第9話 女神の孤島
第9話 女神の孤島
パーライト王国から孤島までは、通常の船で進めばおよそ半日で到着する距離だ。
今、その孤島に向けて一隻の海賊船が穏やかな海を進んでいる。
乗船しているのは、パーライト王国からルーニーとカノン、そして天雷のメンバーの五人。
ベークライト王国からはロイとセラーナ、リムの三人。
そして、船を運航管理する十名の乗組員だ。
カノンたちとのあまり良くない顔合わせを行った翌日の早朝、港に集合したメンバーはロイたちが調達した海賊船を利用し、孤島へと出発した。
「それにしても、かなり質の良い海賊船じゃないか。これほどの船を、よく損傷も無く強奪できたものだな」
「ん? あぁ、結構簡単だぜ? 世の中には救いようも無いバカがどこにでもいるってことだからな。なにせ、喧嘩を売って良いのかも分からないんだぜ。わかるだろ?」
「ははは。確かに、そう言うヤツは一定数いるよな。なぁ、カノン」
「…ルー姉、そう言うのは他のヤツらにも言ってやってくれよ」
明らかに不機嫌になっているのは、カノンを含む天雷のメンバーだ。
船にはルーニーも乗船しているため、安易に襲い掛かっては来ないだろうが、何かきっかけでもあればすぐにでも牙を剥きそうなのは、肌で感じていた。
ロイたちは可能であれば関わりたくないと思いながらも、仕事だから仕方無いことだし、何よりも本来の目的である孤島への上陸を待ち侘びている気持ちの方が強かった。
それから、間も無く昼食になろうかと言う頃、乗組員の一人がもう少しで島に着くと声を掛けてきた。
甲板に集まったメンバーがそちらを見ると、見た感じではさほど大きくない島が見えたのだが、船着場は見えない。
仕方無く、船は島を大きく回りながら接岸できそうな場所を探し、何とかなりそうな所でメンバーを降ろす。
「…ここが、例の孤島…」
「ああ、やっと戻ってきたぜ。っつーか、隠蔽してたってのに、俺たちの船が無くなってやがる。あいつらに沈められたか」
「ええ。許せませんね。次は必ず喰らい付いてやります」
「仕返しなら私も手伝います。ですが、その前にカイル様の痕跡を探すのが優先です」
鬱蒼とした木々の中をカノンたちの後に続きながら、ロイたちが小声で話をしながらついていくと、やがて前方にはその場所だけぽっかりと穴が空いたように木々が無くなっていて、柔らかな日差しが優しくその場所を照らしていた。
ルーニーと天雷のメンバーは地元と言うこともあって、この場所は知っているようだし、リムを除くロイとセラーナはこの場所に来て襲撃されたのだ。
そんなこともあり、リム以外はこの場所を見ているはずなのだが、何度見ても見惚れてしまいそうなその場所の中心には、朽ちた小さめの教会のようなものが建っていた。
その教会は屋根が半分以上落ちていたが、祀られていたと思われる三体の女神像が立っている場所だけは屋根が残っており、雨による浸食は防がれていた。
思わず跪きたくなるような女神像を前に、カノンが口を開く。
「よし、ここをキャンプ地にしようぜ。それなりに長期戦になるから覚悟しておけよ。そーゆーことだから、ちゃんと休めるように天幕を張るぞ。 …アンタらも冒険者なら天幕ぐらい張れんだろ? まさか、できねぇなんて言わねぇよな?」
「…あぁ、もちろんだ。俺らのことは気にしなくて良いぜ」
その言葉に鼻を鳴らすカノンは、ロイたちを無視して自分たちの天幕を張り始める。
ロイたちも特にそれを気にすることも無く、カノンたちから少し離れたところに天幕を張ると、作業が終わるのを見計らってルーニーが全員を呼び、教会前に集合させた。
「よし。良いか? これからのことについて話をするぞ」
そう言って、ルーニーが全員の前に立つ。
今現在、この場にはカノンを含めた天雷のメンバーが六人、リムを含めたドラゴンナイトのメンバーが三人、資材関係を搬入したりしてくれた乗組員が三人いて、残りの乗組員は船を守りながら周囲の警戒をしている。
その全員を見回しながら話す内容は、この孤島へと訪れた目的についてだった。
ルーニーは、これから話すことが国の最高機密事項であることだと念を押し、目の前の廃教会の裏手方向に未登録の洞窟があることを告げた。
「未登録の洞窟…? あぁ、なるほど。そう言うことか」
「お? 気付いたのか? さすがはロイと言ったところだな」
「そりゃそうだろ。踏破するためには必要な手段だし、立場が逆なら俺だって同じことをするからな」
と、話の途中からセラーナとリムが不思議そうな顔をしているのを見たロイが、分かりやすく説明する。
