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第17話 神官長との闘い

第17話 神官長との闘い



パーライト城の応接室では、女王とルーニー、そして神託の巫女シェリオの三人が仲良く食事をしている。

事の発端としては、シェリオのお腹が豪快に鳴ったのが始まりで、女王とルーニーもせっかくだからと一緒に食事をすることにしたのだが、そのもっと先の重大な出来事としては、神殿が闇の精霊に覆われてしまったために、シェリオと共に避難してきた神殿関係者が女王に保護を求めて来たのが始まりだ。


「うーむ。よくよく考えると、この状況はおかしいとは思わんか?」

「そうですね。今はかなりの緊急事態だと思います。とてもではありませんが、こんな風にのんびりと食事をしている場合ではありませんね」

「えー? 大丈夫じゃないですか? だって、カノン王子とその仲間たちが向かったんですよね?」


そう言いながらも、次々に運ばれてくる大量の料理を前に、三人は食べる手を止めることもしないし、シェリオに至っては城に来たときの儚げな雰囲気などどこにも見えず、むしろルーニーたちと初めて会った時のように、大口を開け、口いっぱいに頬張って幸せそうに食べている。

このシェリオと言う女は、自分が一体誰と一緒に食事をしているのか分かっていないようで、テーブルを挟んだ対面に女王がいるにもかかわらず、上品とは言えない食べ方を披露していた。


「いやはや… この娘も大した根性だな。この私の目の前だと言うのに、随分と豪快に食するものよ」

「まぁ、私とターナーの前でも同じでしたよ。あの時とは違って、まだ手掴みじゃない分、良いのかも知れませんけど」

「ふひはへん(すみません)。んんっ! えーと、食べられる時にはとことん食べるようにしていましたので…」


口いっぱいに食べ物を詰め込んだまま話し出すも、さすがにルーニーに睨まれてしまったので、一気に飲み込んで咳払いをした後で話し始める。

だが、女王が笑いながらいつもの通りで構わないと言い出したため、順応性の高いシェリオも再び豪快に食べ直す。

そして、普通よりも遥かに多い量の食事を済ませ、満足したシェリオが食後の紅茶を飲みながら女王へと話し出す。

それは、一番の目的でもあるここに来た理由についての詳細だ。

事の経緯をシェリオから聞いた女王とルーニーは、思わず顔を見合わせてしまう。


「なに? だとすると、アリアレイズ様が大量の闇の精霊を呼び出していると言うのか?」

「随分と穏やかではない話だが、それは何か理由があるのか?」

「は? いえ… 私には分かりかねますが…」

「そりゃまぁ、そうなんだが。シェリオはアリアレイズ様が闇の精霊を使役すると言うことを知っていたのか?」


そのルーニーの問い掛けに首を傾げるシェリオなのだが、何かを思い出すように遠い目をしながら口にすることは、神であったとしても闇の精霊を使役する事だってある、と言う事だった。

戦の神である以上、祈りの声があれば戦況に応じた加護を与えたりするし、時には戒めとして闇の精霊を使った罰なども与えたとこともあるらしい。

だから、今回のように神殿を覆うほどの闇の精霊を呼び出したとしても決して不思議では無いと言う事だった。


「なるほど。そうなると、アリアレイズ様が何の意味があって闇の精霊を召喚しているのか、神官長はどう言った意味で責任を取るのか、って言うところが全くの不明だな」

「はい… アリアレイズ様が勇者のために何かをなさるとしても、神官長様は私に今生の別れのような挨拶をしたんです。その意味が分からなくて…」

「まぁ、神殿の方はカノンたち… あぁ、シェリオも知っていると思うが、カノンは私ほどではないがそれなりに腕は立つんだ。それに、私の親友の部隊も来てくれているから、心配は要らないと思うんだがな…」


