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第24話:三位一体の反撃と、時計の再始動


 山を震わせる爆音が、静寂な月夜を切り裂いた。  特務室の私兵たちが放った電磁霊素相殺装置ジャマーから放たれる、不快な青白いパルス。それが黄金の滝の輝きと衝突し、空間がガラスを引っ掻いたような不快な音を立てて軋む。


「……っ、耳鳴りがひどいですね。蓮司さん、これ、私の霊力が削られてるんじゃなくて、神経を直接逆なでされてる感じです!」


 滝の中から立ち上がった私は、びしょ濡れの白装束のまま、迫りくる黒服の集団を睨みつけた。


「当然だ。桐生きりゅうという男は、オカルトを『解明すべき物理現象』としか見ていない。奴らにとって俺たちは、システムの正常な動作を妨げるバグに過ぎないからな。……おい、朱里。逃げ腰になるな。供給パスを止めるなよ」


 蓮司さんは泥を拭い、構えをとる。その眼光は、復活して以来最も鋭く研ぎ澄まされていた。


「逃げるわけないでしょう! でも、今のパルスのせいで、あなたへの供給ラインが細くなってます。……ほら、また心拍数が上がってますよ。死にたいんですか?」


「ふん、この程度の不整脈、俺のロジックでねじ伏せてやる。……橘! 遊んでいないで、正面のデカブツを片付けろ。お前の『警察官としての意地』を見せる絶好の機会だぞ」


「……厳しいなぁ、相変わらず。でも、蓮司の言う通りだ。朱里さん、供給を『一点集中』で頼む。……俺の拳を、この世で一番重い鉄塊にしてくれ!」


 橘さんが宙を蹴った。  今までの彼なら、パルスを浴びれば霧のように霧散していただろう。だが、今の彼にはお婆ちゃんとママによる地獄の特訓、そして私の「黄金の霊力」がある。


 橘さんの青白い拳が、夜の闇の中で実体以上の密度を帯びて膨れ上がる。


「――どけえぇぇ!!」


 ドゴォォォォン!!


 橘さんの放った一撃は、物理法則を無視した衝撃波となって先頭の私兵たちを吹き飛ばした。対霊防護服に身を包んでいたはずの男たちが、木の葉のように舞い、背後の大木に叩きつけられる。


「なっ……!? 霊体による物理質量の発現だと? 計算が合わん、出力を上げろ!」


 指揮官らしき男が叫ぶ。特務室のドローンが、一斉に不気味な赤い光を放ち、収束レーザーを蓮司さんに向けた。


「蓮司さん、左から三体! 三・二・一……今っ!!」


 私の叫びと同時に、蓮司さんの体が弾かれたように動いた。  かつての彼なら、肉体の鈍さに思考が先行していただろう。だが、今の彼は違う。私の霊力を全身の細胞に行き渡らせることで、神経伝達速度を極限まで引き上げている。


 蓮司さんは、放たれたレーザーを紙一重の踏み込みで回避し、最短距離でドローンの群れに肉薄した。


「……ロジックを解く必要すらない。……お前たちの動きは、あまりに『直線的』すぎる」


 バキ、バキバキッ!!


 素手による、正確無比な破壊。  蓮司さんの拳と蹴りが、最新鋭のドローンを次々とスクラップに変えていく。その動きは、まるで朱里という太陽を中心に回る衛星のように、完璧な円軌道を描いていた。   「……おいおい、すごいな。もともと才能のあった三人だとは思ってたけど、上達も早いわぁ。……ねぇ、ママ。これ、もう私たちが手出しする必要ないんじゃない?」


 縁側で優雅に煙草をふかす沙也加が、満足げに目を細めた。  お婆ちゃんのトキも、キセルを叩いて灰を落とすと、不敵な笑みを浮かべる。


「ふん。器の大きさに、魂がようやく追いついてきたってところだね。……桐生の小僧も、計算違いに歯噛みしている頃だろうよ」


修行の完了と、決意

 数分後。  御影の裏山には、沈黙と破壊の残骸だけが残っていた。  特務室の先遣隊は、撤退を余儀なくされた。彼らが残していった最新鋭の通信機からは、ノイズ混じりに桐生の冷徹な声が漏れていた。


『……素晴らしい。工藤くん、君たちは私の想定をわずかに上回った。……だが、忘れないことだ。ダムが決壊した後の世界を管理できるのは、個人の情熱ではなく、国家のシステムだけだということを』


 蓮司さんはその通信機を無造作に踏み潰した。   「……理屈はもういい。次は、お前の目の前でその『システム』を解体してやる」


 夜が明けていく。  東の空が白み始め、修行の場であった滝が、朝日に照らされて再び清廉な輝きを取り戻した。


 私たちは、お婆ちゃんの家の前に並んで立っていた。   「……よし。行きなさい、あんたたち」  お婆ちゃんの声は、どこか優しかった。


「朱里、あんたの霊力はもう、九条の呪縛なんてものには負けない。……蓮司、橘。あんたたち、その子をしっかり支えるんだよ。三人の誰か一人が欠けても、この戦国時代は生き残れないからね」


「わかってるわよ、ママ。……ほら、これ。慎一くん、あんたの依代よりしろの瓶、ちゃんと磨いといたから」  母・沙也加が、瑠璃色の香水瓶を橘さんに放り投げた。


「ありがとうございます、沙也加さん。……俺、もう一度、あいつ(桐生)に会って、確かめたいことがあるんです。……警察の正義が、どこで間違ったのかを」


 橘さんが瓶の中に消える。    蓮司さんは、自分の腕に巻かれたクロノグラフを見つめた。  あの日、橘さんの腕から外した、止まったままの時計。  彼はゆっくりと、その竜頭りゅうずを回し始めた。


 チチチ、チチチ……。


 数週間の沈黙を破り、秒針が力強く時を刻み始める。  止まっていた時間は、今、再び動き出したのだ。


「……行くぞ、朱里。新宿が呼んでいる」


「はい、蓮司さん! ……あ、でも、帰りのバイクはもっと安全運転でお願いしますね! もう心臓が持ちません!」


「ふん、贅沢を言うな。お前が俺の心臓そのものなんだ。……さっさと来い、無能助手」


「誰が無能ですか! 今は最強のバッテリーって呼んでください!」


 毒舌を交わしながら、私たちは朝日の差す山道を下り始めた。  新生・工藤探偵事務所。  本当の反撃の火蓋が、今、切って落とされた。

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