5.従者ロダン
「シルヴィア、あらためて紹介するよ。僕の従者のロダン・ガルドだ」
例の部屋に翌日の放課後にまた訪れた。そうしたら王子の他にもこいつがいた。誰だよと言いたいところだが――、残念ながら知っている。
「……以前、お会いしたことがありますわね。シルヴィア・グラントですわ。よろしくお願いします」
よろしくしたかねーが、とりあえず紹介されたから挨拶はしておく。少し長めの黒髪は日本人として慣れ親しんだ色……ではあるが、少しエキゾチックな雰囲気がある。瞳も王子と同じ金色で、どこか異国的だ。
こいつもあのゲームのパッケージにいたような……。あのカラフルなメンツの中で一人黒で地味だったコイツを指差して、由真が確かこう言っていた。
『ロダンはね、猫! 実は猫ちゃんなの。攻略制限がかかっていてバロン様を攻略しないとルートが解放されないけど、そこは大丈夫。私が既に全攻略済みだから!』
と、言ってたはずだ。
この国はアウローラ大陸の中でも獣人がほとんどいない魔法大国ルーベル。逆に海を隔てた東の国マグナは獣耳や獣しっぽの生えた獣人しかいないらしく寿命も長いとか。普通は獣の血が入っているならむしろ短いだろうと言いたいが、長いものは仕方がない。ゲーム製作者の好みだろう。由真が猫ちゃんと言ってたからにはそっちの出身なんだろうが……それ以上のことは分からない。
ロダンが品のよさそうな笑顔をオレに向ける。
「ええ。お話したことはありませんが、茶会の場でお会いしたことがありますね。お久しぶりです、シルヴィア様」
耳……生えてねーよな。猫って由真が言ってたのに。あ、パッケージの絵にも猫耳はなかったよな。隠れ要素みたいなやつか。あれ、待てよ。人間の耳も生えているわけだし、こいつらって耳が四つなのか……?
「あの……、シルヴィア様。私の頭に何かついていますか?」
「あ、いえ。失礼しました。なんでもありませんわ」
凝視しちまったぜ。
「シルヴィア。つかぬことを聞くけどさ」
「……なんでしょう、バロン様」
なんか顔が怖いぜ!?
どうした、王子。
「今すぐロダンの出身地を当ててみて」
「え」
なんでだよ!
「えっと……」
「早くして」
「マ、マグナでしょうか……分からないですけど……」
「やっぱりね。で、理由は」
「え、えっと……その……」
「鬱陶しいな。まだ何か隠してるね。ロダンはさっきも言ったけど僕の従者なんだ。特別な側近であり護衛だよ。だから、君のことはもう話してある」
はぁ!? 勝手なことすんなよ。胸の内に留めておくって言ったじゃねーか。調子よすぎだろ、こいつ。
「だから何も隠さなくていいし、これもいい機会だ。本来の男の君の口調の方でまだ言ってないことを全部吐いてよ」
「そ、そんなことをいきなり言われましても……」
「君に関して隠し事をそのままにしておくと、よけいな厄介事が起こりそうだ。未然に防いでおかないと。早くして。このままだと、ロダンが君に何をするか分からないよ?」
え。
って――、マジこわ!
ロダンの目がやばい!
人を殺せる目だ!
「い、言います言います! あー、えっと。オ、オレの前世ではなんつぅか、由真って妹がいたのは王子には言ったと思うんだけど、由真がさ、ほら。ゲームっつうか、あー……物語を読んでたんすよ。実はこの世界、その物語そのままで。って言ってもオレは読んじゃいないんで、ロダンが猫だって由真が言ってたなーとか。それくらいしか分かんないんですよ。いやもう、由真の言葉でしか知らないんで。か、勘弁してください」
シーン。
な、なんだよ。オレがこんなに焦って説明したのに無言かよ。
「男……ですね」
「な。面白いだろう?」
はぁ!?
やっぱり楽しんでたのかよ。
「シルヴィア様の言う通り、私は猫です。が、出身国はマグナではありません。父がマグナ出身だというだけですね。人間との混血です。普段は魔法でもって認知を歪めているだけで、耳もしっぽも生えていますよ」
そう言ってロダンが指を鳴らすと――。
「げ!」
しっぽが二本もあるじゃねーか!