そう言うと、ルーニーとシェリオは神殿の方に視線を向けるのであった。



=====

==========

====================



一方、ルーニーからの特命を受けたカノンたちは、急いで神殿へと向かっていた。

通常、城から神殿までは道も整備されており、歩いてもさほど苦にならない距離なのだが、今は急いでいるせいかやけに遠く感じる。

しかも、神殿に近付くにつれて闇の精霊の影響なのか、昼間だと言うのに辺りは薄っすらと暗くなっている。

カノンたちは走る速度を上げて神殿へと急ぐと、見えてきた神殿の入り口のところに、神官長が一人立っているのが見えた。

一先ず遠目からでも無事だと言うことを知り、カノンたちは走るのを止めると、やや早足で神官長の下へと向かう。

だが、周囲が異常な光景になっていると言うのに、この神官長は涼しい顔をしたままカノンたちを見ていて、こちらに来るのを待ち構えている。

カノンが天雷のメンバーとロイに目配せをすると、カノンを先頭にして他のメンバーはすぐ後ろに控える。


「よぉ、神官長。アンタも無事みてぇで安心し… たぜ…?」

「…」


神官長の近くまで来てみると、町の中以上に神殿の辺りの異常さが目に入る。

普段から見慣れているはずの、質素な造りの中でも煌びやかに見える神殿入り口の扉も、闇の精霊が大量に召喚されているからか、邪悪な施設の入り口に見える。

一体、何がどうなればこんなことになるのだろう。

不審に思いながら、カノンが入り口のところにいる神官長に声を掛けると、その変わり映えした姿に話しかけた言葉尻が途切れそうになる。

しかも、神官長もカノンの声が聞こえていないのか、ずっとカノンを凝視したまま一切の反応を見せないし、今も入り口の方から闇の精霊が溢れ出していて、その影響なのか神官長の白を基調とした衣装は、ところどころ黒色が混じり始めているようだった。

顔もよく見ると、眼が血走っているようにも見える。

その様子の異様さに、警戒していたカノンも腰の剣に手を伸ばすのだが、ここで神官長がやっとカノンたちに反応し、怪しい笑みを浮かべながら口を開いた。


「これはこれは、カノン殿下ではありませんか… さて、本日はいかがされましたかな?」

「いかがされましたか? じゃねぇぞ。てめぇにゃあ聞きてぇことが山ほどあんだけどよぉ。 …おい。まずは、この状況を説明しやがれ」

「ふふふふ… いやぁ、相変わらず王族にあるまじき口の悪さですねぇ… 耳が腐りそうですよ」

「ほっとけ。話を誤魔化すんじゃねぇよ。今は俺が聞いてんだろ? さっさと話せよ」

「いいえ… その前に、貴様には! お仕置きが必要ですねっ!!」

「なっ!!」


神官長は、カノンとの話の最中もずっとカノンと天雷メンバー、ドラゴンナイトのメンバーを見回していた。

そして、カノンに対して一気に殺気を漲らせると、突然前に飛び出しつつ大きく腕を振り上げる。

条件反射的に全員が距離を取りながら神官長を見ると、その手には漆黒の槍のようなものが握られていた。


「チビ兄ぃ! あれ、私と同じような武器にゃ!」

「なにぃ!? んじゃ、あれか! 所有者のイメージを現実化する武器ってやつか!!」

「はっ! そんな紛い物ものと、この神聖な槍を一緒にしないで欲しいですね」

「ぐっ!!」


バイオレットが神官長の武器を見て、瞬時に自分の武器と同じ系統だと気付く。

バイオレットの場合、白銀の柄のような形状をしている本体に、自身の魔法力を流し込むことでイメージした武器を作り出すことが出来るのだが、それは剣や槍、弓や盾などを作り出すことができ、使用者の魔法力の強さに比例して武器も強力になる。

