第4話 未登録の洞窟
第4話 未登録の洞窟
女王陛下より渡された手紙に書いてあった、冒険者ギルドがルーニーの手を借りたいと言ってきた件。
その内容を確認するために冒険者ギルドへ行ってみると、実はルーニーの弟であるカノンが力を借りたいと言うことだった。
そのため、詳しく話を聞いてみたのだが、なんと未登録の洞窟を見付けたと言うことだったのだ。
それぞれの国は、自国に点在する洞窟や前時代に建てられた塔、砦などを「遺跡」と呼んで管理している。
その遺跡内部には、いろいろな薬草や鉱物などの資源の他、遺跡特有の遺物などが多く発見されていて、それらの拾得物は発見者に所有権が認められるため、冒険者たちはこぞって遺跡へと足を運ぶ。
しかし、得るものが大きければ必ず危険は伴うもので、これらの遺跡内部には魔物や盗賊など、一般人に危害を加えるような輩が住み着いていたり、命を落とすような罠が多数仕掛けられていることもあるのだ。
そのため、冒険者ギルドに登録された冒険者以外は、立ち入り禁止とされている。
また、冒険者があまり入らないような場所をそのまま放置していると、増え過ぎた魔物や住み着いた盗賊たちが外に出て悪影響を及ぼしてしまうため、定期的に冒険者ギルドが冒険者への依頼として魔物や盗賊の討伐が行われているため、これら「遺跡」関連の場所や内部構造は、それらを管理する国が、冒険者ギルドを経由して幅広く周知されているのだ。
このように、「遺跡」へ向かう冒険者たちが増えることで街道の安全も確保され、一般人であっても安全に旅ができるようにもなっていた。
しかし、今回のように新たに発見されるような洞窟などは、ここ数百年は無かった出来事で、規模を含めた内部の確認がされるまでは国の指示で情報統制が敷かれ、発見者主導の元で優先的に内部の調査を行うことができる。
その具体的な内容としては、内部に設置されている罠があればその配置や、出現する敵の情報、採取できる素材や資源など、あらゆる情報を網羅した地図の作成となり、発見者とその調査に携わった者は記録として残され、国からも勲章を授与されると言う、冒険者なら誰でも憧れる実績の一つでもあるのだ。
「ふむ。しかし、そんな世紀の大発見なのに、今の今まで私の耳に入らなかったのは、まだ発見されてから日が浅かったから、と言うことか。 …ん? いや… あぁ、そうか。それで陛下は私に受けさせたいと言ったのだな」
「察しの良さといい、さすがはルー姉だな。母上… 陛下はこの世紀の発見に対して、ルー姉と俺の名前を記録に残してぇのさ。ホント、そう言うとこはやっぱ親バカだよな」
そして、この冒険者であれば誰しもが憧れる世紀の大発見なのだが、そのすべての権利は発見した冒険者に限られるため、一攫千金を夢見る者であれば必ず冒険者ギルドに登録し、冒険者として各地をくまなく探索して未発見の物を得ようと活動しているのだ。
ところが、そんな上手い話などは正に夢物語であって、そんな簡単に見付かる訳が無い。
ここ数百年間、何も発見されてこなかったことが、それを証明していた。
「で? 今回はお前が未登録の洞窟を発見したと言う訳か」
「…そうなるな」
「ほぉ? で? 誰に教えてもらったんだ?」
「ギクッ!」
あまりにも分かり過ぎるカノンの反応に、ルーニーがカノンを問い詰めようとすると、大慌てで天雷のメンバーがカノンを守るようにルーニーの前に立ち塞がった。
それは、ルーニーを近付けないようにしている訳ではなく、未登録の洞窟発見についてカノンの援護をしようとしているのだ。
「ひ、姫さま。チビ主は何も不正はしておりませんぞ!」
「そうだよ。チビ兄様はちゃんと見付けたの。本当なの! 信じて! ルー姉さま!」
「そうにゃ! チビ兄ぃは、ちゃんと自分の足で見付けたんだぞっ!」
「ほ、本当だぜ! もちろん、俺たちも一緒だったから、事実を述べてんだぜ」
「ルー姉さま。突然のことで、なかなか信じることもできないでしょうが、チビ様は本当に私たちと一緒にその洞窟を発見したのです」