それは、冒険者ギルドに登録されていない洞窟や遺跡などは、第一発見者だけでなく内部を踏破した者の名前が記録され、発見したお宝やアイテムなどの所有権が認められた上、冒険者ギルドと国の両方から褒賞金が支払われるのだ。
それだけに、冒険者にとってこの上ない名誉なことであり、冒険者ギルド内でも一目置かれるようになるとも言われている。
だが、良いことだけではなく、当然ながらリスクも存在し、どちらかと言えば後者の方が強いだろう。
なぜなら、未登録と言うことは出現する魔物や罠などの全てが未知数であるため、本来の手順であれば冒険者ギルドに発見の報告をして、そこから国へと連絡をして、両者の協議の元で踏破するメンバーを選出するようになっている。
しかし、特例としては発見者が踏破したいのであれば、自分たちが全てを用意してチャレンジすることは否定しない、と言うものだ。
「つまり、今回の見登録の洞窟は後者に当たるわけで、俺たちはチャレンジのサポートとして選ばれた、と言う事だ」
「なるほど。 …つまり、私たちは体よく利用されると言う訳ですね」
「他には、使い捨てと言う表現もありますね」
「その言い方… まぁ、否定はしないがそう言う認識で構わない。だが、安心してくれ。ロイたちのことも記録として残すし、戦利品もあれば山分けすることを約束しよう」
そのルーニーの言葉にセラーナが眉をひそめるのは、一つの疑問が生じたからだ。
それを見たロイも同じことを考えたのか、セラーナの肩をポンッと叩いてルーニーへと問い掛ける。
「なぁ、今更なんだが、さっきのルーニーの話の内容であれば、サポートチームは別に俺たちじゃなくても良いんじゃないか? わざわざ別の国であるベークライト王国から呼ぶ必要があったとは思えんのだがなぁ」
「ん? あぁ、それはちょっとした事情があってな。権力争いとかそう言うアホみたいなのがあるんだよ。だから、変に協力を頼むと手痛いしっぺ返しを喰らうこともあるのさ。なら、セシルという友人を頼るのは当然の選択肢じゃないか?」
未登録の洞窟も、発見したのが普通の冒険者なら問題は無かったのだろうが、今回は王族が絡んでいる。
そして、見返りを求めて踏破するためのサポートとして自身を売り込んでくる輩も多いだろう。
後々の面倒ごとを考えるのであれば、国内ではなく国外に応援を求めた方が利口だと言うことだった。
「じゃあ、話を戻そう。私たちがこれからやることは未登録の洞窟へのアタックだ。一応、今日は私も様子見と言うことで残るが、他のみんなは今日以降も踏破を目指してくれ。補給物資は乗組員が必要に応じて補給するからな、要望があれば言ってくれ。 …以上だが、他に何かあるか? 無ければ早速アタックを開始しよう」
すると、ロイの袖を何かがクイクイと引く。
何かあったのかと思って見てみると、リムが袖を引いていた。
だが、リムは大きな額当てを付けているために、その表情を見ることはできないが、感じる気配からは何かを訴えているのは間違いなかった。
ロイは、腰を屈めてリムの顔に耳を近付けると、ロイにしか聞き取れないような声でリムが何かを伝えた。
「あー… すまない。アタックは少し待ってくれ。その前にやりたいことがある」
「あ? なんだっつーんだよ? もう邪魔するってぇのか? せっかくやる気を出したってぇ時に、盛大に出鼻を挫くんじゃねぇよ!」
「カノン! お前はすぐに突っ掛かるんじゃない! いいか!? 私が良いと言うまで大人しくそこで控えていろ! で? どうしたんだ? ロイ」
「あぁ、悪いな。だが、ルーニーの話の中に入ってない分、これは絶対に必要なことだ。何せ、その洞窟を発見してからの周辺調査はまだしてないんだろ?」
そして、ロイが説明するのは、今回の未登録の洞窟周辺の調査だ。
その理由は、洞窟近辺に他の出入り口があったり、隠し陣が仕掛けられていたり、罠が仕掛けられている可能性も否定できないため、リムはカイルから初めて訪れる場所での周辺調査は、絶対に必要だと言うことを教えられていた。
「なるほどな。確かにそれは想定されるだろう。よし、洞窟に入る前に周辺調査を行うぞ。方法はロイたちから指示してもらうから、それに従うように。良いな?」
それから、ルーニーの号令の元、未登録の洞窟の周辺調査が行われることになった。
天雷のメンバーからは、チェルシーと言う魔族の少女とセレスティーナと言うエルフの女性が調査のための下準備を手伝ってくれることになった。
こちらからはセラーナが二人への指導をすることになり、その間は残りのメンバーが分担して周辺の地形を確認する。