そして、それと同じようなものを神官長が手にしていて、漆黒の槍のようなものを握り、カノンたちに襲い掛かってくる。

しかも、神官長が飛び出してきた瞬間、周囲に大量の魔法陣が構築され、そこから何かが這いずり出ようとしていた。


「辺りいっぱいの魔法陣!? しかもこれって、ぜんぶ召喚用だよ!!」

「何ぃ!? これ全部かよ!? っつーか、チビ兄貴が囲まれちまってんぜ!」

「いけない! チビ様と私たちを分断するつもりです!」

「もう何か半分出ちゃってるぞっ!! これじゃあチビ兄ぃのとこにも行けないにゃ!」

「とにかく! まずは、こやつらを何とかせんといかんだろう! 行くぞっ!!」

「よーし。俺らも加勢するぞ」

「承知しました、ロイ様。リムも構いませんね?」

「無論です。が、天雷はロイに任せて、私とセラーナはこの辺一帯の状況確認を優先しましょう」


見渡す限りに敷かれた魔法陣に対し、天雷メンバーが早々に戦闘を開始したので、ロイたちも参戦することに決めたのだが、セラーナの言葉にリムが逆に提案をする。

その提案を聞いたロイが瞬時にその内容を理解し、リムとセラーナの二人に対して指示を飛ばした。


「よし、リムの提案を受け入れる。セラーナはリムと周囲の状況を確認して対応しろ。俺は天雷の援護に向かう。以降は状況に応じて動いてくれ」

「承知しました。では行きましょうか、リム」

「はい」


ロイからの指示に、セラーナとリムが二手に分かれて周囲の確認に入る。

現状、異変が起きているのは神殿だけだが、町への影響があるのかはまだ未確認だ。

どれくらいの範囲でこの闇の精霊の影響が出ているのか、後々城で報告することも考えれば、リムとセラーナで動いた方が効率は良い。

ロイが天雷の元へと向かうのと反対に、リムとセラーナは二手に分かれると召喚用の魔法陣を破壊しながら、周囲の状況の確認を行っていく。


「それにしても、配置も適当な上、規模も全て同一の召喚用魔法陣ですか。何の考えも無いとしか思えませんし、無造作に配置してるのも節操の無いやり方ですね。とは言え、本来の目的から目を反らせようとしているのかも知れませんね。そう思いませんか? リム」

「昨日の今日でこれですし、事の発端もはっきりとしない以上、隠された目的があろうとも、これは放置できませんよ? セラーナ」


二手に離れているとは言え、この程度の距離なら魔法力を介して会話をすることが可能だ。

やがて、二人は神殿の敷地を抜けたところで、闇の精霊の影響も召喚用の魔法陣も無くなっていることに気付く。

そこから、ぐるりと神殿の敷地を回るように移動すると、やはり神殿の敷地を境に周囲が変化していることが分かった。

実際に、こうやって回ってみると、神殿を中心とした敷地一帯を覆う結界のようなものが形成されているように見える。


「影響の範囲は、神殿とその敷地一帯で確定ですね。もともと神殿は神聖な場所のはずなのに、闇の精霊が溢れ出す理由が不明ですね。これでは、違和感があり過ぎです」

「そうなると、内部で何をしているのかが気になりますね。と言う事で、神殿内部へと強行突破しましょうか。あの神官長も含めて、全て解明する必要があります」


リムとセラーナが会話をしながら神殿の入口へと戻っていると、その入り口のところでは、未だにカノンと神官長が戦っているのが見えた。

カノンたちは、ロイたちとの特訓のお陰で急激な成長を見せている。

未登録の洞窟内でも、パーティーであれば問題無く進むことができるようになり、カノン単体でもほとんどの魔物の相手ができる程度には強くなっている。

そのカノンがここまで苦戦していることからも、神官長も見た目とは全く違うのだろう。


「おいおい! 一体手前ぇは何者なんだよっ!! こんなんでただの神官って事ぁねぇだろうがっ!!」

「殿下。私はアリアレイズ様の忠実な僕なのです。即ち、私の取る行動こそがアリアレイズ様の最も求めていることであり、それに伴った加護をいただいているのですよ」

「はっ! いかにもクソな言い方だぜ」


互いに武器を激しくぶつけ合って交戦しているのだが、どうみても押しているのは神官長の方だ。

カノンは持ち前の機動力を武器に、素早く動きながら神官長を手数で翻弄しようとしているのだが、神官長は誰がみてもただの神職とは思えないような身のこなしと一撃の力で、カノンをじりじりと追い込んでいく。

