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男のオレが悪役令嬢に転生して王子から溺愛ってマジですか 〜オレがワタシに変わるまで〜【完結】  作者: 春風悠里


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28/30

28.夢?

 ここは……ここは!?


 王宮や寮とは違って狭い部屋。壁にはキャラクターのポスターが貼ってある。本棚には漫画も多く、鞄には漫画のキャラのバッヂがついている。よく知る黒に白ラインのジャージを着てベッドに寝ているのは……。


「由真じゃねぇか!」


 しかもよく見るとオレは浮いている。


「おばけかよ!」


 オレは事故った時の姿のようだ。黒Tシャツにジーンズ。自分の部屋だった場所へ行ってみようとすると、由真が目をつむりながら何かを呟いた。


「あにき……あにきぃ……」


 なんだよ、お前。寝ながらなに泣いてんだよ。そんなキャラしてなかっただろ。


 そっと頭に手を触れると、なぜかふわっと意識を失って、何もない白い世界にいつの間にか浮いていた。


「兄貴!?」

「お、起きてる由真か。久しぶり!」

「ひ……久しぶりじゃないよ、兄貴ぃ……っ」


 真っ白の世界に二人きりだ。

 由真の夢の中に入ったらしい。


「もう、あの世で会えたら文句言ってやろうと思ってたんだから!」

「そんなに泣くなよ。お兄ちゃんがいなくて寂しかったか?」

「大変だったんだから! それに……今も毎日、お母さん泣いてるの。お父さんもたまに。夜中に思い出なんか語ってさ。ぼそぼそってこの部屋まで聞こえてきて、廊下に出たら二人とも泣いてるのが分かって。いっつもそう。兄貴のせいで家が暗くなっちゃったんだから!」

「あー……悪いな」

「友達だって、皆私に気を遣ってる。イライラして、めちゃくちゃ落ち込んでるお母さんにも私、当たっちゃうし」

「悪かったよ」

「夜に買い物行って事故るなんて、バカじゃん……っ」


 ほんとにな。

 妹をこんなに泣かせるなんて、オレは馬鹿だ。


 一学年下の妹。たくさん喧嘩もしたな。漫画の貸し借りなんかもして、お菓子食いながら読んでいたら汚して怒られたっけ。


「今さ、オレあの世みたいなところにいるんだよ」

「はぁ!?」


 死んで転生して、今こんなリアルな夢を見ているのなら、あの世界はあの世なんだろう。


「で、恋人もいてさ」

「はー!? こっちがこんなことになってるのに!?」

「結婚もしてさ」

「ちょ、あり得なくない!?」

「だから、まぁ気にするな。お前もゲームじゃなくて現実世界で恋人つくって結婚しろ」

「死んでからマウントとらないでよ、バカ兄貴!」


 互いに顔を見合わせてプッと笑う。


「なーんか、悲しんでるの馬鹿馬鹿しくなってきちゃった。兄貴のせいで!」

「そうだろ、そうだろ」

「結婚相手ってどんな女なの」

「…………」


 男なんだが。


 不思議だな。

 今のオレは完全に男の気分だ。ここにバロン王子が現れても、赤くなったりすぐに泣いたりしない気がする。


 オレは……別の人間に、完全に別の女になってたんだな。それが今なら分かる。


「答えられないくらいに酷い女なわけ? 女経験なさすぎて、あの世で騙された?」

「ちげーよ。銀髪の赤目の女で、乳がバインバインだ」

「それ『魔法使いと秘密の約束』のシルヴィアじゃん!」

「お、大当たり!」


 さすがに男相手とは言いにくいからな。


「意味分かんない」

「オレだって分かんねーよ」

「で、あんたがバロン様なわけ?」

「あー……、ああ。そうかもな」

「全然似合わないし。兄貴がバロン様ならシルヴィアに初対面で襲いかかりそう」

「否定はしない」

「は!? 襲ったの!?」

「いや。まったく手を出してないな。結婚したばっかりだ。今日手を出す。たぶん」

「なにそれ……。ゲームをプレイすらしなかったくせに、そこはなぞるわけ? しかも相手はシルヴィアって。兄貴の趣味丸だしじゃん。天国って自分の妄想を実現できる場所なわけ?」


 ……やはり、順番を大切にする男だったか、バロン王子。


「知らねーよ。なぜかそうなったんだから仕方ねーだろ」

「はぁ……。せっかくの再会で、なに話してるんだろ、私」

「お前との最後の楽しい会話の思い出話だろ」

「……そうだね」

「ああ」


 由真の両目からまた涙がポロポロこぼれる。


「なんでいなくなっちゃうんだよ、兄貴。戻ってきてよ」

「それは無理だな。結婚しちゃったしな」

「なにそれ……」


 思い出すな。オレも由真も、アルバムを見るのが好きだった。たまに引っ張り出しては、「この時、めっちゃバテてたけど覚えてる?」とか「キリッとした顔しすぎじゃない」とか、なんでもない会話をたくさんしていた。


