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マイナー集い

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 晴耕雨読。

 晴れた日には田畑を耕し、雨の降る日には書物を読む。

 悠々自適な生活を送れることを、このように差すけれど、いまのご時世だとだいぶ変わってきている。

 晴れてもスマホ、雨でもスマホ。雪にも夏の暑さにも負けぬ丈夫なスマホ。欲はたっぷり、いきなりいかるは、心中にやにや笑っている。

 皆勤賞をそろそろ人ではなく、スマホにこそ贈っていいんじゃないかと僕は思っているよ。

 彼らのおかげで、天気にかかわらず、自分の時間を持つことが悠々自適の意味するところとなりつつあるのだから。


 自分の時間。それはすなわち好みの時間。

 世間の流れと合致しているなら、それはとっても幸せ。けれども、マイノリティに落ち込むと、どんどん肩身が狭くなる。

 自分一人でいられるならいいが、まわりが干渉してくるとね。うっとおしいんだな、これが。晴れようが、雨が降ろうが、変わらぬ立場がそこにある。

 僕もスマホを手にする前は、一時期、プレーヤーで音楽を聴くのにはまっていたのだけど……その折、奇妙な体験をすることがあってね。

 耳に入れておかないか?


 学生時代の話になる。

 正直、僕の音楽の趣味はかなりマイナーな曲が好きだった。

 グループそのものはそこそこ知られていたとは思うが、いざ曲名をいっても首を傾がれることがほとんど……といったレベル。

 流行りの音楽とか、大多数がやたら持ち上げるものって、どうにも好きじゃないんだよねえ。

 はた目に、ホント好きなやつは一握りでさ。あとは人気に乗っかって騒ぎたいファッションファンな、にわかムーブというか、コウモリヤローというか。

 うわっつらで自分たちだけ楽しむなら、まだ許してやらなくもないけど、布教してくるのが非常にうっとおしい。

 しかも僕の好きなマイナーなやつなど、さっさと放り捨てろみたいなことまで言ってくる始末。


 ――うざってー……。


 もう、それくらいしかいいようがなかった。

 クラスでも、スキあらばそのグループの音楽が流れるし、放送委員の校内放送音楽まで汚染されている。


 僕に安住の地はないのか……と、僕はプレーヤーとイヤホンを持ち歩くようになった。

 これまでは家で聴いているだけで満足していたけれど、外での防御策を用意しないと、はらわたが煮えくり返ってきそうだった。

 あの曲の流行り具合は、クラスどころか学年にも広がっている。

 僕は彼らのいる場所から遠く離れ、校舎最上階の屋上扉前へ向かう。

 屋上には出られないが、たとえ手前までであっても、めったに人が来ることはない。

 そして、僕の趣味をけなしたやつらと、できる限り一緒にいたくない。顔を合わせないためには、教室にいるより、外にいるより、ここが適していたんだ。


 崩されない聖域こそ、ひとときの安らぎにふさわしい。

 僕は何度もそこで過ごすうちに、今回も僕をすんなり受け入れてくれるだろう……と勝手に思い込んでいたんだ。

 しかし、そこへ至るフロアひとつ前の階段下で、僕は耳にしてしまう。

 背後の教室たちから漏れ聞こえるのは、くだんの流行り曲たちのメロディ。けれども、階上から響いてくるそれは、はっきりと違うもの。

 僕がいつも聞いている、マイナー曲を流すそれだったんだ。



 え? それに喜んだのかって?

 いやいや、かえって気味悪く思ったさ。

 好きではあるが、推しではないからね。自分と同じものを好いてくれる相手を見つけても、うれしさよりも「僕が先に好きだったのに!」という憤りが先に来る。

 実際のところはどうか分からない。でも、せっかく独り占めできる大好物を「ひとくつちょーだーい」と、横からがっつりかっさらわれた気分さ。おもしろくはない。

 いったい、いかなるヤツがいるんだろう?


 普通ならその場をそそくさと立ち去るところだった。こうして、気に食わない音楽たちに囲まれる状況でさえなかったら。

 聖域を信じ、頼っている僕は、先走った不審者に文句のひとつもつけてやる気で、そっと階段を登っていったんだ。

 足音をできる限り忍ばせようと、上履きを脱ぐ。一歩あがるたび、足裏にもかすかに床の振動が伝わってきた。

 こうまで強い揺れとなると、床へ直に音源はくっついているのではないか、と思ってしまう。

 楽器などが演奏されているのか、とも思うけれど、わざわざ休み時間にここへ楽器を運んで練習する軽音楽部の面々とかいるだろうか。部室があるのだから、そちらでやるのが自然だろうに。

 声を掛けてみようかと、ちらりとは思うものの、結局は上り詰めることを優先。

 踊り場まで来た。あとは手すり沿いにぐるりと回って、てっぺんを拝んでみよう……。

 そう、僕は階上を見上げてみたんだ。


 それは何段下からも、容易に確認できた。

 屋上前のスペース、すべてを埋め尽くさんばかりに置かれた、コンパクトCDプレイヤーたち。バッテリーで動くそれらは、いずれも電源が入った状態のまま、あのマイナー曲を流し続けている。

 ファンとか、そんなレベルじゃない。異状のみがそこにあったよ。

 いったい、なにが……

 階段を駆け上がりかける僕だけど、そのうちのまばたきをする間に、彼らはぱっと消えてしまったんだ。

 あらためて一帯の床を踏んでみても、プレイヤーたちに触れるような気配はない。カメレオンのように擬態している線はなくなった。

 音も消えているし、そこにはいつも通りの空間が広がっているばかりだったんだ。


 狐につままれた心地で放課後を迎えてしまう。

 そこへちょうど、外出から帰ってきた兄と出くわしたんだけど、妙な話を聞いたんだよ。

 兄も僕のマイナー曲を歌うグループそのものが好きでね。部屋にずらりとケースが並ぶも、まだ目をつけてからさほど時間が経っていない。

 出かけるたびにお店をのぞいては、まだ買っていない曲が並んでいないかチェックするらしいんだけど。

 そのとき、いつもは他の曲に比べて、どっとシングルの枚数が多いこともままある、例のマイナー曲のCDケースがごっそりなくなっていたんだそうだ。

 棚の一角に豪快なスペースが空いて、他の曲のケースたちが横倒しになっている。

「珍しいこともあるもんだ」と、念のため店内を一周。戻ってきたときには、もう棚の空白は元通りに埋まっていて、例の曲のケースたちが戻ってきていたとか。


 兄の離れている間に、店員さんがどっと補充した可能性も、なきにしもあらず。

 けれども、その時間はちょうど僕が屋上へ通じる階段で、例の光景を目の当たりにしたときでもあった。

 あのCDたちも、同じ場所に居続けることで肩身が狭かったのだろうか。

 羽を伸ばすにいい場所を探した結果、僕がしばしば、かの曲を流すあの空間を探り当てて、みんなして押し寄せたのだろうかね。

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