今や、神官長はいつもの白い神官服ではなく、よく分からない黒衣を身に纏い、同じように漆黒の槍を握っている。


そして、カノンを除く天雷のメンバーとロイは、神官長が展開したと思われる召喚用の魔法陣から出現してくる魔獣の相手をしているのだが、例の未登録の洞窟内に出現するものとほぼ同じ魔物が現れる上に、キメラを中心に凄まじい物量で襲い掛かってきている。

しかも、その中には見たことも無い個体が数体混じっていて、思わぬ苦戦を強いられていた。

それ以上に、カノンの下へと駆け付けることができないことに、気持ちだけが焦っていた。


「気ぃ付けろっ!! 中にゃ物理攻撃が全然通らねぇヤツもいんぞ!!」

「魔法も効かないよ! 体表で霧散しちゃう!」

「側面からも来るにゃっ!!」


驚くことに知恵がある個体がいるのか、天雷のメンバーとロイを各個分断するように魔物たちが包囲してくるのを、それぞれのメンバーがギリギリのところで抑えているのだが、圧倒的に魔物の物量が多いため、包囲されるのも時間の問題かも知れない。

しかも、魔物同士で連携した動きをしているため、天雷のメンバーもいつも通りの動きが取れないでいる。

今の時点で、リムとセラーナが周辺調査を行っていてこの場にはいないし、カノンは神殿の入り口付近で神官長との戦闘中だ。

襲い掛かってくる魔物の大半をロイが仕留めているのだが、それでも対応が遅れ始め、いよいよもって天雷のメンバーが各個で分断されそうになったとき、まるでタイミングを見計らったかのようにリムとセラーナが戻ってきた。


「ロイ様! すみません! 遅れてしまいました!」

「いや、なかなかのタイミングだぜ、セラーナ! っつーか、お前ら見計らってただろ!」

「今はこの状況を覆すのが先です。ロイ! 指示を!」

「任せろ! お前らが戻って来てくれたお陰で道筋ができた!」


すかさず、ロイは武器を握る手に魔法力を込めると、ハルバードが呼応するかのように淡い光を放つ。

そして、ロイの周囲に集まってきた魔物たちに対してハルバードで一気に薙ぐと、凄まじい爆音とともに魔物たちが一気に吹き飛ばされ、辺りの魔物たちをも巻き込んでロイの周囲にぽっかりと穴が空いたような空間ができあがった。

その出来事に、魔物たちも天雷のメンバーも一瞬動きを止めてしまうも、これを好機と見た天雷のメンバーが一気に攻勢に出る。

それを見ていたロイが周囲の状況を確認すると、天雷のメンバーは体制を整えることができて、今はチームとして戦闘できるようになっていた。


「よーし、あいつらは大丈夫だろう。 …で、問題なのがあいつか」


一方で、ロイがカノンの方を見ると、どうにも神官長の方が押しているようにしか見えない。

もちろん、相手の力が未知数である上、もともとは神職の者に対して刃を向けているのと、向こうは躊躇うことなくカノンを殺す気満々で攻撃している。

気持ち的に相手の方が有利だろうと判断し、ロイが叫んだ。


「リム! カノンの代わりにあの黒いのを倒せ! カノンは天雷を指揮して魔物どもを殲滅をしろ! セラーナは俺と残りの召喚用魔法陣の破壊だ! さぁ! 一気に終わらせるぞっ!!」