ちなみに、天雷のメンバーはカノンを呼ぶときに「チビ」と言う言葉を入れているが、それは天雷の立ち上げの時に、カノンを見た目で判断してしまったメンバーが発した言葉だ。
もちろん、皮肉をたっぷりに含んでいたため、実力を見せ付けたカノンが結果的に全員を完膚なきまでに叩きのめしたのだった。
その時のことを忘れないように敬意を込め、あえて「チビ」の名を入れることにしたのだ。
もちろん、カノン自身もそれを否定せず、むしろ肯定しているので、今ではすっかりその呼び方が定着していて、冒険者ギルドの中でもカノンを「チビ」と呼ぶ者が多かったりする。
そのメンバーが、必死にカノンの正当性を訴えるのだが、ルーニーにはどうにも気になっていることがあった。
「なら、聞き方を変えよう。カノン、お前が未登録の洞窟を発見したのは事実だとしてだ。 …その場所はどこなのだ?」
「…パーライト王国の東の海上にある、女神の島の… 教会跡地の近くだよ」
「あの孤島に? あそこは過去に国で徹底的に調査したと記録が残ってましたが?」
「いや、カノンたちの反応を見るに、未登録の洞窟があるのは事実なのだろう。で、更に問おう。国の調査後、あそこは禁足地となったはずだが、お前は何をしに女神の島に行ったのだ? 偶然見付けるにしては言い訳が難しいだろう? なにせ、禁足地だぞ?」
女神の島とは、パーライト王国の東にある孤島で、遥か昔に三人の女神を祭っていたとされる教会がある島なのだが、現在ではその教会も使われなくなってしまったため、すっかりと寂れてしまい、今では廃墟となってしまっている。
ターナーが言うように、過去に国が島全体の調査を行い、何も無かったことから廃教会の保存と島の保護のために禁足地としている。
誰もがおいそれと入れる場所でもなく、島に上陸するためには冒険者ギルドと国の許可の両方が必要となるため、港で誰かにお願いしたとしても、無許可で連れて行ってくれる場所ではない。
それに、島の近くは何かしらの陣が敷かれているのかわからないが、漁をしても何も獲れないために、漁船すら近寄らない。
いつしか、この島は禁足地としてではなく、人が近付いてはいけないと言う噂も立ち始め、国や神殿関係者、冒険者ギルドが定期的に依頼を出して魔物討伐をするくらいしか訪れることのない場所だ。
なのに、わざわざそんなところに行ったこともそうだが、そこへ行く動機がカノンたちには無いのが一番怪しい。
前もって、何かしらの情報がもたらされているのであれば話は別なのだが、思い付きで行くようなところでは絶対に無い。
だからこそ、ルーニーは怪しんでいるのだ。
「カノン。お前、何を隠している? この私を前にして下手に隠すような真似をするならば、いかにお前とて尋問するしかないぞ?」
「ち、ちょっ…! お、俺は! 別に何も… ただ、神託を受けたって言う巫女から話を聞いただけだよ」
「ほぉ? と言うことは、神託の巫女がお前に未登録の洞窟の場所を教えたんだな?」
「あ、あぁ… そうだ」
カノンとしては、発見の切っ掛けとなったのが神託の巫女による助言、と言うのを気にしているのだろう。
それは、神託の巫女によって大まかな場所ではなく明確な位置を伝えられたのだから、後はそれに従ってその場所へ行けばいい。
つまり、正式な発見者はカノンではなく、神託の巫女になってしまうのを懸念しているのかも知れなかった。
「あのな。別に、神託の巫女が明確に場所を指定したからと言って、確実にあるかどうかは行ってみないと分からないだろ? そう言う意味でも、実際に発見したのはお前なのだから、発見者はカノン、神託の巫女は連名として入れておけばいいだろ」
「ルー姉… それって、そんなんで良いのか?」
「事実は曲げてないだろ? それに、神託の巫女なのであれば名声など必要ないだろうし、神職者なら尚更だ。それに、陛下が仕組んでない以上、わざわざお前に言ってくること自体、神殿としての判断なのだろうから放っておけ。で、そろそろ私に相談した経緯を教えてくれないか?」
