第3話 ルーニーの強さ
第3話 ルーニーの強さ
ゆったりと漂うように、真っ暗な闇の中に沈んでいた意識が、緩やかに浮上していくのが分かる。
そして、ずっと先に見える光の方へと向かって行き、次第に視界も明るさを取り戻していく。
だが、寝過ぎたときに感じる以上の瞼の重さに、頑張ってもなかなか目を開くことができないし、それ以上に体に力が入らない。
やがて、薄っすらと目を開けることができるようになると、目の前はぼやけていたが、見慣れた人たちの顔が並び、自分を心配そうに覗き込んでいるのだけは分かった。
「う… あぁ… こ、ここは…? それに… なぜ、皆が…?」
「おぉ、気が付いたか。安心しろ。ここはベークライト王国だ。いろいろと混乱しておるのだろう? 今はまだ休め」
ロイの耳に入る声はベークライト王国の国王の声だ。
自分の体が全く動かないのと、断続的に響くように走る全身への鈍痛に、即座に蘇ってくる記憶は、あの出来事が夢ではなく事実だったのだと文字通りに痛感させられる。
と言うことは、ロイが最後に見たあの光景もまた事実で、この場にはカイルの姿は無いのだろう。
国王たちもいろいろと聞きたいことがあるのだろうが、情けないことに満足に声すら上げられないようなこの体では、何もすることができない。
つまり、今の自分は目覚めたものの、何も伝えることすらできないただの役立たずなのだと、あまりの情けなさに思わず涙を流してしまう。
「ロイ。貴方たちは生きてこの城に戻って来てくれました。何があったのか、貴方としてはすぐにでも話したいのでしょうが、まずは回復に専念しなさい。大丈夫、何も気にすることはありません。だから、焦らずに今はしっかりと眠って体を休ませなさい」
今の声は王妃だろうか?
優しく目元を拭いてくれて、頭を撫でられる。
既に二十歳を超えているロイなのだが、子供のように優しくされるのはとても心地良い。
物心付く頃には母親がいなくなっていたロイにとって、セシリアの優しさが心に沁みる。
その心地良さに身を任せているうちに、また深い眠りに落ちていくのであった。
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「うむ。そうか… 分かった。良い調査だったぞ、ルーニー。ターナーも護衛の任、ご苦労だったな」
「はっ。女王陛下、ありがとうございます」
パーライト王国の玉座の間では、ルーニーとターナーが神託の巫女から聞いた内容と、自分たちの感じたことについて女王へ報告をしていた。
その内容としては大きく二つ。
一つ目は、戦の神アリアレイズの言葉が得られなくなったのは事実だが、神自体はその場にいると言うこと。
二つ目は、神託の巫女も今回の件に対し、自分の信仰心が足りないのではないかと反省し、己の心を律するために、禊を行っていたことを報告した。
女王もその報告を聞き、少し考えると玉座から立ち上がってその場にいる全員に向けて指示を飛ばした。
「皆、聞け! 戦の神アリアレイズ様のお言葉については、神託の巫女殿の取り組みもあることから、しばし静観することとする。ただし、神官は毎日の状況報告はもちろんのこと、変化があった時はどんなことでもすぐさま報告せよ。平時と同じに戻るまでは、警戒レベルを最大に引き上げたままだ。よいな!」
その言葉に、その場にいた者たちは全員跪いて女王の命令を受けた。
そして、その場は解散となり、玉座の間には女王とルーニー、ターナーと側近の数名だけが残ると、ルーニーとターナーは女王に一礼して席を外そうとしたが、それを女王によって止められた。
「ああ、ちょっと待てルーニー」
「? どうされましたか?」
何事があったかと思ったルーニーが女王に声を掛けると、女王は一人の侍女に視線を向ける。
