10.寮で悶々と
「さてと……」
ベッドに寝っ転がって天井を見ながら、プールで考えたことをもう一度、思い出す。
「オレ、バロン王子が好きなんかなぁ……」
オレが元オトコと知ってくれている。そのうえで、オレの心が壊れないようにとの理由もあって恋人ごっこをしている。
正直なところバロン王子に「他に好きな子ができたから離れてくれ。もう話すのもやめよう」とか言われたら、かなりショックを受ける自信がある。分かりましたよと受け入れられるかどうか……。
つい「オレの心が壊れてもいいんですか。オレの乳まで見ておいてそれはないでしょう」くらい言いそうだ。
が……今の状態でずるずるいけば、将来的には結婚が視野に入ってくるかもしれない。そうしたらオレはバロン王子と閨を共にすることになるんだよな……。ま、まあ、あいついい体してたし、オレを襲いたいとも言っていたわけだから王子だって嫌ってわけでもないんだよな……って、オレ、完全に女目線だな!? いい体ってなんだよ!
ただな……。最初にあいつは言っていた。オレ相手なら面倒なことにはならないだろうと。つまり、面倒なことにならないから側にオレはいられているわけだ。離れるって言われて嫌だとかごねる女じゃねーからだよな……。これ以上、離れられなくなって面倒な女になるくらいなら、な……。
それに王子と結婚ってのも、正直あまり乗り気にはなれない。読んだことはねーが、前世ではそんな小説も多かった気はするものの……実際にはな。天皇陛下の妻とか首相の妻とか大統領の妻とか、ニュースで見るだけでも注目されて大変そうだなーと思っていた。オレには荷が重い。
うじうじ悩んでも仕方ねー。明日、バロン王子に聞いてみるか。
卵型のメッセージ送信用アイテムを手に取る。まだ毎日この報告をやらされている。今回は橙色のその卵の両側の羽を同時に引っ張るといつも通り発光する。
「……そろそろ別れ話でもした方がいいかしら?」
よし、終了と。
これだけ思わせぶりなことを言っておけば、明日なんのことだと聞いてくるだろう。その時に今後のことを話そう。明日は休日だから時間もある。
決意をして、もう寝ることにした。
泳いだせいで結構眠い。
あの程度でも眠くなるのな……。
オレはあっという間に眠りに落ちた。
♠♤♠♤♠♤
僕はなかなか眠れずにベッドの中でつい何度も思い出してしまっていた。
当然アレだ。
シルヴィアの……。
「あー、眠れない……」
こんなことなら、最初の時に脱ぐまで待っていればよかったと思う。そうすれば、ここまで今日の映像がずっとチラつくことはなかったはずだ。でもな……あの鏡はマジックアイテムだ。鏡を通して、誰かが中に入ってきたらロダンが気付く。僕が部屋にいる時に誰かから危害が加えられないように「視る」こともできる。
はー……。
シルヴィア・グラント。
僕を好きだと言い張る女の子の一人。それだけの印象だった。気が強くて高飛車。妻にするつもりはなかったから思わせぶりにならないように、極力冷淡には接してきたものの……できのいい姉に対する劣等感がそうさせているのかと思うと同情心だけはあった。
間違っても、突然関係者以外立ち入り禁止の部屋に入って自分の胸を揉みだす令嬢ではなかった。リリアン嬢にまで転生した記憶があるようだったし、異世界の魂がこちらの彼女たちに憑依してしまったのは確かなのだろう。
元オトコ。それもそうなんだろう。
最初は興味だけだったし、側にいるのは面白そうだと思った。
が……今は、なぜか惹かれている。外でたまにふざけて色っぽく接してくる彼女も、人がいなくなった時の肩の力が抜けている彼女も、オトコ言葉で話す彼女にも惹かれている。いろんな顔のシルヴィアを僕だけは知っているんだと、秘密を共有していることに優越感すらある。
ま、ロダンも知っているけど、あいつはジジイみたいなものだからな。
胸ポケットからわずかに魔法を検知した。きっとシルヴィアがメッセージを送ってくれたのだろう。わくわくしながら、彼女に渡したのとそっくりな対であるマジックアイテムを取り出して羽を引っ張った。
『……そろそろ別れ話でもした方がいいかしら?』
――は?
