第6話 遭遇
第6話 遭遇
パーライト王国の会議室では、呼び出されたルーニーとカノンが女王の前に来ていた。
女王は二人を着席させると、懐から手紙を取り出して二人に見せる。
「陛下、その手紙は…?」
「うむ。ベークライト王国からの返事だ。まぁ、鳥を使っているから簡易的な内容しか書いておらんがな」
「へぇ? で、どんなことが書いてあるんだ?」
ルーニーの問い掛けに、やや口元を緩めた女王が手紙をヒラヒラさせながら簡単に返すと、腕を組んで背もたれに体重を預けた姿勢のカノンが興味深そうに内容を聞いてきた。
すると、待ってましたと言わんばかりに、嬉しそうな表情を浮かべた女王が手紙の内容を掻い摘んで話す。
その内容とは、ベークライト王国は今回の案件に対し、喜んで協力をさせてもらうこと、国が認定する最上位の冒険者パーティーを送り出したこと、その他については手紙を持たせたので、そちらを読んで欲しいとのことだった。
「ふふん。どうだ? 凄いだろう? さすがはベークライト王国よ。持つべきは理解ある友と言う事だ。これで例の案件は気兼ねなく進めることができるだろう」
「へぇ、やるじゃねぇか。それにしても、向こうの国の最上位冒険者パーティーが来てくれるってぇのは助かるぜ。 …もしかして、それってルー姉の親友のバケモン姫がいるってぇパーティーか?」
「うーん、どうだろうな。もし、セシルが来るならちゃんと名前を書くだろ? 鳥を使った手紙とは言え、キーワードくらいは入れてくるはずだしな。たぶん、別のパーティーだと思うぞ?」
「まぁ、誰でも構わんさ。それよりも、ベークライト王はすぐに返事をくれてパーティーの派遣までしてくれたのだから、我らは迎え入れる準備を行うぞ? ある意味、両国の更なる友好に繋がる案件でもあるからな、二人もそう言う認識で当たってくれ」
その言葉に、ルーニーとカノンも快く返事をする。
女王が言うように、ベークライト王国とパーライト王国はもともと友好国ではあったが、更にお互いの姫同士が仲良くなったのを切っ掛けとして、一部ではあるが交流が行われている。
女王としては、今回の協力を踏まえてベークライト王国とは正式に国交を結べるようにしたいと考えているため、この案件は慎重に進めたいと考えているようだ。
ルーニーとカノンもそのことは十分に理解しているため、二人も全面的に協力することを約束する。
「まぁ、俺もルー姉も全面的に協力するぜ。 …とりあえず、ベークライト王国からっつーと一月ぐらい掛かんのか? なら、それまでにこっちの準備も進めとこうぜ」
そう言うと、カノンが場を取り仕切って話し合いを進めて行くのであった。
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水平線には島も他の船も何も無く、見渡す限りの大海原。
おまけに穏やかな日差しに加え、緩やかに揺れる波が自然と眠気を誘う。
このまま意識を手放したら、どれほど気持ちが良いのだろうか。
幸せそうな表情を浮かべつつ、そんな事を考えていると、多少の怒気を含んだ声が聞こえてきた。
「随分と余裕そうですね。やはり、実戦に勝るものは無いとカイル様も仰ってましたから、今から路線を変更しますか? もちろん、死なない程度に加減をしますよ?」
「い、いや! すまん! 悪い悪い!」
「この日差しが気持ち良過ぎるのです。不可抗力でしょう?」
言い訳をしてくる二人に、リムの機嫌も右肩下がりに悪くなってくる。
今、ロイとセラーナは、襲撃からの完全復帰を目指し、リムの指導の下で負傷箇所の回復に励んでいた。
それは、自分の体に闘気を巡らせて自己修復を促すもので、実際にリムはカイルたちの最後の戦いでブチ切れしたセシルに対し、文字通り体を張って止めることに成功した。
しかし、あのセシルを打ち負かした代償はとても大きく、全身のいたるところが骨折し、内臓も破裂する直前の危険な状態だった。
加えて、全身に負った裂傷も凄まじく、出血多量でも危険な状態だったのだ。
そんなリムの外傷は王妃が治してくれたのだが、体内の修復は魔法でも難しかったので、秘策としてカイルが闘気を使った治癒を行い、本来であれば全治一年とも言われていたリムは、ほんの数日で復帰することができた。
そのやり方を、リムがロイとセラーナに伝え、二人はそれを実践しているところだった。
「それにしても、闘気ってのは本当に便利だな。体の自然治癒力を大幅に向上させるんだから、こりゃ医者要らずだし、教会とか治療院も出番無しか」
「ロイ。さっきも言いましたが、これはあくまで今回の治療にのみ使うことを許すのです。そうでなければ、誰が好き好んでカイル様直伝の治療法を友人とは言え他人に教えますか」