突然に響くロイの号令の下、神殿での戦闘が仕切り直しとなる。

まずは、文字通り飛ぶように駆け付けたリムが、カノンと神官長との戦闘に強引に割り込むと、カノンを押し出して自らが神官長との戦闘に入る。


「リム! 俺の代わりにそいつをボコボコにしてやれっ!」

「任せなさい!」



そして、カノンが天雷の元に戻ると、すかさず号令を飛ばし、一気に魔物を退治していく。

天雷メンバーもカノンが合流したことで本来の動きとなり、不安要素は無くなったと言えた。

それを見届けると、ロイはセラーナを伴って所構わず出現した召喚用の魔法陣を破壊しに行動を始める。

カノンから天雷のメンバーへと発せられる指示を背中に聞きながら、リムは改めて拳を握り直して、神官長へと向き直る。

神官長は、カノンと似たような見た目のリムに対し、どうせカノンと大して変わりは無いだろうと余裕をかましていたのだろうが、次の瞬間、その考えは見直さざるを得なかった。

それは、神官長がほんの一瞬、リムから視線を外した隙を見計らい、一気にリムが神官長の懐に入り込むと、ずどんと神官長の足を踏む。

その痛みにハッとした神官長がリムの存在に気付いた時にはすでに遅く、足を踏まれて倒れなくされた神官長は、闘気を纏わせたリムの拳で挨拶代わりにと一気に十数発が叩き込まれた。


「ぅぐぼぁっ!!!」


と、肺の中に取り込んでいた空気が全て吐き出されるほどの凄まじい打撃を幾度も受け、神官長の細身の体が右に左に動かされ、最後の一撃を食らうと体は「く」の字に大きく曲がり、殴られた勢いで体が浮こうとするも、足を踏まれているせいでダメージが逃げる事無く神官長の体に叩き込まれた。

突き抜けるような打撃が収まると、踏んでいた足を解放され、そのまま力なく片膝を付いた。

いくら油断をしていたとは言え、まともに十数発の拳を食らった上に、想像以上のダメージを受けてしまった。

立ち上がろうにも足に力が入らず、未だにガタガタと足が震えて力が入らない。

すると次の瞬間、顎に強烈な衝撃を受けたかと思うと、目の前には青い空が映っていた。


「ぅがっっ!!!」


どうやら、顎を蹴り上げられたらしいのだが、初めの攻撃の段階でいつの間に距離を詰めてきたのか気配すら感じ取れなかったし、魔法力の揺らぎすらも感知できなかった。

しかも、顎を蹴り上げられたくらいと思っていたのだが、予想以上にその衝撃は凄まじく、体が伸びた上に足が地面から離れるほどの威力だった。

あんな小さな体のどこに、これほどの力を秘めているのか、その出来事に驚いていると、続いて止めと言わんばかりに右の脇腹に強烈な衝撃を受け、今度は凄まじい勢いで横に吹き飛ばされる。

その時、神官長の霞んだ目に映ったのは青い空ではなく、回し蹴りを放った体勢のリムだった。

そして、三連続の攻撃を受けた神官長の体は、神殿の向かいにある通りを挟んだ先の建物の壁に叩き付けられ、そのままズルズルと地面に横たわった。


「…なるほど。随分と硬いようですね。死なない程度の風穴を空けるつもりで攻撃したのですが、もう少し強くても大丈夫でしたか。 …有事には、不慮の事故で命を落とすことなど、珍しくもありませんからね」

「う… ぐぐ… お、おの… れ… はぁ、はぁ、はぁ…」


通りの向こう側から、何やらブツブツと独り言を言いながら歩いてくるリムに対し、神官長が何かを言おうとするのだが、あまりのダメージの深さに言葉すら出てこない。

まさか、これほどの強さを持つ者が存在していたことを知らなかった神官長は、このままではアリアレイズの手足となって力を行使する「神の代行」としての役割がまっとうできなくなってしまうと、全身から血の気が引いていくのを感じていた。

やがて、ゆっくりと歩いて来たリムが神官長の目の前までやってくると、冷たい視線で見下されたまま、胸倉を掴まれて強引に持ち上げられる。

そして、リムと同じ視線に持ち上げられると、神官長は例えようのない恐怖から歯がガチガチと音を鳴らしてしまう。


「…神とやらに祈りは捧げ終えましたか?」

「…は?」

「私の直感が言うのです。 …お前が、一番、怪しいと。 …貴様がっ! 貴様が、私の命よりも大切な御方をっ! 私の敬愛するあの御方をっ! この、私から奪ったんだっ!! 絶対に許さないっ! 貴様は殺すっ! 貴様の死をもって、その報いを受けろっ!!!」

