第2話 有り得ない事実
第2話 有り得ない事実
リルブライト大陸の西に位置するベークライト王国。
小さな国として存在するが、実際には自他共に認める最強の冒険者パーティーを擁する国でもある。
とは言え、この国の王が好戦的と言う訳ではなく、自分の一人娘である姫がとある神の策略に嵌り、それを解決するに至った結果がそうなっただけのことで、今でもこの国はのんびりとした平和な日常を送っている。
だが、今はその王城の一室では何人もの医療関係者が走り回り、まるで戦場の最前線に設営された野戦病院のように辺り一面に夥しい量の血痕が飛び散った室内には、数人の男女がベッドの代わりに幾つかのテーブルに寝かされ、激しい怒号が飛び交う中、慌ただしく治療が行われている。
この瀕死の状態になっている冒険者風の数人の男女は、いわゆる怨恨によるものかも知れないが、完膚なきまま徹底的に攻撃されたのだろう。
未だに出血が続いており、体のいたるところには剣による裂傷と拳で殴打された打撲痕があり、外傷だけでなく内臓にも大きな損傷を受けている。
さらに、魔術によるものと思われる猛毒と呪いに犯された上、凍傷・火傷などのありとあらゆる状態異常が発症している酷い状態で、辛うじて命が繋がっているだけだった。
手の施しようも無いと言うのはこのような状態を指すのだろうと、治療に当たっている全員が感じていたのだが、絶対に死なせることができない理由もあった。
それは、彼らがこのベークライト王国最強とも呼ばれる冒険者パーティーであり、メンバーには自国の姫や竜王の孫などがいるからでもある。
無論、国王と竜王からも絶対に死なせるなと厳命されており、彼らの死は医療関係者全員の死にもつながっているのだった。
そのため、彼らを治療する者たちは精鋭が選ばれ、更には竜の国からも数人があてがわれていた。
国王は竜王と共に会議室にいるのだが、状態が気になり過ぎてどうにも落ち着かない。
気ばかりが焦り、感情が爆発してしまいそうになるのを何とか堪えていると、疲れ切った表情を浮かべた王妃が部屋に入ってきた。
「セシリア! セシルは…! 他の皆の様子はどうだ!?」
「セレンは無事なのか!?」
「お二人とも、少し落ち着いて下さい。これでは話をしようにも…」
「「これが落ち着いていられるかっ!!」」
「黙れと言っているのだっ!!!」
殺気を纏った王妃の怒鳴り声に、思わず国王と竜王が動きを止める。
王妃自らも治療を行い、ほとんど寝ずに二日ほど治療と回復魔法を使い続けていたのだ。
いくら元々が竜族に甚大な被害を及ぼした邪竜だったとは言え、膨大な魔法力にも限界はあり、王妃自身も休まなければ回復はしない。
やっと状況が落ち着いてきたので、体を休める前に不安で押し潰されそうになっているであろう二人に現状を伝えに来たというのに、矢継ぎ早に問い掛けられ、落ち着くように言っても言うことを聞かない二人に対し、大人気なく声を張ってしまった。
王妃は「ふぅ」と小さな溜め息を吐くと、二人にこれ以上騒ぐなと睨んでから静かに口を開いた。
「いいですか? まず、全員命は繋ぎとめました」
その言葉を聞いて、国王と竜王が安堵の表情を浮かべるが、話をした王妃の顔は厳しいままだ。
二人は顔を見合わせると、再び王妃の方を向いてその先を促す。
「そして、今の状況ですが…」
そう言って、各自の状況を説明する。
自国の姫であるセシルと竜王の孫であるセレン、魔族ではあるがパーティーメンバーのディアとミリア、元々はオーステナイト王国の王子であるロイとその侍女のセラーナの六名は意識不明の重体。
そして、セシルとセレンだけは体内の魔法力が完全に枯渇していて、回復する様子が一切見られておらず、生命の活動限界のところで何とか生きているような状況だ。
他の四名も、外傷こそ酷いものだったが魔法力が循環し始めているので、回復の兆しは見えているが、ダメージが大きいだけに多少時間は掛かるだろうが復帰することはできるだろう。
と言う内容だった。
「ん? 待て。これで終わりか? カイルはどこにいるのだ?」
「む? リルブライトの倅がおらんのか? それはどういう…」
「…」
国王と竜王の疑問に、王妃が俯いてしまう。
名前の挙がったカイルはセシルの婚約者であり、リルブライト王の息子でもある。
そして、この最強と言われる冒険者パーティー『ドラゴンナイト』のチームリーダーであり、責任感の強さは誰もが知るところだ。