 仲のいい兄弟、だったんだろうな。もう……オレの代わりはいなくて。オレにも由真の代わりはいない。


 周囲が白くなっていく。由真の姿も薄くなっていく。そろそろ潮時のようだ。


「元気でな、由真」

「行かないでよ、兄貴……、もっと話がしたいよ」

「暗い家なんてお前には似合わねーよ。笑って過ごせ。母さんたちにもそう伝えといてくれよ。もう会えねーと思うけど、幸せにな」

「兄貴、待って兄貴……っ」


 由真が胸の中に飛び込んできた。

 兄弟で抱き合った記憶なんてない。アルバムの中に、幼児期のそんな写真があるだけだ。


「元気でな」


 大事な妹。

 そんなふうにあらためて思ったことなんて生きていた時にはなかったけど、確かに大事な妹だった。


「兄貴ぃぃぃっ!!!」


 由真の感触も姿もスッと消えたと思ったら、さっきと同じ場所にいた。由真の部屋だ。子供机の棚に、あの乙女ゲーのパッケージが突っ込まれているのが目に入る。


 今のオレなら、ポルターガイスト現象くらい起こせるんじゃね? 足、浮いてるわけだし。


 手でパッケージを触ろうとしても触れない。通り抜けてしまう。


「動け! 動けよ!」


 強く念じるとパッケージが棚から机の上に落ちて、コトンと音が鳴った。


「兄貴……?」


 由真が起きた。

 気づくよな。さっきあのゲームの話をしていたわけだし、目がいくよな。


「なんだ、夢か。変な夢。兄貴がシルヴィアと結婚するなんて……」


 自分が泣いていたことに気づいて涙を拭きながら机の棚を見て――。


「あれ、ない。ん? え? なんで落ちてんの?」


 よし、気づいたな。

 あとは――。


 これくらいならできるだろうと、電灯にも念を込める。チカチカと点灯した。


「はぁ!? ちょ、なに!? 兄貴! 兄貴なわけ!?」


 まぁ、これくらいでいいか。かなり疲労感があるな。おばけのはずなのに。

 

 オレのことは気にせず元気に過ごせと。あのメッセージがオレからだと少しでも思ってくれたならそれでいい。


「お……っ、お母さん! お母さん!!!」


 由真がリビングへ走っていった。

 母さん……か。


「お母さん! 兄貴がいる、今!」

「え、な、なに言ってるのよ。冗談でも言っていいことと悪いことが――」

「ほんとにいるの!」


 もう一回やるか。


 リビングの電気をチカチカと点灯させる。


「ほら! 兄貴なの! お兄ちゃんなの! 夢に出てきたの! 最後の挨拶をしてくれたの!」

「ええ!?」


 もう無理だな。

 全身に力が入らない。

  

「なんでお母さんのところには挨拶に来てくれないのよ……っ」

「私がたまたま寝ていたからだと思う」

「お母さんだって会いたかったのに」

「たぶん、そのへんにいるよ。さっきは私の部屋の電気をチカチカさせたし」

「まったく、拓真は……」


 母さん……ごめん、母さん。

 ここまで育ててくれたのに、死んじまった。塾の費用とかさ、高校の受験代とかさ、いっぱい金かけて育ててくれたのに死んじまったよ。


 母さんの飯、もっかい食べたいな……。


「拓真はなんて言ってたの?」

「天国で恋人ができたって。結婚したばっかりだって。だから私にも恋人つくれって。ゲームのソフトを何もしてないのに落としてさ。絶対兄貴が犯人だよ。こっちは毎日ドヨンドヨンしてるのに、兄貴は天国で幸せを満喫してるってずるくない? ……元気でって。暗くしてんのは似合わないって言われた。お母さんたちにもそう伝えてって」

「本当に、あの子ったら……。そう、でも、よかった。天国で幸せにしているのなら……っ」


 ごめん……そんなに泣かせてごめん。


「拓真。結婚したの? おめでとう」


 どうして見えてねーのに、こっちを向いてるんだよ、母さん。


「本当はその姿を見たかったわ。あなたが好きだと思える相手を見てみたかった。祝福したかった。息子をよろしくって言いたかった。これからのあなたの未来……全部見たかったわ」


 母さん、母さん、母さん……!

 呼びてーよ。

 今までありがとうって言いてーよ。


「でもいいの。あなたが幸せなら。それだけでいいのよ」


 リビングの棚に仏壇がある。コンパクトで、笑っているオレの写真が飾られている。お供え物は……きのこの山とたけのこの里だ。


 オレは死んでしまったんだな。

 この家の、若くして死亡した長男なんだ。


「母さん、今まで育ててくれてありがとう。ちゃんとお礼を言えばよかった。あちこち連れていってくれてありがとう。遊園地とかさ、プールとかさ、楽しい思い出がたくさんあるよ」


 聞こえない……何も聞こえていない。

 それでも――。


「そっちでも体に気をつけてね、拓真」

「母さんも気をつけて。父さんにもよろしくな。できれば最後に会いたかったよ」

 

「お父さんもね、ずっと拓真のことを思ってたのよ。今日、帰ってきたら報告するわ」

「ああ、頼むよ。たくさん世話になったよ」

 

「どんな顔をするのかしらね、あの人」

「小学生の時はさ、サッカーとかキャッチボールとかいっぱい付き合ってくれてさ。母さんのことも父さんのことも大好きだった」

 

「きっと泣くわ。もう電気チカチカはできないの? お父さんにも見せたいわ」

「それは無理そうだ。ごめん」

 

「暗い顔してちゃ駄目ね。拓真に心配かけちゃう」

「そうだよ。笑っていてくれよ」

 

 聞こえていないと分かっているけど――。


「見守ってくれているんだもんね」

「それは……無理かもな」

「お母さん、兄貴はあの世で結婚してるから無理だよ」

「あ、そうだったわね。どんな子と結婚したの? お母さん見たかったわよ」


 あ……もう限界だ。

 なんとなく分かる。

 風景が薄くなる。

 体が引っ張られる。


 くそっ、最後の……最後の力で…………っ!


 電灯が激しく点灯する。オレの写真もパタリと倒れた。


「拓真!」

「兄貴!」


 二人の叫び声とそのあとの泣き声が耳に響く。


 ――そうして、オレはまた意識を失った。


 

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