すると、ルーニー元へ歩み寄った侍女は一枚の手紙を差し出した。
それを受け取ったルーニーが女王を見ると小さく頷いたので、その場で中身を確認するために封を切る。
中に入っていた手紙を読んでみると、それはパーライト王国の冒険者ギルドからのもので、王国内でも屈指の腕前を持つルーニーに対し、力を貸して欲しいと言う内容だった。
「? 陛下。これは私宛なのですが… 冒険者ギルドには既にカノン率いる『天雷』がいるのでは?」
「あぁ、うん。まぁ、そう… なんだがな…」
と、女王の反応はどうにも歯切れが悪い。
まるで、この案件をルーニーにやらせたがっているようにしか見えないのだ。
とは言え、冒険者ギルドからの手紙にはその内容は何一つ書かれておらず、ただ「力を貸して欲しい」としか書いてない。
「その反応… もしや、カノンが面倒がって私に押し付けていると?」
「いや、うーん… まぁ、当たらずも遠からずと言うところだ。実のところ、私もお前に頼みたかったのだ。それ踏まえての依頼と受け取って欲しいのだがな。どうだ?」
「姫殿下。陛下もそう仰っておりますし、まずは冒険者ギルドで話を聞いてから考えた方がよろしいのでは?」
「うーん… そうだな。陛下が私に頼みごとをすること自体が珍しいことだからな。カノンが何を面倒がっているのか分からないが、小言の一つでも言ってやるためにも話しくらいは聞いてやるとするか。では陛下、私たちはこれから冒険者ギルドへ行ってきます」
「うむ。すまんな」
二人は女王に礼をして玉座の間を出ると、出発の準備をするために一旦自室へと戻り、先ほどまで身に纏っていた白銀の鎧を外すと、冒険者風のレザーアーマーに前が大きく開いた長めのレザースカートを身に付け、最早ルーニーのトレードマークとなっている両手剣を背負い、同じような装備に着替えたターナーを連れて冒険者ギルドへと向かった。
王城から港方面へと向かう道の、ちょうど中間点くらいに建っている冒険者ギルドは、有事の際には防衛の拠点として使えるように造られている。
入り口の扉を開けて中に入ると中は冒険者で溢れかえっており、隣接する酒場と相まって町の中で感じる賑やかさとはまた違った喧騒のような賑やかさがあった。
二人はそんな中、冒険者たちを掻き分けて受付へと進むと、新人だろうかルーニーを知らない受付嬢が笑顔で迎えてくれた。
「いらっしゃいませ! 冒険者ギルドへようこそ! 本日はどのようなご用件でしょうか? 買取でしょうか? それとも、依頼の受諾でしょうか?」
「あぁ。すまないが、今日は別件で来たんだ。申し訳ないが、ギルド長を呼んでくれないか? ルーニーが来たと言えば分かるはずだからな」
「? は、はい…? 承知しました。少々お待ち下さい」
そう言って受付嬢は首を傾げながら奥へと向かったので、ルーニーたちはその間、酒場で待たせてもらうことにした。
とりあえず、文句を言ってくるだろうターナーを無視して酒を頼み、案の定テーブルの向かいで小言を言うターナーの口を塞ぐべく、幾つかのつまみを頼む。
未だに小言を言っているターナーの言葉を右から左へと聞き流しつつ、ルーニーはジョッキを煽りながら、冒険者ギルド内を注意深く観察していると、やけに負傷して戻ってくる冒険者が目に付くのと、魔物が増えて強くなっていると言う話が聞こえてきた。
「…なぁ、ターナー。そう言えば、私たちが神殿奥の森に入ったときも、魔物の数が多かったし、やけに強くなってるって話をしたよな?」
「え? えぇ、そうですね。確かに、魔物の数は思った以上に多かったですし、力も相当なものでしたが… 何か気になりましたか?」
「いや… 私の気のせいなら良いんだけどな。もしかすると、あの手紙に書かれてた依頼とは、それに関する調査とか… か? だとしたらあいつが面倒だと言うのも頷けるかもな」
