙だった。


「……そうか。……俺は、誰かの身代わりなんかじゃなかったんだな。……母さんも、俺を守るために……」


「あぁ。むしろ逆だ。……お前こそが、この狂った霊的戦国時代を鎮めるための、唯一の『鍵』なんだよ。……さて、感傷に浸るのは後だ。現状を整理するぞ」


 蓮司さんがホワイトボードに、新宿を中心とした日本の地図を書き殴った。そこには、不気味に蠢く7つの赤い点が打たれている。


「ダムが決壊し、宗次郎という重石が取れた今、この国には7つの『巨大な汚染区域デッド・スポット』が発生している。……そこには、九条家が独占していた禁忌の霊素が溜まり、新たな化け物を生み出し続けているんだ」


「……桐生が狙っているのは、これですね?」


「そうだ。そして『赤い香水の女』もな。……橘、お前はもう、ただの物理で殴る刑事じゃない。お前の血には、暴走した九条の力を『浄化し、霊界へ送り出す』特性があることが、沙也加さんの分析で分かった。……お前は、迷える魂を導く、**正当なる執行人エグゼキューター**だ」


「……執行人、か。……ふふ、重い役職だな。だが、悪くない」


「フン。生存圏25メートルの俺たちを、しっかりエスコートしろよ。……背景ノイズ」


「……そこは『頼りにしてる』でいいじゃないか、蓮司。相変わらずだな」


 私は、二人を見て笑った。  最強のバッテリー、最強の頭脳、そして最強の執行人。


「よし! 新生・工藤探偵事務所、再始動です! ……まずは、一番近い歌舞伎町のデッド・スポット。――通称『消える迷宮』から片付けましょうか?」


「あぁ。……行くぞ、朱里。一歩でも離れるなよ。お前の心拍が俺の鼓動だ」


「わかってますって! ……あ、蓮司さん、その前に。……一週間分の溜まった新聞とゴミ、出しておいてくださいね?」


「……それは俺のロジックの範囲外だ」


「……ですよね!」


 毒舌を交わしながら、私たちは再び、夜の街へと踏み出した。  止まっていた時計が刻む音は、以前よりもずっと力強く、明日へと響いていた。

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