そして、戦闘における強さも相当なもので、誰よりも先に命を落とすような者でないことも知っているし、カイルを手に掛けることができる者はこの大陸にはいないだろうとも思っていた。
だが、そのカイルの姿が無いと言うのだ。
黙り込み、俯いてしまった王妃を見て、国王と竜王が信じられないと言った表情になる。
「…正直なところ、最初の状況を見て、皆助からないのではないかと思いました。それほどまでに辺りに飛び散った血の量が激しかったからです。でも、実際に治療を始めてみると、受けた傷以上の血の量だと気付きました。そして、他のみんなにも同じ血が付着していまたのです…」
「ま、まさか… その血を流した者とは…」
「…リルブライトの倅か」
竜王の言葉に、静かに頷く王妃。
人一人が流して良い量ではないほどの血を流していて、それが他の六人にも付着している。
そこから考えられるシナリオとしては、カイルが全員を庇いつつ、旅の扉に押し込んでベークライト王国に帰還させた。
自分だけは最後までその場に残って…。
「カイルの無事は私にも分かりません… ただ、治療をしていて感じたことなのですが、あれほどまでの攻撃をすると言うことは、間違いなく怨恨によるものでしょう。しかも、もの凄く深く、鋭く、はっきりとした殺意をもっていて、徹底的に潰しに掛かったのだと思います」
「…そうか。分かった。まずは、誰かの意識が戻るまでは、城の警戒レベルを最大まで引き上げるとしよう。セシリアも疲れただろう、今はゆっくり休んでくれ」
「無論、我らも力を貸そう。そう思って竜騎兵を待機させておる。その時は遠慮なく言ってくれ」
仮に、敵がドラゴンナイトのメンバーが生きていることを知れば、ベークライト王国に攻め込んで来るかも知れない。
それを見越し、城の警戒レベルを最大に引き上げるのは正しい判断だろう。
王妃は二人に一礼をして部屋を出ると、竜王は旅の扉を開き、セレンの受け入れ態勢を整えてくると言い残し、竜の国へと戻って行った。
会議室に一人残った国王は、椅子に深く腰掛けると、背もたれに体重を預けて天井を仰ぐ。
「…ドラゴンナイトが壊滅状態。それにしても、あのセシルたちがあれほどまでの恨みを買うとは… そんなこと、有り得るのか? 一体、何が起きていると言うのだ…」
そう呟き、深い溜め息と共に目を閉じるのであった。
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ベークライト王国の城が騒然とする数時間前の出来事。
「おーーーい! こっちだーーー!」
鬱蒼とした森の中を歩くこと数時間。
先行していたロイが大きく手を振り、皆を呼ぶ声が聞こえてくる。
カイルたちドラゴンナイトのメンバーは、ベークライト王国の冒険者ギルドから指定依頼を受けて、パーライト王国の近くにある孤島に来ていた。
その内容とは「島内の異常調査」だ。
信じられないことに、これは個人による依頼で、大雑把過ぎる依頼内容に加え、依頼を終えるまでに掛かる予定の日数を考えると、提示された依頼料では完全に足が出る。
さすがに慈善事業をしている訳でも無いし、パーティー全員で行くほどのものでもない。
冒険者ギルドのギルド長であるニーアムですら、この程度の内容でわざわざドラゴンナイトを指名して依頼する理由が分からず、逆にドラゴンナイトを狙った罠かも知れないから、気乗りしないなら断ってくれても構わないと言っていた。
当然、カイルとセシルはその依頼を断ろうとしていたのだが、たまには旅行がてら他の国にも行ってみたいと他のメンバーからも強く希望されたため、仕方無しにその依頼を受けることに決めたのだ。
目的地は孤島であり、パーライト王国へは船を使った方が早いため、ドラゴンナイトの所持する船を出すことにした。
海路としては大陸を回り込むのではなく、ベークライト王国からフェライト王国の南端を通り、パーライト王国を目指すルートの方が期間も短くて済む。
問題があるとすれば、陸沿いに進む訳ではないため海賊の襲来が予想されるが、ドラゴンナイトの紋章が入った帆を見れば、まともな海賊なら絶対に襲い掛かって来ない。
実に平和な海路を一ヶ月ほど進み、パーライト王国の冒険者ギルドに立ち寄って依頼の件について話を通し、無事に上陸の許可を貰った。
その日は港町で一泊し、翌日に孤島へと出発すると半日ほどで例の孤島に到着した。
「へぇ、ここが調査依頼の孤島かぁ… って、本当に何も無いのね」