「さすがはルーニー姫ですね。大筋で当たりですよ」
そう言いながら、ルーニーたちのテーブルに自分の飲み物を持って相席してきた男が、さも当然のように腰掛けて、テーブルにあるつまみをひょいと摘んで口に運ぶ。
その、良くも悪くも遠慮の無い男に、ルーニーが小さな溜め息を吐くと、男はターナーへ懐から取り出した一枚の手紙を差し出す。
それは、自国の姫へと直接物を手渡すような真似はせず、まずはお付きの者であるターナーへと渡すことで、その手紙が安全であることを証明するための行為だ。
それを承知しているターナーはその手紙を受け取ると、開いて中身に視線を落として内容を確認する。
そして、やっぱりと言った表情でルーニーに手紙を差し出そうとするが、それを止められた。
「いや、私は見なくても良い。お前の顔を見れば大体は想像できるからな。まったく… カノンもカノンだ。このようなことを面倒臭がっていたら、何のために冒険者になったのか分からんだろうが。国民のために働いてこそ王族の勤めじゃないのか?」
「まぁまぁ、ルーニー姫。カノン王子にも何かしらの事情があるのでしょう。彼らの冒険者パーティー『天雷』は、この国の最大戦力の一つですからね。このような地道な作業は苦手なんじゃないでしょうか?」
「ギルド長。それを言うのでしたら、姫殿下は国内最大戦力の頂点に立つお方ですよ? その方にカノン王子が苦手と言った、地道な作業をさせるのですか? 事と次第によっては、冒険者ギルドのギルド長であろうとも、私は容赦しませんよ?」
ターナーは、婚約者であるルーニーに対し無条件で絶対の信頼を置いている。
だからこそ、ルーニーを無下に扱うような輩には一切の容赦をしないと決めているし、事実容赦なんてしない。
このギルド長は、王族の王子が苦手だとしているものを、姫にやらせようとしているのだ。
そんな扱いをされるのが許せなくて、ついつい言葉にもトゲが付いてしまう。
ギルド長は、ターナーが勘違いしていることに気付くと、慌てて言葉を選び直した。
「あ? ああ、すまない。私の言い方が悪かった。訂正しよう。今回の案件はカノン王子のパーティーの他に、直接名指しでルーニー姫に力を貸して欲しいとカノン王子自身から打診があったのだよ。本来であれば、本人から直接話してもらえればこんなことにはならなかったのだがね」
つまり、カノンがギルド長にルーニーの力を借りたいと打診したのだと言うのだが、当の本人は現在別の依頼で出払っているため、ギルド長に手紙を書くように頼み、それが女王から渡されたあの手紙らしい。
しかも、カノンが現在対応している依頼もすぐに終わるから、ルーニーが来たら冒険者ギルドで待っていて欲しいとのことだった。
「そう言うことなら理解しました。姫殿下、本件は受諾でよろしいですか?」
「あぁ、そうだな。カノンの頼みとあれば、それこそ無下にはできないだろ? とは言え、あいつが来るまでずっと飲んでる訳にもいかないだろうし、かと言って暇を持て余すのもなぁ…」
「では姫殿下、地下の訓練場で稽古でもしますか?」
「おっ? お前から誘ってくるとは珍しいじゃないか。 …さては、私のご機嫌取りだなぁ?」
その言葉に、何も言い返せなくなったターナーを嬉しそうに眺め、ルーニーはギルド長に一言断りを入れると、二人で地下の訓練場へと向かうことにした。
受付に隣接する酒場を通り過ぎ、奥にある扉を開くと、その先にはやや長めの通路があり、そこを抜ければ開けた円形の場所に出る。
そこが冒険者ギルドの訓練場であり、その中央付近は一段上がった円形状のステージになっていて、それを囲むように客席が並んでいる。
ここは闘技場としても使えるし、数十人規模での訓練もできるほどの広い場所だ。
