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第23話:器の覚醒と、システムの先遣隊


 修行三日目。  山奥の静寂を切り裂くのは、御影家が守護する『月読つくよみの滝』の激越な轟音と、それに負けないほど騒がしい「欠陥品三人衆」の怒鳴り合いだった。


「……おい、朱里! 出力がブレているぞ! 俺の心筋に直接過電流を流すなと言ったはずだ。死なせる気か!」


 滝の周囲、半径25メートル地点。泥濘を猛スピードで駆け抜けながら、目に見えない敵を想定して拳を振るう蓮司さんが絶叫する。  生身に戻った彼の身体からは、冬の冷気の中で白く濃い湯気が立ち上っていた。


「うるさいですね! こっちは零度近い滝に打たれながら、二箇所に同時給電してるんですよ! 文句があるなら、心臓の位置をもっと安定した場所に引っ越しさせてください、このロジック馬鹿!」


「貴様、この俺の最高位の頭脳をどこへ移せと言うんだ! 朱里、供給量をあと3パーセント微調整しろ。橘の奴の輪郭がさっきからボヤけていて、視界の端に映るたびに精神衛生上よろしくない!」


「あはは……。すまない蓮司。でも、沙也加さんのパンチをまともに回避し続けるのは、幽霊の身体でも相当キツいんだよ」


 滝の傍らでは、橘さんが空中で仰向けになりながら、母・沙也加さんが放つ「霊素を込めたライダーパンチ」を間一髪で避け続けていた。


「慎一くん、余所見厳禁! ほら、もっと意識を拳に集めなさい! あんたが意志を放棄した瞬間に、その瑠璃色の瓶ごと粉砕しちゃうわよ!」


「……鬼だ、……この親子、……絶対に前世は地獄の番人か何かだ……ッ!」


 橘さんの青白い拳が、空気を叩くたびに『パァン!』と乾いた音を立てる。  幽霊であるはずの彼が、霊子を意志で圧縮することで、確実に「物理的な音」と「重さ」を鳴らし始めていた。


修行の進捗:観測者の笑み


 縁側でその光景を眺めていたお婆ちゃん・トキが、キセルを置いて不敵に笑う。


「……ふん。口の減らない連中だが、動きは悪くないねぇ。特にあの探偵小僧、肉体への魂の馴染みが異常に早い」


「そうでしょ、ママ? 蓮司くんの適応能力もそうだけど、慎一くんの意志の強さは美奈子譲り。そして朱里……あの子の供給量は、もう私が手出しできるレベルを超えつつあるわ」


 沙也加さんは修行の合間に、愛車である真っ赤な大型バイクのシートに腰掛け、サングラスを少しだけずらした。  その瞳には、自分の娘と、かつての戦友の息子たちが、限界を突破していく姿が克明に映っている。


「もともと才能のあった三人、上達も早いわぁ」


 沙也加さんが満足げに笑った。その言葉には、親としての喜びと、霊能者としての冷や汗が混じっていた。


「……あぁ、そうだね。特に朱里だよ。あの子の『器』は、九条が想定していたような『他人の力を入れるための空の瓶』じゃない。……あれは、深淵から溢れ出す力を自ら生み出す『源泉』だ」


 その時だった。


 滝の中央に座る私の意識が、急速に、どこまでも「深く」沈み込んだ。


器の覚醒:黄金の閃光


(……熱い。冷たいはずなのに、身体の芯が燃えるように熱い……)


 滝の激流が、もはや水ではなく「純粋な力の奔流」に感じる。  お婆ちゃんの「霊力が濁ってるよ!」という声が遠くで響くが、今の私にはその意味が分からなかった。  濁っているのではない。私の霊力が、この山、この空気、世界そのものと混ざり合おうとしているのだ。


「――っ、おおぉぉおお!!」


 私の内側で、何かがパチンと弾けた。 『器』の底が抜けたのではない。概念そのものが消え、私自身が広大な霊的空間そのものになった感覚。


 ドォォォォォン!!


 滝が、逆流した。  重力に逆らい、数トンの水が黄金の輝きと共に天へと舞い上がる。  周囲に漂い始めたのは、九条の腐った血の匂いでも、不快な甘さでもない。  清廉で、どこか懐かしい、『黄金の花』の香り。


「……なっ!? 朱里、何をした!」


 蓮司さんが立ち止まり、その圧倒的な霊圧に目を見開く。  私の指先から伸びる二本の霊力パスは、もはや細い糸ではなく、光り輝く太いケーブルとなって蓮司さんと橘さんを繋いでいた。


 無限に供給されるエネルギーが、二人の存在をこの次元に強烈に固定していく。


「……これが、『御影の正当なる血』の力か……」


 お婆ちゃんが立ち上がり、驚愕の表情で私を見つめる。


「ママ、あの子……もうママの全盛期を超えてるわよ」


 沙也加さんの言葉に、トキは沈黙した。  認めたくはないが、目の前の少女は、今この瞬間、この国の霊的バランスを塗り替えるほどの存在へと昇華したのだ。


システムの先遣隊:不快なノイズ


「――感動的な家族の修行シーンを邪魔するのは、合理的ではないのだがね」


 不意に、黄金の光を切り裂くような「不自然な静寂」が辺りを包み込んだ。  山の斜面。月明かりを浴びて、数体の影が音もなく降り立つ。


 それは、警察庁『特務室』が誇る、最新式の対霊自律兵器ドローンと、特殊なゴーグルを装着した黒服の私兵たちだった。


「……桐生きりゅうか」


 蓮司さんが、泥を拭いながら低い声で呟いた。その瞳には、かつて自分を死に追いやった男への、底冷えするような怒りが宿っている。


『……工藤くん。そして御影朱里くん。君たちのバイタルデータが、あの日以来の異常値を示している。……システムのバグは、早期に修正デバッグしなければならない』


 私兵の一人が持つ通信機から、桐生勝己の冷徹な声が響く。


『特務室の最新装備――電磁霊素相殺装置ジャマーを試させてもらう。……さあ、その非科学的な奇跡が、最新の科学にどこまで耐えられるか、見せてもらおうか』


 黒服たちが、特殊なライフルを構える。  その銃口から放たれたのは、霊的な結界を物理的に引き裂く「青白い電磁パルス」だった。


「……ちっ、来やがったか。……おい、橘! 修行の成果を見せてやれ!」


「了解だ、蓮司! ……朱里さん、供給を最大に! 俺の拳に、質量を乗せてくれ!」


「――やってやりますよ! お母さん、バケツの氷水、貸して!」


「えっ、そっち!? いいわよ、朱里! 行けぇぇぇ!!」


 私は滝から立ち上がり、手にしたバケツに黄金の霊力を込めた。  桐生勝己、あなたの『システム』が届かない領域を、今から見せてあげる。

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