第67話 実印
「母さん、ちょっと訊いて良い?」
「なぁに?」
家に帰って夕食後。
俺がカレーの皿をティッシュで拭いて。
その後に普通に洗い終えて。
テーブルに戻って来て。
椅子に座ってテレビを見ている母さんに訊いたんだ
「実印って何か法的な手続き要るの?」
念のために聞いておこう。
こんなこと、笹谷や高瀬に訊いて
えっ? 桜田君そんなことも知らないの?
嘘っスよね桜田君?
……そういうふうに言われると少々キツイから。
母さんに訊こう
すると
「一応、役所で登録するのよ」
俺に向き直って。
返答。
……役所。
役所か。
「分かった」
そう返す。
すると母さんは
「……何で今、実印の話をするの? 銀行口座でも作るのかしら?」
「いいや、まだそんな予定は無いけどさ」
本当のことは言えない。
……会長との間にヒーローブレスの譲渡契約を結ぶために、印鑑が必要だ、なんて思ったからだなんて。
印鑑だから、実印だろ。
そう思ったからなんだけど……
譲渡契約。
あの後、笹谷、高瀬と一緒に相談し、決めたのがそれだったんだ。
会長と俺が勝負をして、会長が勝てば全員のヒーローブレスを会長に譲渡し。
俺が勝てば、会長の保持しているヒーローブレスを全部渡してもらう。
そういう契約を結ぶんだ。
なので全員、印鑑を用意しようという話になって。
今、この話をしたんだな。
俺が黙っていると。
母さんの顔が険しくなる
……沈黙を誤解されたようだ。
それは
「……借金の申し込みをされたとか?」
声が厳しい
「借金は駄目よ。するのもされるのも」
……怒られた。
しないよそんなこと、そう思ったが
じゃあ何で? と言われると答えに詰まるので
「いやあ、親しい子にどうしても1万円貸してくれって言われたんだ。だから印鑑を……」
罪悪感があったけど、嘘を言った。
それを聞いた母さんは
「どうしても借金が避けられないなら……」
俺をじっと見つめて
「5000円だけ貸してあげて、約束は口約束にしなさい」
強い口調でそう言ったんだ。
「キッチリした証文を作るってことは、相手への絶対の信頼がありませんと宣言するのと同じよ」
……その言葉はハッとするものがあった。
俺、絶対の信頼性ってものを追い過ぎて、モノが見えなくなっていた……。
「1万円満額貸さないのは、相手への気遣いよ。要求が完全に叶うと、借金の申し込みという要求の重さが誤って相手に伝わるわ……」
続けて母さんは借金とはどういうことなのかを話し始めた。
俺は適切に相槌を入れながら
(母さん、ありがとう)
心でお礼を言った。
目先のルールに囚われて、一番大事なことを見落としていた。
それを今俺は……理解させて貰ったんだ。
小賢しさで、大事なことを見落としてはいけない。
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