一緒に寝よっか
夜が深まるほどに、彼女の横顔は儚さを増していくように見えた。
布団に入れば誰だって眠れるはずなのに、彼女にとってそれは苦痛の始まりでしかない。
眠りに落ちるたび、悪夢が彼女を捕らえ、逃げ道のない迷路に閉じ込める。
だから彼女は眠ることを拒み、やがて無理やり薬に頼るようになった。
それでも、悪夢は薄れてはくれない。
僕はその様子をただ見ていることができなかった。
僕らはただの友達。
恋人でもなければ、特別な約束で繋がっているわけでもない。
それどころか、少しのきっかけで関係が崩れてしまってもおかしくない。
けれど、だからこそ、今だけは彼女を支えたかった。
彼女の苦しみを、少しでも自分が引き受けたかった。
机の上に置かれた薬を見つめて、僕は考えた。
もしこれを半分にして、ふたりで分けたなら。
彼女の苦しみを半分背負えるのではないか。
同じ夢を見られるのではないか。
そんな子どもじみた発想を笑う気にはなれなかった。
それくらい彼女を救いたかった。
僕はそっと錠剤を指先に挟み、力を込めて割った。
パキリと乾いた音とともに、白い粒は二つに分かれた。
だが、見事に半分にはならなかった。
一方は小さく欠け、杯のように窪んでしまい。
もう一方は不恰好に大きく膨らんでいた。
胸の奥で失敗したと冷や汗がにじむ。
けれど、彼女は一瞬だけ目を見開き、次の瞬間には小さくはにかんだように笑った。
そして何のためらいもなく、大きい方を手に取って口に含んだ。
その仕草があまりに自然で、僕は声を失った。
驚きよりも先に、温かさのようなものが胸に広がっていく。
彼女は軽い調子で、でも確かに僕に届く声で言った。
「じゃあ、一緒に寝よっか。」
そう言って彼女は布団に横たわった。
僕はその背中を見つめながら、少し間を置いてから隣に身を沈めた。
同じ悪夢を見ることはできないかもしれない。
彼女の痛みを完全に半分にすることなんて、本当はできない。
それでも、この夜をふたりで過ごせるのなら、彼女は少しは孤独から解放されるのではないか。
そう信じたかった。
暗闇の中、彼女の呼吸が少しずつ落ち着いていくのが伝わってくる。
その音に耳を澄ましながら、僕も目を閉じた。
たとえ夢の中で彼女が影に追われようとも、その影の先に僕がいることを願って。
たとえ儚く脆い関係であっても、この瞬間だけは確かにふたりで夜を越えている。
それが僕にとって何よりも大切な証だった。