「まさか、港すら無いとは思ってもみなかったの」
「ほらほら、さっさと下船して調査を済ませますわよ」
「はーい」
孤島に到着したのは良いが、船を停泊させられるような港が見当たらず、島を一周してみたがそれらしいものは無かった。
仕方無く、船を係留できそうなところを探し当て、ミリアが船を接岸させると、ディアが島を見てガッカリしたような表情をする。
それを横目で見ながら、ミリアが係留するためのロープの準備をしていると、セシルが腰に手を当てて早く下船するように促す。
長過ぎる船旅に飽きたセシルをこれ以上刺激しないように、セレンが手を上げて返事をすると、カイルとロイが大きな荷物を背負って下船の準備をする。
そして、全員が下船してからセラーナが船に隠蔽魔法を掛けると、まずは作戦会議を行うべく、適当な場所に集まって円陣を組む。
「さて、と。早速始めるか。ロイ、頼む」
「ああ。 …そうだな。まず、島の周囲は木々で遮られていて内陸までは見えない。島の外周を回った時は数時間を要したが、島内であれば一周するのにさほど時間は掛からないだろう。それよりも、日が傾き始めてるから、拠点作りの方が先決だな」
「では、二手に分かれた方が効率的でしょう。拠点作りのチームと簡単な周囲の探索チームですね」
「そうだね。セラーナの言う、探索チームは周囲の警戒と先行偵察かな? 本格的な調査は明日だから、今の段階ではディアとミリアが適任でしょ」
「セレンの言う通りなの。往復で1時間くらいの距離なら、私とディアで問題無いの」
「じゃあ、カイルとセシル、ロイとセラーナは拠点作りで良いわね」
「構いませんわ。では、セレンにはこの島の魔法力を調査していただきますわ」
「構いませんわ。 …って、ゴメン! 剣の柄に手を掛けないで!!」
「よし。決まったな。じゃあ動こう」
最後にセレンがちょっとした悪ふざけをしたのだが、セシルに睨まれてしまった。
そんないつものやり取りの後、カイルの掛け声で全員が頷く。
こうして、一旦全員で拠点に出来そうな小高い地形の場所まで移動すると、先ほど決めた内容でそれぞれが動き出す。
ロイとセラーナは簡易的な天幕を建て始め、カイルとセシルは食料の調達、ディアとミリアは拠点を中心とした周囲の警戒と探索、セレンはなにやらブツブツと言いながら辺りをうろうろと歩き回っていた。
やがて、天幕が完成して食事の用意も終わると、ディアとミリア、セレンがお腹を空かせて戻ってくる。
そして、全員で食事をしながら情報の共有を行う。
「えーっと、ここを中心とした周囲の調査をしてきたんだけど、特に異常は見当たらなかったわね。ただの鬱蒼とした森で、獣は少なからずいるみたいだけど、魔物は見なかったわ」
「それよりも、数年レベルで手付かずの状態だから、道も無いし木の根で歩き難かったの。獣は野生化したままだから、人が定住していることは無いと思うの」
そう言った二人の話を聞くに、この島はここ数年間、誰も訪れていないらしい。
港も無いのであれば島に上陸する者も少ないだろうし、ここに来る海路でも漁船すら見なかった。
「次は俺たちか。まぁ、見て分かるようにいつもの天幕を三張建てた。割り振りは、ディアとミリアの姉妹、俺たち、あとは余りだな」
「随分と、私たちの扱いが雑なように聞こえますわね?」
「ち、ちょっと… 私をセシルとカイルの間に入れるっての!? 冗談じゃないわよ?」
「はいはい。天幕を張った者の意見が最優先されますから、文句は絶対に受け付けません。セレンは諦めてください。 …さて、ここを中心に、天幕を覆うように結界を張りました。これで寝ずの番も必要ありません。みなさん、ゆっくりと休んでください」
「えー… 私が一番休めないじゃない…」
セラーナの言う「寝ずの番は必要ない」と言う内容に、セレンが盛大に肩を落とし、男二人は心の中でガッツポーズをした。
確かに、このような屋外で見張りも立てずに休むなど、通常は有り得ないことだ。
夜盗にしても、暗闇に紛れて襲い掛かってくるのは常識のことだし、魔獣にしても同じことが言える。
だから普通は寝ずの番を立てるのだが、ドラゴンナイトのように女性の方が多いと、必然的に男性だけで寝ずの番を行う。
この場合、カイルとロイがそれに当てはまり、いつもの依頼であればこの男二人が寝ずの番を行う。
だけど、今回はどちらかと言えばプチ旅行にも近いものであるため、寝ずの番をするまでもないだろうと判断したセラーナが気を利かせてくれたのだ。