そう言って、真剣な表情で座り直すと、カノンもルーニーに向かって座り直す。
自然と、ルーニーの後ろにはターナーが控え、カノンの後ろには天雷のメンバーが控える形になる。
それからカノンが話したのは、神託の巫女がカノンに未登録の洞窟の位置を知らせたのは、ルーニーが神託の巫女に会う数日前の出来事で、カノンはその日の内に船を探したのだが、やはり禁足地であることと、例の噂のことがあって、港の人間は誰一人として女神の島へ行くことはなかった。
仕方無く、バイオレットと共に自前で用意した小型の船で女神の島に入り、神託の巫女が指定した場所に行くと、そこでぽっかりと大きく口を開いた洞窟を発見したと言う。
しかし、二人はこんなにあっさりと見付かるとは思っておらず、その日は下見くらいの気分だったのと、バイオレット以外の天雷のメンバーは全員が出払っていたため、探索をするには完全に準備不足だった。
だが、このまま何もせずに帰ったとしても、次に来る時には探索を始める事になるので、二度手間にならないよう、様子見を兼ねて入り口から光の入るところまでを探索してみた。
ところが、中に入った途端、すでに辺りは魔物の気配でいっぱいだったと言う。
さすがに準備不足な上に、今いる人員が二人だけであること、感じる気配が強力だったため、一旦出直そうとしたときに一体のキメラが飛び出してきた。
キメラと断言したのは、複数の魔物が掛け合わされているのが見えたためで、すぐに戦闘に入ったのだが、見た目以上の強さに加えて想定外と言える知能をも有していたため、なかなか倒すことができず、最終的には隙を見計らって逃げてきたのだった。
「ってとこだな。まぁ、はっきり言っちまえば戦力不足ってぇのが一番の理由だな」
「なるほど。入り口から視認できる範囲での探索中にキメラと遭遇…? そんな浅い位置にもかかわらず、その上バイオレットがいても不意を突かれたと言うことか」
「面目ないにゃ… 気付いた時には既にミドルレンジ内だったにゃ」
「いや、別に責めている訳じゃない。ちゃんと生きて帰ってきたんだからな。もしかしたら、召喚の魔法陣があったのかも知れないし、壁のどこかに見えづらい枝道があるかもな。いずれにしても、あらゆる可能性を考えるべきなのだろうな」
「それにしても、そんな浅いところで二人が倒し切れずに苦戦するレベルのキメラが出るとは… なかなか厄介ですね」
ルーニーがターナーの言葉に少し眉をひそめて考える。
そもそも、国が例の孤島を調査した時は徹底的にやったと聞いているし、女王も立ち会っているのなら、カノンが言っていた“ぽっかり開いた洞窟の入り口”程度を見逃すとは思えないし、それほど強力な魔物が存在していたと言う記録も無い。
そもそも、神託の巫女がわざわざカノンにだけ伝えたと言うのも何かが引っ掛かるし、入り口付近で強力なキメラと遭遇している段階で、普通の洞窟ではないと言って間違いは無いだろう。
「つまりは、今この国で何かが起きようとしているのか…? キメラが産み出されるほどの魔素が充満しているのだろうな。 …となると、一筋縄ではいかない、か」
「ルー姉?」
「…カノン。この話は概ね理解はしたのだが、ちょっと方向性が変わった。一旦、城に戻って陛下と話す必要がある。悪いが、かなり込み入った話になるから、ターナーと天雷のメンバーは外してもらうぞ」
その言葉にカノンは無言で頷き、ターナーと天雷のメンバーを冒険者ギルドに残して、ルーニーはカノンと共にパーライト城へと戻っていくのであった。
=====
==========
====================
「そうか… うむ。状況は理解したぞ」
ベークライト王国の王城にある会議室では、やっと起き上がれるようになったロイとセラーナ、ディアとミリアが国王と王妃、竜王とロジウムなどの面々が集まる前で、今回のことについて何があったのかを報告していた。