「リムが相変わらずの平常運転なのが安心ですね。だけど、まだ時々セシル並にブチ切れそうになってるから、それは気を付けた方が良いと思いますよ」
「そうだな。お前の気持ちは最大限に理解するけど、少し沸点が低すぎやしないか?」
「うぐっ… た、確かに… その自覚はあります… でも、抑えが効かないんですよ。これでも相当抑え込んでるんですけどね」
セラーナとロイに言われて、リムもその自覚はあると自分でも思っているし、自らの孕んでいる危険性も十分に理解できる。
だが、一瞬でもカイルのことを考えてしまうと、どうにも抑えが効かなくなってしまうのだ。
落ち着こうと目を閉じて深呼吸をしたとしても、膨れ上がる想いを抑え付けることはできず、逆に止まることを知らずに湧き上がってくる。
自分は、カイルに対してこれほどまでの想いを内包していたのかと呆れるほどだ。
「でもまぁ、良いんじゃないか? その純粋過ぎる想いを直接力に変えることができるのがリムなんだろ? 俺はお前にも幸せを掴んで欲しいと思ってるからな。それに、俺たちも付いてるんだから、陛下たちも言ってたように、お前は好きにすれば良いさ」
「そうですね。言い換えれば、リムが前向きになって自分の気持ちにも正直になれたのです。友人としてはこの上なく喜ばしいことですよ」
縁があってこの三人は知り合い、深い友人関係を築くことができた。
ロイとセラーナの二人はベークライト王国に移住してから一緒に暮らしており、もともとオーステナイト王国でひっそりと暮らしていた頃に比べれば、今の活き活きとした生活はとても楽しいらしく、二人はカイルに想いを寄せているリムにも幸せになって欲しいと思っていた。
「ありがとう。でも、以前もお話しましたが、私はカイル様のお側にいられればそれでいいのです。それ以上を私もカイル様も望まないでしょうから…」
ベークライト王国の姫であるセシルと婚約関係にあるカイルは、オーステナイト王国で開かれた『お見合い会』での期間中、リムを鍛え上げるための指導を行っている。
その中で、婚約者であるセシルが猛烈な殺気を生み出すほど親密になっていたり、カイルの剣をリムも使えるように剣に教え込んだとして、セシルが思わずブチ切れしてしまうようなことまでしてしまっている。
「でも、私は常々思っているのですが、カイルもリムを少なからず想っているのではないでしょうか? そうでもなければ、カイルがあの剣をリムが使えるようにしていたことの説明がつきません。だってあれは、竜の鉱石を使った限り無く魔剣に近い剣なんですよ?」
「俺もそう思ってる。まぁ、カイルの言い分は自分の主武器以外にも使えるようにしていた方が良いって事だが、それなら別にその辺の適当な武器を使えば良いだけの話だもんな。別にカイルの剣を使えるようにしなきゃいけないって事じゃないだろ。だって、言い換えればリムと一緒に戦うことを前提としなきゃ成立しない話なんだぜ?」
「もちろんです。カイル様が私と一緒に戦うことを前提としていましたので、相談をいただいた時、私は迷うこと無く二つ返事でお受けしました」
しれっと答えるリムに、ロイとセラーナが頭を抱える。
つまり、カイルはどう言う訳かリムを特別扱いするのだが、それでセシルが嫉妬してしまうことも知っておきながらも、カイルとリムの二人は別に構わないと言う。
カイルの剣についても、わざと断らなかったのだろうが、そこまでグイグイ行動するくせに、そこから一歩進んだ関係になろうとはしないし望みもしないらしい。
更に突っ込みどころだろうと思ってしまうのだが、セラーナは小さな溜め息を吐く。
「はぁ… カイルの考えていることは分かりませんが、リムが見た目以上に頑固なのは、私たちが良く知るところですから、これ以上は何も言わない方が良いでしょうね」
「そうだな。これで、余計にアイツを問い詰めなきゃいけない事になった。まぁ、探すためのいい理由ができたよ」
「そこで納得されるのも腑に落ちませんが… どうやら、お客様のお出ましですよ?」
ちらりとリムが海の方を見ると、何隻かの船がこちらに向かってくるのが遠目に見えた。
ベークライト王国を出港してから数日、まさに連日の天気のように海も穏やかだったのに、どう見ても海賊船としか思えないような船がグングンとこちらに向かって来ている。
ロイが望遠鏡を覗くと、その船体は黒塗りで、甲板では数人がこちらの様子を伺っていて、他に数人が何かの準備をしているように甲板上を走り回っているのが見えた。
「お? ありゃあ海賊だな。とは言え、こんな日中から仕掛けてくることも無いから、距離を保ったまま並走して夜を待つ、ってところだろうな」