なんだそれは!
え。それだけか!?
待てよ。今日シルヴィアは僕にわざわざ胸まで見せたんだぞ!? 淑女教育を受けた記憶だってあるはずだ。さすがにそこまで見せるのは生涯を共にしたい相手だけだろう!
いや、あのノリ……軽い気持ちだったことも分かってはいるが……!
「……っ、ロダン!」
天井裏で僕の警護にあたっているロダンを呼ぶ。ロダンも眠るけれど、よからぬ気配がすればすぐに起きられる。
「なんでしょうか」
シュッとロダンが降りてきた。
「シルヴィアが突然、別れ話がどうとか言い出してるんだけどさ」
「ええ。聞こえましたね」
「どーゆーことだよ」
「私に聞かれましても」
「今日のプールでだって、いい雰囲気だったよね」
「……どうなんでしょうね」
分かっている。女性としての感情はないかもしれないと言いたいのだろう。でも、シルヴィアは百合は絶対にないと言っていた。女性の体にも興奮しないようだ。元オトコの記憶が、それをはっきりと肯定するのを躊躇わせるようだったから、本人に聞くこと自体、苦しめるとは思うが……。
無意識下では僕のことを多少は好んでいるはずだ! そうでないと、あ、アレを見せるなんて……、あ〜、また思い出す!
「シルヴィアを連れて来れないよね」
「さすがにそれは……様子だけ見てきましょうか」
「頼むよ」
「かしこまりました」
シュッとまたロダンが消えた。
様子か……。そうだな。もしかしたら別れた方がいいと思える何かがあったのかもしれない。気を付けていたつもりが、いじめられていたという可能性だってある。
そうだ。
彼女といるのが楽しくて少し浮かれすぎていたかもしれない。
もしかしたら陰湿ないじめがあって、別れた方がいいと思い詰めていた可能性だって――。今回は女性らしい口調でメッセージが飛んできた。強がっているという可能性も……。
「バロン様、様子を見てきました」
早いな。
「どうだった」
「すやすやとお眠りでした」
………………。
「なんでだよ!」
「夜だからでしょう」
まったく。
彼女には振り回されてばかりだ。
ま、思い悩まず眠れているならいいか……。
「シルヴィアの寮の部屋、職員部屋の真横に変えられないかな」
「……夜の警護のためですか」
「もちろんだ」
「警備員は学園の職員のままにしますか」
「いいや。当然、王家から呼び寄せて交替させる」
「……男口調の独り言が聞こえてしまう可能性もありますが」
僕たち王族の護衛は特殊な訓練を受けていて、魔法を使用しなくても周囲の小さな音を拾うことができる。
「ある程度の事情は話した方がいいだろうな。特に口が固い者を選ぼう」
「……完全にシルヴィア様が婚約者候補として認識されてしまいますけど、よろしいのですか」
「構わないよ。いずれ結婚するとしたら彼女についてもらうことも前提に考えよう。副メイド長にするか。隠密活動も得意だしね」
「そうですか。……明日、その点についても相談された方がいいと思いますよ」
「そうだな」
シルヴィアにとっては、いい迷惑かな。彼女にとって自分がどういう存在なのかは……まったく分からない。
「それから……警備が交替したとしても、夜這いを計画なさらないでくださいね」
「しないよ!」
ロダンは一言多いんだよな。
まずは明日の食堂で様子を見ようと思いながら、ロダンを天井裏に戻して布団をかぶった。以前、猫の姿になって一緒に寝るかと聞いたことはあるものの、断られてしまった。人間の姿なら天井裏は眠りにくそうだが、猫の姿ならそうでもないだろうしな。
さて、寝るか。
……眠れる気はしないけど。




