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第17話:スペアの遺言と、血塗られた決着


硝子の棺の中で眠る、工藤蓮司の肉体。


死んでいるはずのその肌には、人工的な術式によって微かな赤みが差し、まるで眠る主を待つ抜け殻のように横たわっていた。


「ふふ……驚いたかな。その肉体には、異界の霊力を制御するための呪印がすでに刻まれている。工藤くん、君の魂がそこに戻った瞬間、君は私の忠実な門番へと成り下がるのだ」


階段の上で、九条宗次郎が蛇の杖を弄びながら嘲笑う。 黄金の霊気を纏った幽霊の蓮司さんが、激昂して叫んだ。


「ふざけるな……! 誰が貴様の操り人形になどなるか!」


「拒否権はないよ。君が肉体に戻るには、私の血脈……つまり九条の命を鍵として捧げなければならない。そしてその鍵を回すのは——そこにいる私の最高傑作だ」


宗次郎の視線が、私の隣に立つ橘さんに向けられた。


「慎一。お前の命をスペアとして捧げれば、親友は生き返る。だが同時に、復活した彼は私の術式に従い、隣にいる朱里くんの喉笛を掻き切るだろう。……さあ、選びなさい。親友を無に帰すか、愛する女を殺させるか」


最悪の二択。 お婆ちゃんと母が、同時に印を結ぼうとしたその時だった。


「……朱里さん。蓮司。……少し、静かにしてくれ」


橘さんが、静かに、けれど揺るぎない足取りで前に出た。 その瞳からは、これまで彼を縛り続けてきた迷いも、恐怖も、自分の血への嫌悪感さえも消えていた。


「九条宗次郎。あんたは、俺をスペアだと言ったな。……なら、その役割、俺なりのやり方で全うしてやるよ」


「ほう、自ら生贄になると?」


「あぁ。……俺も、あんたも……ここで終わるんだ。この世に九条の血なんて、一滴も残しちゃいけない」


ーー


橘さんが懐から、かつて蓮司からお守りとして渡された警察時代のナイフを取り出す。 宗次郎はそれを見て、嘲笑を深めた。


「そんな鈍らで、私を殺せるとでも——」


「甘いんだよ、クソジジイ!!」


階段の踊り場で、母・沙也加が叫んだ。その瞳には、かつてない激しい憎悪の炎が宿っている。


「あんた、美奈子を汚した報いを、私がいつか忘れるとでも思ってた!? 慎一! お前の母さんの恨み、ここで晴らしなさい!!」


母がライダースの内側から、青白い輝きを放つ御影家秘蔵の霊刀を投げ渡した。 放物線を描く光が、橘さんの手に吸い込まれる。


「逃がさんぞ、九条……ッ!」


橘さんが疾走した。 命を燃やし、全霊力を足に込めた一歩。 宗次郎が慌てて杖を振るうが、橘さんのスペアとしての本能が、全ての術式を強引に弾き飛ばす。


「や、やめろ! 私はお前の父親だぞ!」


「――俺に親父なんていない。いたのは、母さんと、蓮司と、朱里さんだけだ!」


橘さんの咆哮と共に、霊刀が閃いた。


一刀両断。 宗次郎の喉元を深々と断ち切り、その邪悪な命を根源から刈り取った。


ーー


「……っ、が……はっ……」


崩れ落ちる宗次郎の肉体。 それと同時に、橘さんの胸からも鮮血が溢れ出した。


彼は術式を無理やり上書きし、自分の命そのものを『呪い解きの鍵』として捧げていたのだ。


「橘さん!!」


私は叫んで駆け寄り、崩れ落ちる彼の体を抱きとめた。


重い。 熱い血が私の服を染めていく。 橘さんは、私の肩に顔を預けるようにして、微かに、本当に微かにはにかんだ。


「……はは……。親殺しなんて、……やっぱり地獄行き、かな」


照れくさそうな、不器用な笑顔。 それが、一人の男としての、橘慎一の最期の表情だった。


「……そんなこと言わないで! 橘さん、目を開けて!」


「朱里さん……。蓮司を、頼む。……あいつ、性格悪いけど……独りじゃ何も、できないから……」


橘さんの手が、力なく私の頬から滑り落ちた。


ーー


「……橘! おい、橘!!」


幽霊の蓮司さんが、その横で絶叫した。 実体化しかけていた彼の手が、親友の体を虚しく通り抜ける。


「起きろ! 勝手に死ぬなんて許さねえぞ! バカ野郎、橘!!」


その叫びに呼応するように、橘さんの流した血が、硝子の棺へと吸い込まれていく。 九条の血脈が断たれた瞬間、彼が命を賭けて捧げた純粋な献身が、蓮司の肉体に刻まれた全ての呪印を焼き払った。


パリィィィィン!!


硝子が砕け散り、静寂が訪れる。


そして。 棺の中の肉体が、大きく、深く——息を吹き返した。


お婆ちゃんが静かに数珠を握り、祈りを捧げる。 母は背を向け、震える手で煙草に火をつけようとして、それを床に落とした。


橘慎一というスペアが残した、唯一にして最大の遺言。 それは、親友の命と、愛する人の自由だった。

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