「ひ、ひぃいいいいいいいいいっ!!」


話しながら段々と心が昂ぶってゆくリムの声に、恐怖を隠し切れない神官長が思わず悲鳴にも似た声を上げてしまうが、リムは構うこと無く神官長を近くの壁に叩き付けようとすると、すぐ近くから魔物が数体出現し、リムに攻撃を加えてきた。


「くっ!! し、しまった!! くそっ!! こんな時に、私の邪魔をするなっ!!!」

「くはっ!! くはははははっ!!!」


そのあまりに突然の出来事に、思わず神官長を手放してしまうと、笑い声を上げながらリムから大きく距離を取る。

咄嗟のことで反応が遅くなってしまったリムだったが、髪から一本の簪を抜取ると、目にも止まらない速度で邪魔をしてきた数体の魔物をあっと言う間に細切れにする。

そして、ゆっくりとした動作で神官長の方に向き直った。


「く、くははは! 見ましたか!? これがアリアレイズ様の御神力なのですよっ!! 神の御業なのですっ!! 分かりますか!? 貴女みたいに神官長である私に害を成そうものならば、次は貴女に神の天罰が下るのですっ!! …故に、悔い改めなさい」

「単なる偶然を、自分に都合良く解釈するのは聖職者ならではですね。聞いているだけで虫唾が走ります」

「いいでしょう。なら、仕切り直しですね。 …もう、貴女の思い通りにはならないでしょう」


落ち着きを取り戻した神官長が、自分の前に手をかざすと、先ほどまで使っていた漆黒の槍が出現する。

それを振り回し、リムへと向けると同時に神官長が飛び出した。

それも、先ほどまでの動きとは全く別人と思えるような動きに変わり、瞬きすら許されないような連続突きがリムを襲った。


「ほらほらほらほら! 少しでも余所見をしたら、その顔に容赦無く槍を突き立てますよっ! くははは!」


しかし、その恐るべき速度で繰り出される連続突きですら、リムには通用しない。

先ほどまでの心の昂ぶりも収まり、気持ちも落ち着いたリムは自分に向けて繰り出される槍が、一番伸びきったところで槍を無造作に掴むと、引き戻される直前で逆に槍を自分に向けて一気に引く。

すると、神官長は自分の突き出した槍が伸びきった瞬間に引っ張られてしまったため、大きく姿勢を崩してリムの方へと引き寄せられるように移動してしまう。

しまった、と思った瞬間には再びリムに胸倉を掴まれて、神官長は動きを止めた。


「ば、バカなっ!! 信じられん!」

「やはり、お前たちはいつの時代であっても、何も変わらないんですね… 自分よりも非力な者に対しては下卑た顔で愉悦に浸るくせに、いざ自分が追われる立場になると聖職者の顔をして逃げる。 …そうやって! お前たちはっ! いつもいつもっ! 罪も無い無垢な民たちをっ! 自分の欲望を満たすためにっ! 食い物にしてきたんだっ!!」


神官長との戦いの中、いつの間にかリムの中で膨れ上がってきた不思議な感情。

常に感情を抑え、非情に徹してきたリムにとって、この心の昂ぶりは理解不能な感情であった。

カイルと出会ってからは様々な感情が芽生えてきたが、まさか自分の心の奥に闇に近い感情が潜んでいたことは、リムですら知らないことだった。

それが、神官長と戦うことで一気に膨れ上がり、もう抑えることのできなくなった感情が、止めの一撃を入れようとして、とうとう爆発してしまう。

なぜか、ボロボロと大粒の涙を零しながら、闘気を纏ったリムの拳が神官長の顔面に入った瞬間、リムの意識も飛んでしまうのであった。

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