主にロイが説明し、他のメンバーは補足をするような形で報告していき、ベークライト王国の冒険者ギルドでドラゴンナイトを名指しした指名依頼を受けたところから、カイルがロイたちを突き飛ばして旅の扉を破壊したところまでを説明すると、シンと静まり返った会議室内の静寂の中、国王がその沈黙を破る。
「とは言え、ドラゴンナイトを壊滅させるほどの相手とは一体…」
「超濃密な魔素と闇の精霊を、複合術式で広域に展開させる技術なんて、私は聞いたことも見たことも無いの」
「相手は、足音も聞こえなかったし、攻撃された時の感覚も遮断されているから、相手が何人いたのかすら分からなかったのよ」
「とにかく、その術式とやらが広域展開されるまで、誰も気付かなかったのも事実ですね。カイル、セレン、セシルですら、信じられないと言った表情をしていました」
ロジウムが難しい顔をしながらポツリと呟いた言葉に、ミリア、ディア、セラーナがそれぞれに感じたことを口にする。
確かに、ドラゴンナイトのメンバーではカイル、セシル、セレンの三人は常時索敵をしているようなもので、こちらに敵意が無くても自分たち以外に誰かがいれば必ず反応しているのだが、今回の襲撃については誰も反応できていなかった。
「セレンですら感知できないのであれば、かなりの強敵だと思った方が良いだろうな。とにかく、リルブライトの倅が皆を生かしてくれたお陰で、我らは状況を理解し、次の手を打つことができるのだ。これは、無駄にできんぞ」
「そうですね。カイルの無事が気になるところですが、今は信じる他ないでしょう。とは言え、あの二人がこの場に現れないこと自体、カイルが生存していることを示していると思えますね。 …確信はありませんが」
王妃の言う二人とは、カイルの両親の事なのだが、今この場にいないと言う事は独自に動いているのだろう。
情報を仕入れに来ない当たり、カイルは無事である可能性が非常に高い。
どこかの国か地域で大規模な破壊や事件が起きていないと言う事は、あの二人が報復していないことを意味しているからだ。
「今後の動きについて、俺から提案があります」
沈黙が訪れる会議室で、皆が次にどうすべきか考えていると、ロイが決意のある目で手を上げる。
そして、提案として話したのが、ロイとセラーナがもう一度例の孤島へ行き、痕跡の確認と周辺国への聞き込みを行うと言うことだった。
そもそも、今回の襲撃には不審な点がいろいろあるのだが、その中でも一番の謎は、ドラゴンナイトを襲撃してきた理由だ。
そもそも、ドラゴンナイトの実力を知らなければ、あんな戦い方はできないはずで、むしろドラゴンナイトを相手にするために作戦を立てた上で、仕掛けてきたとしか思えないのだ。
そうでなければ、神の力を持つとされるセシルとセレンが真っ先に沈黙した理由に繋がらないし、それ以上にセシルとセレンを黙らせるほどの力があること自体、信じられない。
それほどまでに圧倒的な力を持つ集団が動いたのなら誰にも気付かれずに移動すること自体が不可能であり、何かしらの情報が入っていてもおかしくはない。
だから、可能性の問題だとしても、当時島に移動したのが誰なのかは分かるかも知れなかった。
また、セシルとセレンに至ってはまだ意識が戻っていないこともあるので、これまで通りベークライト王国のセシルの自室と、竜の国のセレンの自室で回復するまで療養してもらい、ディアとミリアにはマルテンサイト王国にあるカイルの実家へ行き、両親の所在を確認し、いれば今回の件について相談することを提案した。
これは、意識の戻っていないセシルとセレンを除いた四名で話した結果で、現時点では最善手だと思っている。
すると、少しの間沈黙していた国王がゆっくりと立ち上がると、会議室内にいる全員に聞こえるように決断を下した。
「皆、聞いてくれ。私はロイからの提案を採用すると決めた。我らは一刻も早く事の真相を解明し、ふざけた真似をしてくれた相手に然るべき一撃を喰らわせなければならない。それも、利子をたっぷりと付けてな。我らに手出ししたことを死ぬほど後悔させてやるのだ。 …竜王よ、セレンのことは頼んだぞ」