「だとしても、相当頭が悪そうですね。こんなにも分かりやすい船を襲うとは… 外観を無視していると言うのであれば、無知にして無謀としか思えません」
セラーナが言うのは、この船の外観だ。
帆にはドラゴンナイトの紋章を入れているし、旗にはベークライト王国の紋章が入っている。
おまけに、船には多数のドラゴンシュートが設置されているため、それらを知る海賊であれば絶対に近付いてこない。
これまでも、近くまでは寄ってくるのだが、船を確認した瞬間に船首の向きを変えて逃げて行った。
なのに、今回は逃げずにずっと付いて来ている。
よほど強さに自信があるのか、ただ単にこの船の意味するところを理解していないのか。
珍しいこともあるものだと、セラーナとロイが首を傾げていると、何食わぬ顔でリムが口を開いた。
「ああ、この船の兵装や旗とマストの紋章ですが、私の魔法によって相手に錯覚を見せるようにしています。彼らの目には、この船は大型の商船としか映ってないでしょう。つまり、体のいいカモと言う事ですね」
つまり、リムの得意とする水魔法によって、この船は商人の船に見えているらしい。
その理由は聞くまでも無いが、海賊船を逃がさないための手段なのだろう。
幸いなことに、この船はリムが水魔法を使って一人で操船しているため、リムたち三人以外の乗組員はいない。
そう言う意味では、リスクを背負うのはこの三人しかいないと言う訳だ。
「はぁー… いくら私たち以外に乗組員はいないからと言って、海賊を騙してまでこんなことをしますか?」
「確かに、鈍った体には良い運動になるんだろうが… こりゃ、海賊たちには多少なりとも同情しちまうな」
「初めの方に言いましたが、実戦に勝るもの無し、です。とは言え、アレでは役不足でしょうが、路銀はいくらあっても困りませんからね。では、夜まで時間もあることですし、アレは放っておいて今の内に食事にしましょうか」
そう言うと、リムは何事も無かったかのように甲板を後にして、船室へと移動していく。
それを見ながら、ロイとセラーナはお互いに見合うと、肩をすくめてリムに続くのであった。
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パーライト王国の海上、入港審査を待っていたリムたちの順番がようやく回ってきた。
ベークライト王国を出港してから一月も掛からず、リムはロイとセラーナの回復を行いつつ、やっと目的地であるパーライト王国へと到着した。
やがて、リムたちの乗る船に審査官たちを乗せた船が近付いてきて、甲板に上がってきた審査官たちは、リムたちに第一声として問い掛けをしてしまう。
「あの… 入港審査の前に伺いたいのですが、えーと… この状況をご説明願えますか?」
審査官が戸惑いの混じる声色になるのは仕方無いだろう。
リムたちの船の甲板には、見るからに海賊としか思えない数十人が縄でぐるぐる巻きにされており、その近くには金貨や金塊、宝石や高価な装飾品が山のように積まれていた。
更に、リムたちの船に係留するように太い縄で繋がれた二隻の大型船も見える。
審査官の問い掛けに答えるため、一歩前に出たのはロイだ。
「あー… 俺たちはベークライト王国から来た冒険者で、仲間はここにいる二人だけだ。で、そちらの問い掛けの答えなんだが…」
そう言って、冒険者登録票を見せながらパーライト王国へ来たことの理由と、その航海中の海賊退治について説明をすると、目の前の審査官たちは信じられないと言った表情をして、捕らえられている海賊たちとロイたちの両方を交互に見る。
確かに、たった三名しか乗船していないのに、操船をしながら海賊退治まで行い、数十人を捕らえただけでなく、敵船も確保して船内の捜索までしているのだ。
「あ、ありがとうございます… あの、本当に三名しか乗船していないのですか? 誰か、戦闘中に亡くなったと言うことは…」
「そんなことは起こり得ませんね。それに、この程度であれば負傷すらしません。 …何か問題でも?」
「あ、いえ… そうでは無いのですが、このような後処理まで完璧にされていることは、これまで無かったもので… あの、お手数をお掛けして申し訳無いのですが、これから冒険者ギルドまで来ていただいて、詳しいお話を聞かせていただけませんか?」
審査官からの要望を快諾すると、その後の入港審査も問題無く終了したので、海賊退治のことと係留してきた船舶二隻について説明をするため、ロイたち三人は審査官から渡された手紙を持って港へと下りる。
港町はベークライト王国と同じように活気に満ち溢れており、多くの商人と冒険者が店を覗いては買い物や話をしている。
そんな賑やかな町を歩いていると、目の前に大きな建物が姿を現し、掲げられている旗からそこが冒険者ギルドだと分かった。