鬱蒼とした森の中、廃教会の場所だけがぽっかりと穴が空いたように木々が生えていない。
廃教会を中心として南は船を接岸した岬に繋がっており、東と西は多少の起伏はあるものの、半径一時間圏内の範囲はただの森が続いている。
そして、北は一旦森に入るのだが、暫くすると徐々に地面が隆起していき、木々の生えている密度が少ない小高い丘に登る。
その丘の中腹に亀裂のようなものがあり、そこが例の洞窟の入り口になっているようだった。
「よーし、これである程度の場所は把握できただろ。 …そろそろ向こうも準備が終わってるかも知れねぇから、一旦戻ろうぜ」
カノンの指示で、探索メンバーが廃教会へと集合する。
すると、そこにはセラーナからの指導を終えた二人が、早速教えられた内容を試していた。
カノンが廃教会を中心とした周囲の位置関係を共有すると、未登録の洞窟へと通じる北方面での周辺調査を開始する。
「セレスティーナ。首尾はどうにゃ?」
「ちょっと黙っててくれる? バイオレット。これ、とんでもなく難しいのよ。チェルシーでもかなり集中しないとダメみたいだから」
「ほぅ? それをいとも簡単にやってのけるのか? あのセラーナとか言う女は」
「悔しいけど、魔法力の扱いに関しては、私よりも遥か上の方にいるよ」
「見掛けにゃあ寄らねぇってとこか」
「まぁ、それも事実なら受け入れるしかねぇだろう? 他で見返してやりゃあ良いさ」
セラーナから教えられた方法とは、魔法力を極限にまで弱く展開し、重力魔法で地表に押し付けつつ、それを広範囲に広げると言うものだ。
大抵の罠は、人の保有する魔法力を感知して発動する仕組みになっている。
とは言え、魔法力だけに反応していては、攻撃魔法のように広範囲に魔法力を放出した場合、魔法の発動と同時に発動してしまい、設置型の罠としての機能を果たさなくなってしまう。
だから、人と同じくらいの十分な重さが加わり、人が自然放出するレベルの微弱な魔法力を検知することで、確実に人であることを検知してから発動するように罠も改良されている。
それを魔法力によって再現しているのだが、想像の百倍以上難しい。
眉間にシワを寄せながら何とか展開しているセレスティーナに、既に飽きてきたバイオレットが声を掛ける。
だが、ちょっとでも集中力が切れると、せっかくの魔法力が霧散してしまうのだと説明すると、ガルマールがセラーナの繊細な魔法力の使い方に困惑する。
しかし、それを肯定するように、チェルシーがセラーナは自分以上の力を評価すると、アルテリオが納得したように小さな溜め息を吐いた。
セラーナがこれほどのものとは予想だにしていなかった天雷のメンバーは、信じ難い事実に戸惑いを見せるも、それを前向きにまとめるカノンは、他の方法で見返してやろうと告げ、調査を継続するのだった。
セラーナを先頭にして、調査範囲ギリギリのところに、セレスティーナとチェルシーが左右に展開し、かなりの広範囲で調査をしていく。
すると、進み始めてすぐにセレスティーナの調査範囲に反応が現れた。
「チビ様。反応がありました」
「わかった。セラーナ、こいつを見てくれねぇか?」
「はい。これは… ロイ様、リムもよろしいですか?」
セレスティーナの調査で反応したところには、薄っすらと魔法陣が浮かび上がっている。
人の魔法力と重みを検知して発動待機の状態になっているため、このままもう少し重みを掛けてやれば魔法陣は発動する。
その前に魔法陣を破壊すればいいだけなのだが、出現した魔法陣からは相手の情報も得ることができるため、カノンに呼ばれたセラーナが解析をしようとして片眉を上げた。
そして、セラーナは少しだけ考えると、すぐにロイとリムを呼び、現れた魔法陣を指差す。
「あー… なるほど。そう言うことな。なぁ、殿下よ。この辺って人族以外の種族が住んでたことはあるのか?」
「あ? 人族以外でここに住んでたヤツ? そんなのいねぇよ。っつーか、それで何が分かったってぇんだよ?」
「説明します」
ロイの問い掛けに、不機嫌さを隠さないカノンに苛立ちを感じながらも、セラーナが淡々と説明する。
それは、現れた一つ目の魔法陣は、明らかに侵入者対策のもので、魔物を召喚するための魔法陣だと言うこと。
そして、罠として使われる一般的な召喚用の魔法陣では無いと言うのだ。
通常、魔物を召喚するような魔法陣を敷くのは侵入者を迎撃するためで、直接魔法陣を書く以外の方法としては、魔法陣を封じた魔石を砕くことでその場所に定着させることができる。