「ベークライト王よ。無論、セレンは我らの元で療養させるのだから、こちらのことは心配無用だ。それに、多少気になることもあるから、我らも独自に調査を行おう。情報は定期的に共有するし、仕返しをするときは声を掛けてやろう」
「うむ、助かる。ではロイよ、我らはお前たちからの提案を採用した。例の孤島までの船は冒険者ギルドで用意させよう。例の依頼書は完了の報告をしていない以上、依頼としては有効であるから向こうの冒険者ギルドと国への許可は必要ないだろう。向こうで自由に動けるよう、女王に書簡を持たせる」
そして、一通り国王からの話が終わると、続いて王妃から現時点でのセシルとセレンについて報告があった。
王妃の話では、セシルとセレンの魔法力は未だに枯渇した状態であり、一向に回復する兆しが見えないとのことだ。
だから、体の外傷が治ったとしても、ある程度の魔法力が回復しない限り意識は戻らないだろうと。
現状、セシルは城の自室で看病されており、セレンは竜の国で厳重な警備の中、ロジウムと竜王が自ら看病を行うと言うことなのだが、正直なところいつになれば回復するのかは王妃ですら分からないとのことだった。
セシルとセレンがそんな状況である以上、動ける自分たちが先頭に立って進めなければ、時間とともに証拠や痕跡がなくなってしまう。
ロイたちもやっと歩けるまでに回復してきたばかりなのだが、パーライト王国の孤島までは船で約一月ほど掛かるし、その前にパーライト王国で女王に書簡を渡し、町で聞き込みもしなければいけない。
その間、どれほど自分たちが回復するかは分からないが、今動かなければ取り返しの付かないことになってしまうという想いだけが、ずっとロイの心に圧し掛かっていた。
それはロイだけに限らず、セラーナもディアもミリアも同じ気持ちだろう。
唯一の懸念としては、今の体調のままでは移動中に魔物などに襲撃されれば命を落とすかも知れない、と言うところだろう。
すると、国王はロイの元へと歩み寄ると、上手く隠している不安を取り除くように肩に手を乗せる。
「なに、そんなに心配するな。お前たちの不安は私にだって分かる。未だにお前たちは満足に動けないだろう? そんな中で襲撃されればどんな結果になるかは火を見るよりも明らかだ。だから、これは私からお前たちへの提案だ」
国王からの提案とは、ディアとミリアはカイルの両親に合うためにマルテンサイト王国に行くのだが、行きの護衛としては冒険者ギルドのギルド長のニーアムが選別した特別部隊をマルテンサイト王国に入るまで随行させること。
また、マルテンサイト王国の冒険者ギルドにはカイルの両親が所属していた冒険者チームがあるので、そこでもカイルの家まで護衛をつけてもらえるように依頼することだった。
その内容にディアもミリアも安心したようで、国王に抱き付いてお礼を言っている。
次に、ロイたちについてだが、国王は話をする前にちらりと会議室の入り口へ視線を向けると、扉の方に向かって声を掛けた。
「いつまでもそんなところにいないで、中に入ってくるのだ」
すると、少しの間を置いて会議室の扉がゆっくりと開き、一人の侍女が中に入ってきた。
それは、服装こそ侍女のものなのだが、姿形は十歳くらいの少女にしか見えない。
長い髪を後ろにまとめ、交差するように挿した二本の簪でそれを止めている。
その魔法銀を使った二本の簪の先端には、少女の心境を表すかのような少し固そうで、薄く蒼い小さな花を咲かせていた。
そして、驚くロイたちの側までくると、国王の前に跪く。
「ここではそのように振舞わなくてもよい。顔を上げてくれ」
その言葉に、少女は顔を上げて国王を見る。
そして、顔と目を動かさずに周囲の気配を探ってみるが、場の雰囲気としては最悪なものだと感じ取れた。
ここにいるすべての者に怒りと悲しみが入り乱れており、何とかギリギリで感情を押さえ込んでいるのが分かる。