ロイを先頭に、三人で冒険者ギルドの扉を開いて中に入る。
今は昼前くらいで、まだ中には多くの冒険者たちがいて、酒を飲んだりパーティーで話をしたり、依頼書を掲示している掲示板を見たりしている。
そんな中を突っ切るように歩いていると、どうにも視線が集まってくる感じがした。
それが良いものでは無いと知りつつも、無視を決め込んで受付へと行き、ロイが懐から審査官からの手紙と、ベークライト王国の冒険者ギルドのギルド長から渡された手紙を差し出す。
「これを確認してくれ。一つは入国審査官からで、もう一つはベークライト王国の冒険者ギルドのギルド長からだ」
「は、はい。承りました。 …その、少々お時間をいただいてもよろしいでしょうか?」
「あぁ、構わない。俺たちは、そっちで飲んでるから、何かあったら声を掛けてくれ」
にこやかに笑みを返すと、ロイたち三人は併設されている酒場へと向かう。
テーブルに着くと簡単な摘みと飲み物を頼み、リムとセラーナが目を閉じている中、ロイはぐるりと中を見回してみると、その時点で何人かの冒険者と目が合った。
「ロイ様。あまり無意味な挑発はお止めになった方が良いかと思いますが?」
「まぁまぁ、そもそも俺からじゃないだろ?」
「ロイ。私ですら我慢してるんですよ? だから、もしもの時は貴方から叩きのめします」
「おーおー、怖いねぇ。分かったよ、俺からは何もしない。これでいいだろ?」
リムとセラーナも、冒険者ギルドに入ってからの視線には気付いていたので、安い喧嘩を買わされないために、今も目を閉じている。
ロイの希望としては、今すぐにでもこの酒場を出て依頼元となっている王城へと行きたい。
それは、こんな環境の良くないところに、リムとセラーナを置いておきたくないからだ。
誰も好き好んで大規模殺戮兵器を放置しておきたくないのだ。
すると、最悪なことに、数人の冒険者が近寄ってきて、こともあろうにロイたちのテーブルを取り囲む。
「よぉ。お前らは新顔だな。随分と大層な得物を持ってるみてぇだが… 俺たち先輩冒険者に挨拶は無いのかよ?」
こいつら本当に絡んできやがった、と思いつつも、確かに自分たちはそれなりの装備に身を包んでいるのだと改めて気付く。
主武器は収納魔法で隠しているため、簡単な武器しか携帯していないが、ロイとセラーナは二人で同じ漆黒のライトアーマーの装備に包み、リムは漆黒の革装備を身に付けている。
普通に考えて、駆け出しの冒険者が身に纏うような装備ではないし、三人ともこんな場所でマントを付けたりはしないが、ロイとセラーナのマントにはドラゴンナイトの紋章が、リムのマントに至ってはベークライト王国の紋章が入っている。
それを見せれば大人しくなるのだろうが、あまり騒ぎにされるのも困る。
未だに目を閉じたままの二人は干渉したくないと言っているようなものだから、仕方無しにロイが穏便に相手をすることにした。
「あー… 悪いな。俺たちは別の国から来たんだが、この酒場のどこにも新人がやらなきゃいけない事なんて書いてないから分からなかったんだよ。とは言え、あんたらの気分を害するつもりはないんだ。ここは俺の奢りで構わないから、向こうで好きに飲んでてくれないか? 俺たちは待ち時間でここにいるだけなんだ。終わればすぐにでも姿を消すよ」
あくまで紳士的に返したはずなのだが、相手は何かが気に入らなかったのだろう。
テーブルを取り囲んでいる冒険者たちはやることがエスカレートしていき、とうとうセラーナに酌をするように命じてくる。
それでもロイが穏便に宥めようとするも、冒険者たちは更に興奮したのか、ついには剣の柄に手を掛けてしまう。
それを見てハッとしたロイの目に映るのは、薄っすらと片目を開けて僅かに笑みを浮かべるリムとセラーナの顔だった。
「はぁ… もうやべぇを通り越しちまってるじゃないか… 仕方無いなぁ…」
「おい! お前ぇら、何してやがる!」
このままでは危険だと察したロイが立ち上がろうとした瞬間、冒険者ギルドの入り口が開くと同時に大きな声が聞こえ、六人の冒険者が入り込んでくる。
ただ、先頭にいるリーダーらしき人物はリム並みに小さな体にも関わらず、それなりの力を持っているのだろう、どう見ても戦闘職の五人が後に控えているのが印象的だった。
その六人が、騒ぎを聞き付けてこちらに向かってきたのだから、ロイとしてはこれが面倒事になるか、この場を収めてくれるのか、どちらになるのかが気になっていた。
冒険者たちの緊張感も高まっていくのと同時に、リムとセラーナも目開くと、はっきりとした笑みに変わっていく。
一人、頭を抱えたくなるロイは大きく溜め息を吐くと、新たに現れた厄介ごとが自分たちのテーブルに来るまで待たなければいけないのであった。