まずは味方を増やしましょう
時刻は昼時。イリスの国への国境を越えてすぐに、今度は天井のある馬車と、それらを守る兵士たちに出会った。1番前で待っていた初老の男性が恭しくリシオンに頭を下げる。
「ご苦労だった、メルディン子爵。」
リシオンが頭を上げろと指示すると、メルディン子爵は顔を上げ、次にラティナを視界に入れた。
「こちらが。」
身長はラティナより低いくらいだというのに、威圧感がある。あまり歓迎されていない様だと、ラティナは直感した。
「紹介します。ラティア・エレナ第4王女です。ラティナ王女、こちらはコークス・メルディン子爵。しばらくあなたを保護してくれる手筈になっています。」
リシオンはメルディン子爵を厳しい目で見つめながらそう説明した。ラティナはメルディン子爵の態度より、リシオンの言葉の方が気になった。
「しばらくというのは。」
「来月の祝賀会までです。」
「そこで、どこまで正式に発表するのですか?」
「私は此度の戦で多大なる功績をあげたということで、王太子の地位とあなたを褒美に賜ることになっています。」
「わかりました。」
公式な発表までは身の安全を守るためにということだろう。–なぜこの子爵が選ばれたかはわからないが。
「私はこのまま王都へ戻ります。ひと月ほど会えないのは残念ですが、これも今後のためです。」
ラティナは悲しそうにするリシオンに微笑んだ。そっと手を取る。
「私のために多大なるご配慮、感謝いたします。共に、頑張りましょうね。」
「そう言われてしまうと、仕方ありませんね。」
リシオンは苦笑すると、すぐに軍の兵士たちを連れて去って行ってしまった。さて、とラティナはメルディン子爵に体を向ける。
「エレナの国が第4王女、ラティナ・エレナでございます。以後お見知り置きを。」
「あらためてご丁寧に。コークス・メルディンにございます。リシオン殿下のお言葉通り、しばらく御身を保護させていただきます。」
エレナは見事なカーテシーで言葉を紡ぐと、さすがにメルディン子爵も苦々しい顔をしながらも挨拶してくれた。
「よろしくお願いいたします。」
朗らかに笑む。ざわりと、付き添いの兵士に動揺が走った様に見えた。噂の「魔女」の印象とかけ離れていたのかもしれない。
「こちらへ。」
メルディン子爵に誘われて馬車に乗り込む。メルディン子爵と、遅れてメリアも馬車に乗った。
「あまりに大所帯だと怪しまれるゆえ、こちらでご勘弁してください。」
「ええ、かまいません。」
もう少し友好的ならどんな名目でここまでやってきたのか聞きたいところだったが、知らなくても今後に支障はなさそうなのでやめておいた。
「私は、これからどうすれば良いのですか?」
「我が邸の離れに滞在していただきます。人はつけておりますので、生活に困ることはないでしょう。」
「わかりました。それで?」
「はい?」
「ただ私にひと月遊んでおけとおっしゃるのですか?」
「小さな図書室はあります。そちらをご利用いただければと思います。」
「…そうですか。わかりました。」
それだけ答えると、ラティナは窓の外に視線を向けた。国境の中でもここは戦場にならなかった場所だ。豊かでおだやかな田園風景が広がっている。これだけの肥沃な土地は、エレナの国にはなかった。貧しい土地が多く、南に砂漠を抱えるだけあって夏が厳しい国なのだ。
(それなのに、父上たちときたら。)
つい母国の今後を憂いてしまい、ため息が出る。ちくりと刺さる様な感触に、ラティナは視線をメルディン子爵に移した。
「これからのことを考えれば、ため息の一つや二つ出るもの。しかし、今後のことを憂いていらっしゃるなら、母国に帰った方がよろしいのではないですか?」
「これは失礼。我が国とは違う緑豊かな光景に、つい見惚れてしまったのです。」
「エレナの国は作物が育ちにくいと聞きますからな。」
「はい、それでも民はどうにか生活をしているのですが。」
「愚王の圧政に苦しんでいると?」
「おっしゃる通りです。」
はっきりとものを言う男性に、なんとなく好感が持てて、ラティナは一つ頷きで答えた。
「欲深い貴族の甘い言葉に唆されて、民のことなど少しも考えられない王なのです。」
お恥ずかしい限りです、とラティナは言葉を切った。
「力なき王は食い物にされるもの。たとえいかに賢明であったとしてもです。」
「力、ですか。」
リシオンはどうだろうか、力ある王になれるだろうか。いかに賢明でも、弱くては貴族たちに食い殺されてしまうのだ。
「あなたはいかがですか?」
「私?私ですか?」
ラティナは考える。己にあるのは炎の精霊による苛烈な加護のみ。なんとはなしに右手の平に温かな炎を召喚した。
「私は、殺す力に秀でてはいますが、あなたがおっしゃる力はどうでしょうね。」
首を傾げる動きに合わせて、長い髪がサラリと揺れた。赤銅色の髪と、琥珀の瞳が艶やかに炎を照らし返している。
「–しかし、あなたが臣下として王に力を望むのなら、私はそれを手にしなくてはならないでしょう。」
ぎゅっと右手を握る。その動きに合わせてゆらりと炎は姿を消した。少し、意外そうな表情のメルディン子爵に、ラティナは照れ臭そうに笑って見せた。
「共に戦うと、約束したので。」
「–子どものような恋心では、謀略の中を生き延びることはできませんよ。」
「仕方ありません。私は恋などしたことがないのです。」
生まれて初めて愛したのがリシオンだったと、ラティナは告白した。視線はすでに外に向けられている。
「この気持ちが何を招き、何を成すのか、到底私にはわかりません。」
–それでも
「彼の君が愛し、守りたいと思っている国です。私も尽力します。」
「–あなたの民を殺した国を?」
試すようなメルディン子爵の言葉にも、ラティナは視線を向けなかった。
「–私たちも、この国の民を殺しました。戦とは、命を奪い合う時点で、どちらか一方だけが悪なのではないと思っています。–いや、命を奪うことが正義ですらあった。戦とは、難儀で愚かなものだ。」
最後の方は独白のようになっていて、彼女の言葉も砕けたものになっていた。年頃の娘らしからぬその言葉遣いに、メルディン子爵は意外そうな色を見せたが、それに関しては指摘はせず、ラティナが見つめる先に視線を向ける。
幸運にも豊かな土壌。豊富な資源。それはさまざまな悪意も引き寄せる。民の生活を守るために、強く、清く、賢明なる王が必要だ。リシオンとラティナは、そんな王と王妃になるのだろうか。つい値踏みするように若く美しく、苛烈な炎の気を纏う王女を見つめてしまう。
それに気づいたように、メリアが小さく咳払いをする。メルディン子爵が見やれば、メリアは我が主人をそんなに見つめるなと睨みつけてきていた。この娘、男爵家の長女なのだがいささか気が強い。自分より爵位の高い、しかも雇い主を睨みつけてくるのだから心臓に毛が生えていると言ってもいいだろう。–まあ、シモン男爵はメルディン子爵の良き友人ではあるから、気心は知れている。どうやらこの娘は、この王女様を気に入ったようだ。
小さく息をつき、メルディン子爵も窓の外の風景に視線を移した。今年でもう子爵も60歳になる。それなのに王女とはいえ、歳若い娘につっかるような物言いしかできないから、子爵のままなのだろうなと苦笑すれば、メリアは不思議そうな顔をするのだった。