今も、数人がステージ上で訓練を行っているので、ルーニーとターナーは外れの方の空きスペースを使おうと歩いていると、不意に殺気を感じ、ルーニーとターナーは反射的に左右に分かれて警戒する。
「ルーニー!」
「分かっている! ターナー! 向こうはやる気満々だ! 気を抜くなよ!」
お互いに剣を抜いて襲撃に備えると、ちょうど二人の中間点にいて訓練をしていた二人組がルーニーに向けて襲い掛かり、更に正面からも新たな二人組がルーニーとターナーへと向かってきている。
上手く分断されてしまった二人だが、そんなことを構うことなど無く、それぞれが自分に向かってくる敵を相手取る。
ルーニーの相手は、小さい子供のような姿をした魔法使いと、やや長めの片刃の剣を持った大男だ。
更に、正面から二人組が突撃してくるが、こちらはまだ距離があるため後回しにする。
まずは、魔法使いが遠距離からの魔法攻撃でルーニーを牽制すると、大男がその見た目に似合わない速度で斬り込んで来る。
だが、ルーニーは特に気に掛けることも無く、突進してくる大男の剣を紙一重でかわすと、自分も走り出してすれ違いざまに剣の柄を大男の腹部に叩き込んで吹き飛ばす。
自分の背後で転がる大男に視線を送ることも無く、次は目の前の魔法使いを目掛けて一気に加速すると、自分が狙われていると知るや慌て始める魔法使いの頭部に軽く手刀を入れた。
「いったぁーーーーい! ルー姉さまは加減と言うものを知らないんですかぁ?」
「ははっ! だから、何度も言っているだろう? チェルシー、お前は魔法を撃った直後に隙ができるのだ。そこを意識して今後の訓練に臨めばいいさ。それよりも、あっちで転がってるガルマールを回復してやってくれ」
「うぅ…」
涙目になって頭を摩るチェルシーがルーニーに訴えるも、ルーニーに頭をポンポンと叩かれながらガルマールの治療を頼むと言われる。
ルーニーはすかさずその場から離れるとターナーの援護に向かった。
気付かない内にかなりの距離で引き離されていたが、交戦中のターナーを救うべく、ルーニーは飛び出すように駆け出すと、ターナーの戦闘エリアへと飛び込んでいく。
「にゃっ!! もう、ルー姉さまが来てしまったにゃっ!! もう間に合わないぞっ!!」
「なにぃっ!? ちっ! 仕方ねぇ! 目標変更だ! いくぜっ!!」
ルーニーとターナーのそれぞれに向かっていた別の二人組は、一人はターナーと交戦中だったのだが、初めの二人組があっと言う間にルーニーに倒されてしまった。
ルーニーを相手に戦力を割くことはできないと判断すると、ターナーとの交戦相手はターナーを蹴り飛ばすと、もう一人と共に相手をルーニーのみに変えて突進してくる。
「ターナー! ちゃんと受け身を取るのだぞ!」
「は、はいっ!!」
蹴り飛ばされながらもルーニーの言葉に返答すると、ゴロゴロとターナーが奥の方へと転がっていく。
そして、ルーニーに向かってくるこの二人は共にアタッカーらしく、一人は両手に一振りずつ騎士剣を握る男で、もう一人は光る刀身の剣を握るエルフの女だ。
先に駆けて来た騎士剣の男がルーニーの足止めをしていると、その隙を突くようにエルフの女が攻撃を仕掛けてくる。
しかし、ルーニーは二本の騎士剣から巧みに繰り出される攻撃と、エルフの女からの手数の多い攻撃を上手くかわしながら、一瞬の内に男の間合いに入り込むと、その胸元を足蹴にして男を蹴り飛ばす。
そこから振り向きざまに、エルフの女の剣を勢い良く弾き、腕を伸ばして胸倉を掴むとそのまま突進してエルフの女を壁に激突させる。
あまりの衝撃に一瞬意識が飛び掛けるが、ハッとして目を開くと、ルーニーの剣がエルフの女の首元に当てられていた。