これ、猫ちゃんじゃねーよ。化け猫だよ。由真、オレに嘘教えんなよ。目もさっきより怖くなった気がするし、猫耳が生えてんのに全然可愛くねー……。
「わ、分かりましたわ。しまってください」
「しまうもなにも認知を歪めているだけだと言ってるでしょうに」
「それでいいですよ、それで。早く歪めちゃってください」
はー……、やっと普通の人間っぽく戻ったか。
人間との混血か。珍しいな。獣人は長生きをする。個人差はあるもののオレたちの三倍くらいだとか。老いて死ぬ相手を看取らなくてはならないから、異種間で普通結ばれはしない。あまり自国から獣人は外に出てこないはずで謎めいているんだが……。ま、乙女ゲー世界だからな。獣耳が好きな女をターゲットにした攻略対象だったんだろうな。
「それで、ロダン様を私に引き合わせたのはなぜなんです?」
「……素の口調でいいよ。疲れるだろう。僕とロダンの前でだけにした方がいいだろうけどね」
「ありがたくはありますが、あまり外で気を抜いているとボロが出そうなんで。適当に疲れない程度にほどほどにしておきます」
「殊勝な心がけだね」
「自分が背負っているものは理解していますよ。貴族として家名を背負っている。……変態女として記録はしないでくださいね?」
「ははっ、大丈夫だ。安心しなよ。ただ、地を出す場所もあった方がいいとは思うよ」
……やっぱり心配性なのは間違いないな。
「ええ。ロダン様と話すのにも慣れてきたら、ほどほどにそうするかと思います」
「ああ」
本当は……「オレ」と口に出すこと自体、少しだけ違和感もある。長い髪にひらひらのスカート。今までのシルヴィアの記憶。「オレ」と口に出すのは、これまでの彼女の努力や築き上げてきたものを否定するようで、なぜかしっくりこない。
涙腺も弱くなったし赤面もしやすくなった気がする。脳が……もう男のオレとは別物になったのかもしれない。
それなら――、どうして前世の記憶なんて持ってしまったんだろう。全て忘れて生まれ変わっただけなら、変な葛藤もせずに女として生きられたはずなのに。
「で、君とロダンを引き合わせた理由だったね」
「あ。そうですよ、なんでですか」
「髪が長いのが大変なんだろう?」
「あ、そうなんですよ! もう長すぎて長すぎて、洗うのも乾かすのも大変で。女も楽じゃねーですよ」
さすがに腰より長いからなー。あ、でもロダンにはしっぽが二本もあるから洗うのも大変かもしれないな。
この学園、休日に理髪師が何人も来て生徒の髪を切ってくれる。三ヶ月に一度は自分の番がまわってくるという生徒にとってありがたい待遇ではあるものの、それまでが辛い。
「そうだよね」
オレのしゃべり方にバロン王子がやや苦笑しながら、なだめるように話を続ける。
「君も貴族のご息女だしものすごく短くはできないけど、切ってあげようかと思ってさ。可能な範囲でね」
「え……パッツンにしないでくださいよ。てか、不安すぎますよ」
「僕じゃなくてロダンが切るから大丈夫だよ。いつも僕はロダンに散髪してもらっているんだ」
「……護衛なのに髪も切れるんですか」
「ダテに長くは生きていません」
何年生きてんだよ。
ま、短髪は無理か。いいとこの女だしな、オレ。少なくともこの世界では、貴族のご令嬢は当たり前のように髪が長い。少なくともショートカットはいない。
「それならお願いします」
「はい。ではそこに座ってくださいね」
メッセージを毎晩送るなんて面倒だとは思ったけど文句も言ってみるもんだな。これで洗髪が多少は楽になるだろう。
髪を切られている間、前世でのここの物語について根こそぎ聞かれたのは言うまでもない。
あーあ。どうしてこんな異世界に転生してまで、妹の話を必死に思い出さなきゃならねーんだよ!