「ほぅ? その娘も相当な実力者よの。我らが感付くギリギリの魔法力で周囲を探るか。で? ベークライト王よ、お主はその娘に何をさせようとしているのだ?」
「? 陛下? …私は今朝ほど、お暇をいただきたいとお話をさせていただきましたが?」
「うむ。そのことなんだがな… すまんがリムよ。今のベークライト王国はお前のように優秀な者を野に放つわけにはいかんのだ。 …許せ」
「!? …何故ですか? もちろん、私が納得できる理由を聞かせてくれますよね?」
ギリッと歯を喰いしばると、簪に咲いていた花が急激に真っ赤な刺々しいものに変わり、誰が見ても激しい怒りが溢れているのが分かる表情を作ると、リムは静かにベークライト王を睨む。
しかも、いつ飛び出してもおかしくないくらいに闘気が満ち溢れており、ベークライト王はもちろん、王妃や竜王ですら緊張に身を硬くしている。
それはまるで、自分が納得する返答でなければただでは済まさないと言った感じだ。
そんな一触即発の状況で、慎重に口を開いたのはベークライト国王だった。
「まぁ、落ち着け。何も、お前の意思を無視している訳ではない。まず、お前が最優先としているのはカイルの捜索なのだろう? なら、ロイたちと目的は同じだから、私たちが最大限に後押ししてやる。もちろん、お前の行動を制限するつもりも無いし、好きに動いて構わない。だから、ロイたちと一緒にカイルを探してくれ」
国王からの申し出に、自分の行動制限がされないことが確認できると、リムの闘気が徐々に収まっていき、国王たちの緊張も解かれていく。
ただ、リムは先ほどの言葉を受け、どうしても気になっていることがあった。
それは「なぜ自分なのか」だ。
控え目に見積もっても、自分以上に強い人間はこの国や竜の国にもいるはずなのに、どうして自分なのか。
それも、特別扱いした上でのことだ。
「…陛下。一つ教えてくれますか? …なぜ、私なのでしょうか?」
納得するため、リムがあえて言葉にすると、優しく笑みを浮かべた国王が隣にいる王妃に目配せをする。
王妃はゆっくりと立ち上がると、リムに布に包まれたものを手渡した。
首を傾げるリムが受け取ったものの布を解くと、そこに現れた二振りの剣に思わず驚きの声を出してしまう。
「こ、これは、カイル様の剣!! …でも、なぜ私に? これは、ひ、姫さまなのでは…?」
「リム。その剣は、カイルがロイに託したものです。貴女の言う通り、始めはセシルにと思っていたのですが、どうやら間違いだったようですね。この剣はまさに貴女を必要としています。だからこそ、貴女を引き留めることに決めたのです。カイルに師事した貴女だから、セシルを止めた事のある貴女だからこそ、私たちは貴女を信じていますよ」
リムの簪には、主の想いを映すかのように、色鮮やかな大輪の花を咲かせていた。
そして、リムの手に握られているカイルの剣も、それに呼応するかのように紅い刀身も色鮮やかに輝き出していた。
この剣は、竜族最高の鍛冶師であるシルバリオが、カイルのために打った特別なものと聞いているし、リムも何度か使わせてもらったことがある。
そもそも、竜の鉱石とは途方も無く長い時間を掛けて竜の遺体が特殊な鉱石に変化したものであり、その中でも更に希少な炎竜の鉱石が使われていて、主と認めた者以外が持つと紅く鮮やかな輝きが無くなり、力をも失うと言う代物だ。
そのような剣に認められていること以上に、カイルの剣を託してもらえたことが、何よりも嬉しかった。
だからこそ、国王の話を受けるべきだと判断する。
「陛下、王妃殿下。ご依頼の件は承知いたしました。私はロイたちと共に、パーライト王国へと赴き、カイル様の調査を行ってまいります」
「うむ。頼んだぞ」
「ふふ。貴女の場合、命に代えてもと言わない当たり、さすがと言うべきでしょうね」
「当然です。お互いに生きて再会することが目的ですから」
そう言ってリムは大きく頷くと、カイルの剣をしっかりと胸に抱き締め、必ず見付け出すと固く誓うのであった。