「さぁて、アルテリオも蹴り飛ばしてやったし、これでお終いだな? バイオレット。まぁ、前に比べればそれなりの形になってるが、もっと連携を繋げられれば、攻撃の手数も増えていくと思うぞ? だから、今以上に仲間との連携訓練をした方が良いな」
「ま、前向きに検討しますにゃ…」
「いやぁ、さすがはルー姉だな。っつーか、前よりも強くなってんじゃねぇか? 最早、俺たち天雷のメンバー程度じゃあ歯も立たねぇか。ったく、例のベークライト王国のお姫さんといろいろ研究してるっつー成果なんだろ?」
「まぁ、そう言うことだな、カノン。でもな、そのベークライト王国の姫は私なんかよりも遥かに強いぞ? なにせ、バケモノだと思ったくらいだからな。私など秒ももたんわ。わはははは!」
「はぁ… そっちは既に人間やめてんじゃねぇの? ルー姉が秒ももたねぇなんてな… 悪ぃが俺はその話を信じたくねぇし、その姫さんとは対峙もしたくねぇな」
エルフの女に当てていた剣を戻しながら、入り口の方から聞こえてきた声の方に向き直ると、そこには金髪のエルフの女性と、見た目が十歳くらいの男の子が立っていた。
やけに自身有りげなカノンだったが、嬉しそうにセシルの話をするルーニーに心底ウンザリし、もう勘弁して欲しいと言う表情になる。
だが、カノンとしてはルーニーの強さには強い憧れがあり、その力を目の当たりにした自分も同じように強くなりたいと考えていた。
だから、ルーニーとこんな訓練場にいれば、敵わないと知りつつも、挑みたくなるのは仕方の無いことだろう。
「さぁて、久し振りに姉弟対決でもしねぇか? そのバケモンだって言うベークライトの姫さまと編み出した能力とやらを、ぜひとも拝見させていただきてぇなぁ」
「お? なんだ、見たいのか? よし、良いだろう。ならば、セレスティーナ。お前も一緒に相手してやるぞ?」
「それでは、お言葉に甘えてルー姉さまの胸をお借りします」
そして、なぜか人払いされている訓練場のほぼ中央で対峙すると、カノンとセレスティーナが抜刀して、ルーニーに向かって一気に飛び込んできた。
二人は左右に分かれると、ルーニーを挟んだ状態で攻撃を仕掛け始め、持ち味の速度を活かした連続攻撃をしてくるが、ルーニーは両手剣を巧みに使って二人の攻撃を受け流している。
二人ともショートソードの双剣使いで、パーティー内での連携も一番良い。
そもそも、カノンとセレスティーナも婚約者同士でもあるため、優れた連携が取れるのも当り前かと思ったが、ルーニーのパートナーであるターナーには、残念ながらここまでの戦力はまだ無い。
今も、蹴り飛ばされた先で体を起こしてルーニーの戦っている姿を見ているのでが、これは明らかに実戦経験の違いであり、ターナーは幼い頃からルーニーの婚約者として王女の補佐のための勉強や、執事としての教育を受けてきたため、セレスティーナのような冒険者としての実績は、ほとんどと言っていいほど無い。
むしろ、ターナーは戦闘よりも事務方の教育に重きを置いている。
また、セレスティーナはエルフでありながらも、ルーニー並の戦闘力を持っているため、女王もカノンとの婚約者として二つ返事で了承したくらいの実力者でもある。
カノンの冒険者パーティーである「天雷」は、カノンとセレスティーナが攻撃の主軸となり、ガルマール、チェルシー、アルテリオ、バイオレットは状況に応じてカノンからの指示を受け、戦闘をより効率的に進めるように動いている。
この主軸とも言える二人からの途切れることの無い鋭い攻撃に、ルーニーも受けるので手一杯に見えるが、この程度の攻撃でこの国最強と言われる姉を止められるとは思っていない。
だが、押せるところは確実に押し通す。
その想いだけで剣を振るっていると、突如ルーニーの動きと雰囲気が変わり、片手で握る両手剣でカノンの剣を一本弾くと、手を伸ばしてもう一本を無造作に手ごと掴む。