しかも、セラーナの結界には隠蔽の効果もあるため、辺りからは見えなくなって敵には絶対に見付からないのだが、毎回これをすると男連中にサボり癖が付いてしまうため、真面目なセラーナは滅多にこの結界を張らないのだった。
「後は食料だが、果物みたいなのは発見できなかったけど、近くに流れの良い川があった。もちろん、水質も問題は無く魚もいたから水と魚は確保できる」
「その他には獣が獲れますわ。鳥から四足までいましたけど、絶対数が足りないような気がしますの。見た目ほどこの島は広くないのかも知れませんわね」
陸地にいる獣の類の数が少ないということは、活動できる面積が少ないことを指している。
つまり、現状の数から極端に減らしてしまうと、食物連鎖のバランスを崩してしまうのだろう。
海から見た様子では、そんなに狭い感じはしなかったが、実際には違っているのかも知れない。
そんな疑問を抱きながら、最後にカイルがセレンに視線を送る。
「はぁ… 私の安眠は確保されないのね… で、カイルの疑問は当然だと思うけど、この島に対して魔法力としてみた場合、特に異常はみられなかったわよ? 乱れも淀みも無いし、永続的に展開されている陣も無いみたいね。つまり、魔法力による隠蔽は無い。ってのが私からの意見よ」
「よし。これで全員の話を聞いたが、現状として拠点エリアとその周辺における異常は無い、と言うところか。じゃあ、明日は全員で展開しよう。今日はゆっくりと休んでくれ」
そのカイルの言葉で夕食はお開きとなり、翌日から島全体を活動範囲として依頼の内容である異常調査を開始した。
島の内陸は予想通りに狭く、ものの数時間で一周できてしまうほどだったが、ただの無人島なのかと思っていたらロイが廃教会を見付けたのだった。
と言っても、廃教会と言うだけあって建物もボロボロになっており、天井もところどころ崩れ落ちているような状況だ。
しかも、内部には女神像があるだけでそれ以外に目立ったものはない。
魔法力調査をしても何の反応も無く、ただの廃教会と判定し、簡単な調査以外はする必要が無いと判断したのだった。
そんな廃教会以外には何もなく、二日確認しても当然の事ながら何の異常も見受けられなかったため、これ以上の調査も無駄だと判断したカイルたちは今日で調査を打ち切りにして、明日の朝にベークライト王国へ帰還することにした。
そして、三日目の午後過ぎには完全に調査を終え、全員が拠点に集合する。
「結局、島内はおろか岸壁も調査したけど何も無かった、って事でしょ? なんだか、依頼主に騙されているような感じがするんだけど?」
「何かしらの意図があったにせよ、怪しい所も危険な所も無かったわ」
「結果として、島全体の調査は終えたの。だから『異常は無かった』と言うのが解なの」
「確かにな。じゃあ、後は自由行動で良いんだろ? なぁ、みんな。例の廃教会に行ってみないか?」
「何だか、ロイが言うと怪しさが増しますわね。目的は何ですの?」
「まぁ、そう言うなよ。廃教会なんて珍しいだろ? すぐ近くだし良いじゃないか」
国へ戻ることを決めた後も、今回の依頼内容に納得できないとセレンが鼻息を荒くしていたが、ディアとミリアに諭されたような感じになったところでロイが声を掛けてきた。
例の廃教会に行きたいと言うので、全員で目的地に向かうことにする。
その廃教会は島の北の端にあり、さっきまで鬱蒼としていた木々がその場所だけぽっかりと穴が空いたように無くなっていて、柔らかな日差しが優しくその場所を照らしている。
その光景に、思わず見惚れてしまいそうなその場所の中心には、朽ちた小さめの教会のようなものが建っており、近付いてみると屋根は半分以上落ちていたが、祀られていたと思われる三体の女神像が立っていた。
「改めて見てみると… ほわぁーーー… 凄いねぇ… これは壮観だわ」
「そうだろ? ここを思い出した瞬間、俺はビビッと来たね」
「何がだよ?」
「カイルとセシルの結婚式の練習に良いのでは、とロイ様と話しておりました」
「あぁーーっ! それ良いねぇ!」
確かに、建物自体は朽ちていて、三体の女神像もそれなりの汚れと多少の損壊は見られるものの、まるで魂でも宿っているかのような三体の女神像を見ていると、ここで結婚式をしても不自然ではないと思ってしまう。
それほどまでに見事な像だった。
「おいおい! いきなり何を言い出すんだよ!」