召喚できる魔物の種類は、魔法陣を書いた、もしくは定着させた周囲の魔法力によって変わるし、発動は一度限りとなるが、低コストで準備できる事もあって多く使われている。
だが、目の前の淡く光っているこの魔法陣は根本的に違っていた。
「これは、周囲の魔法力を使って魔素を生成し、それを増幅して魔物を呼び出します。つまり、魔素を吐き出すような魔物ですね。しかも、この魔法陣は一度きりではなく、破壊されても再展開が可能な作りになっています」
「問題は、その魔法陣に使われている言語なんだが、人族には扱えない文字を使ってるんだよ」
「なるほど。だから人族以外となるのだな」
セラーナの話では、この魔法陣によって無から魔素を生成し、魔法陣で増幅された魔素によって召喚される魔物は、この辺に出現するような種類のものではなく、魔素を吐き出す魔物、つまりは魔族国家のある魔族領にいるような魔物が呼び出されるらしい。
しかも、魔法陣の本体は地中深くにあって、地表には転写した複製の魔法陣を展開しているだけなので、破壊されたとしても周囲の魔法力を使って自己修復するような代物だ。
「しかも、使い捨ての魔法陣じゃないだろ? 手間隙掛けてるから相当念入りに作られてるし、間違ってもここ以外にもあるだろうな」
「まぁ、どれだけあるのかは分からないが、近寄られたく無かったのだろう? 望むところじゃないか。なぁ、カノン」
「当り前ぇだろうが!? ここまで来てんだぜ!? 今更引き返せっかよ!」
セラーナの話を聞いたロイが当たり前の事を口にするが、それに対してルーニーとカノンは強気に出ている。
天雷のメンバーも同じらしく、セラーナから魔法陣についての説明を受け、破壊しても仕方無いのなら起動させないように動けば良いと言い始め、セラーナを置き去りにして進み始めた。
その後、かなりの時間を掛けて魔法陣を避けながら進んで行き、ようやく洞窟の入り口に辿り着いたのは、日が傾き掛けた頃だった。
「一応、目的地までの罠は確認した。だが、天雷のメンバーの消耗が激しい。このまま続けてアタックはできないから、一旦廃教会へ戻ろう」
目の前には洞窟への入り口があるのだが、ルーニーが振り返るとへばって地面に両手を突いているセレスティーナとチェルシーの姿があった。
さすがに、初めて実戦で使用する技術は二人にとってかなりの負荷になったらしく、声も出せないほどに疲弊していた。
やがて、二人はアルテリオとガルマールに担がれて廃教会へと戻っていく。
「天雷の二人は天幕に寝かせて来た。かなり消耗が激しいから、今日は使い物にならんな。もしかしたら、明日まで引っ張られるかも知れん。とは言え、あのまま進んだとしても、罠に掛かって更に消耗させられ… ん? おかしくないか?」
「何がおかしいってんだ?」
「いや、お前とバイオレットは洞窟に入ったんだろ? だが、それまでは魔物に襲われな… かった… あぁ、そうか… そう言うことか」
一際大きいルーニーの天幕には、今回のアタックメンバーで、セレスティーナとチェルシー以外が集まっている。
ルーニーは状況を話している最中に、何かを思い出してカノンに問い掛けるのだが、またしてもその途中で自分で答えに辿り着いてしまう。
自分を不思議そうな顔で見るメンバーをぐるりと見回し、ルーニーが結論を口にする。
その内容とは、以前カノンとバイオレットが様子見に洞窟に入ったのだが、魔物の気配がもの凄く、引き返そうとしたときに突如現れたキメラに襲撃されてと言うのだ。
だが、それも召喚用の魔法陣が発動したからとも言えるだろう。
そうでなければ、突如魔物が現れるとは思えないからだ。
「まぁ、状況証拠であって、何の根拠も無いけどな」
「でも、ルー姉さまの言われた内容なら理解できるにゃ。あの時、チビ兄ぃとキメラに襲われたのは、本当に突然だったにゃ」
「そうだぜ。あちこちに魔物の気配はあったけどよぉ、すぐ近くには無かったぜ。これは本当だ」
つまり、洞窟内で襲撃されたのも、もの凄い気配があったのも、召喚用の魔法陣が起動したことによるものだとすれば、その現象にも説明ができる。
ならば、召喚用の魔法陣に掛からなければ問題は無いと言うことで、今回かなりの無茶をさせてしまったが、その結果としてはいい方向に進めるかも知れない。
「よし。では、今夜は十分に休んで英気を養ってくれ。明日はいよいよ未登録の洞窟へのアタックを開始する! 楽しむのも良いが、ほどほどにしておけよ!」
その号令と共に、一同は酒盛りを始めるのだが、天幕に伏せている二人とドラゴンナイトのメンバーを除き、酒盛りは夜遅くまで続き、そのまま眠りにつくのであった。