「なっ? う、嘘だろっ!!!」
そして、カノンが攻撃してきた勢いをそのままに、セレスティーナに向かって投げ飛ばす。
当然、セレスティーナはカノンを受け止めるのだが、それがいけなかった。
パーライト王国の女であれば、戦いの最中に攻撃を止めて誰かの命を救うことなどしない。
そうするよりも、目の前の敵を倒すことで、誰かを傷付けることを防げば良いからだ。
ルーニーは凄まじいまでの殺気を放ちつつ、両手剣を片手に握ったままカノンとセレスティーナに向かって突進するのだが、ただ突進するだけではない。
バケモノと揶揄される親友と編み出した力を見せてやると言ったのだ。
ならば、存分に見せてやろうではないか。
そして、ルーニーは闘気を全身に纏うと、大きな声でそれを口にした。
「さぁ! とくと見ろっ!! これがその力だっ!! スタイルチェンジ! クリムゾンナイトっ!!」
すると、ルーニーの辺りには紅い球体が幾つも浮遊し始めたかと思うと、それらはルーニーの体に当たって鎧化していき、あっと言う間にルーニーの全身が真紅の鎧に包まれる。
背には純白のマントを翻しており、手元にある真紅の球体に手を突っ込み、まるで血のように鮮やかな紅色の刀身をした両手剣をそこから引き抜くと、それを大きく振り被る。
カノンを抱きとめたままのセレスティーナの目に映るのは、真紅の鎧に身を包んだ騎士が、殺す気満々の殺気を纏い、真紅の剣を構えて自分たちに向かい飛び込んでくるところだった。
魂が一気に縮み上がるような感覚に囚われるセレスティーナは、咄嗟に身を挺してカノンを庇う。
そのセレスティーナの首元ギリギリに真紅の剣が振り下ろされた。
「…セレスティーナ、お前の負けだ。これが戦場だったら命を無くしていたぞ。カノンを助けたい気持ちは理解するが、お前が死んだらカノンが悲しむ。パーライト王国の女ならば、やられる前にやる方法をもっと考えた方が良いぞ」
「はぁー…っ はぁー…っ わ、私… まだ… 生きてる…」
「大丈夫だ、セレス。もう、大丈夫だ。落ち着いてくれ…」
ルーニーにアドバイスされるも、セレスティーナは確実に首を落とされると思ってしまったのだろう。
未だに大粒の汗を流し、涙を溜めてガタガタと震えているところを見ると、まだ恐怖から立ち直れていないようだ。
さすがにカノンの婚約者をルーニーが斬るはずも無いのだが、セレスティーナでさえ錯覚してしまうほどに真に迫った戦闘だったと言えた。
そのセレスティーナを落ち着かせるように、カノンが優しく抱きしめている。
「ん? さすがにやり過ぎたか? すまなかったな」
「いや、俺たちも悪ふざけが過ぎたらしい。ここんとこ俺たちは負け無しの戦いしかなかったからな。メンバーにも良い薬になったと思うぜ」
「まぁ、姫殿下がやり過ぎたせいでセレスティーナ殿が自信を失わなければいいのですが…」
「何を言う。セレスティーナはエルフではあるが、れっきとしたパーライト王国の女だぞ? 明日には今日の負けを取り戻すぐらいの勢いで魔物狩りでもやってるさ。それくらいじゃなければカノンの相手には相応しくない。そうだろう?」
カノンに抱き締められながらも、未だに震えの止まらないセレスティーナを見てターナーが心配するも、ルーニーが呆れたようにその心配を否定してしまうと、カノンはもう引くしかない。
やがて、天雷のメンバーもダメージから回復して集まってきたので、ルーニーたちは冒険者ギルドの会議室を借りて話をすることにした。
「なにぃ!? 未登録の洞窟を見付けただとぉ!?」
人払いした会議室で、カノンからの話にルーニーが喰らい付くように反応してしまい、ターナーは後ろに控えながらも、やれやれと首を振ってしまうのであった。