「何って、別にいいじゃん。ほぼほぼ遊びに来たようなもんだし?」
「セシルだって、ねぇ… 予行演習したいって思うはずよ!」
「貴女たち… そ、それほどまでに言うなら、やってあげなくもありませんわよ?」
突然の話にカイルが断ろうとしても、ディアとセシルはすっかりやる気になっていて、当のセシルはと言うと、やや上擦った声でまんざらでも無い表情だ。
そんなセシルの真っ赤な顔を見て、カイルも反対を押し切ることができず、最終的にはロイの話に乗り、結局は結婚式の練習をする羽目になってしまった。
元気良く手を上げて司祭を買って出たセレンの言葉に従い、他のメンバーを招待客として、カイルとセシルの結婚式は進んでいき、いよいよ指輪の交換となった。
「式の当日は、私が丹精込めて作りだしたセレン特性のリングを用意するわよ? もちろん、おじいちゃんたちと念には念を入れてルーン魔法も組み込んである代物なんだから」
「何なの? 念には念を入れるルーン魔法がすごく気になるの」
「はははっ、セレンっぽくて良いじゃないか」
「完全な浮気防止でしょうね」
「いやー、もしかしたら超強力な滋養強壮のルーン魔法かもね」
言いたい放題だが、二人の幸せのためにみんなが笑顔で喜んでくれる。
こんな幸せなことは無いだろう。
セシルはこれまでに無いほどの満面の笑みを浮かべ、カイルが指輪を嵌める仕草を行う。
二人は本当に嬉しそうで、見ているこっちも幸せになってしまうこの空気が心地良く、二人が顔を見合わせて微笑んだその瞬間、辺りが一瞬にして暗闇に包まれた。
「セレンっ!」
「カイル! これ、魔法じゃないよっ!」
「ごほっ ごほっ こ、これは魔素なの!」
「それも、超濃密なヤツよ! 難しいけど、出来る限り吸わないで!」
「しかも、闇の精霊も混じっているため、周囲の気配が侵食され、感覚が遮断されます!」
「空間認識が狂い始めましたわ!」
「ちっ!! 来るぞっ!!」
一瞬にして臨戦態勢になるも、そこからは一方的だった。
仮にも、ドラゴンナイトはベークライト王国を始めとして、リルブライト大陸の中での知名度は高い。
高難易度の依頼であろうとも失敗したことは無く、間違いなく冒険者ギルドの中でもトップの実績であり信頼も厚かった。
そのドラゴンナイトのメンバーが、漆黒の暗闇に覆われた空間の中で、成す術も無く蹂躙されているのだ。
こんなことは有り得ない。
しかも、相手の正体はおろか何人いるのかも分からないし、声も出さないために性別すら不明だ。
ただ分かっていることは、時を追う毎にカイルたちの命は確実に削られてしまっていることだった。
すでに他のメンバーの声すらも聞こえなくなっているし、自分の声も上げられるような状況じゃない。
もう、どれくらい斬撃を受けたのか、どれほど殴られたのか、幾つの魔法を喰らったのか、それすらも分からなくなってしまっているほどに、全ての感覚がボロボロになっていた。
全身を塗らすのは自分の血だろうか。
意識は遠退いていくのに、体だけは倒れずにいるのは、闇の精霊が影響しているためだろう。
薄れていく意識の中、ロイがもうダメだと思ったその瞬間、何かが全身に噴き掛かるのと同時に勢い良く突き飛ばされた。
そして、何かをくぐったと感じたロイの掠れていく視界に移ったのは、ここは見慣れた部屋であることと、ロイを突き飛ばした体勢のまま、全身が血に塗れたカイルの姿だった。
ハッとしたロイがカイルに向かって叫ぼうとしたその時、部屋に設置されていた旅の扉が粉々に砕け散ってしまった。
全ての感覚がおかしくなり、意識を失いそうになりながらも何とか堪えて辺りを見ると、カイル以外のドラゴンナイトのメンバーが倒れているのが見えた。
(くそっ! あいつ、俺たちを助けるために自分を犠牲にしやがった…)
やがて、ロイも意識を保てなくなってしまい、急いでカイルの元に向かわなければと思いつつも、その場で意識を手放してしまった。
それから、城の異変に気付いた侍女によって、すぐにロイたちの治療が始まったのだが、途中からセレンの魔法力の反応がおかしくなったと、竜王とその側近であるロジウムが別に旅の扉を開いてやって来た。
そして、テーブルに寝かされてぐったりとしている最愛の孫の姿に、一瞬我を忘れそうになるも、すぐに竜の国からも医療チームを派遣し、全員が一丸となった結果、ドラゴンナイトのメンバーは命を繋ぎ止めることができたのだった。