第13話 神殿
第13話 神殿
カノンたちは未登録の洞窟内で怪しげな扉を見付けた後、そこには一切触れることなく、一先ず洞窟の入り口に設置した拠点へと戻って来ていた。
それは何故かと言うと、先ほどの洞窟一層目で発見した扉について、どうすべきか意見が分かれてしまったため、最終的にルーニーからの判断を仰ごうと言う結論に至ったため、止む無く出てきたのである。
「なぁ、別にルー姉の指示なんぞ無くても良いんじゃねぇか? 陛下からは踏破を期待されてんだぞ?」
「いや、だから何度も言ってるだろ? その勇者ってのが引っ掛かってるんだよ! それに、もともとこの洞窟も神殿の巫女からの情報だって言うじゃないか。なら、勇者ってのが何を指すのかを神殿に聞くべきだろ!? 情報も無いところに無闇に飛び込むのは無謀って言うんだよ」
「そうだぜチビ兄貴。俺もロイの意見にゃあ賛成だぜ。勇者以外の立ち入りを禁止してるってぇのも、俺的にゃあ凄ぇ気になってんだよ。勇者じゃなきゃどうなっちまうんだ!?」
「アルテリオ! 貴方はチビ様の邪魔をしようと言うの!? 私たちは何があろうともチビ様にお仕えすると誓ったでしょう!」
「うっせぇよ!! 手前ぇはチビ兄貴に意見もできねぇのか!? もし、その扉を勇者じゃねぇってヤツが開けちまったらどうなんのか、そんなことも想像できねぇのかよ!! いいか!? 俺らはチビ兄貴を妄信してんじゃねぇぞ。間違えんなよ?」
カノンとしては、せっかく発見した扉をそのままにして外へ出てきたことに納得ができず、何としてもその奥へと行きたい衝動に狩られているのだが、ロイだけに留まらずアルテリオにでさえも止められている。
もちろん、その理由は勇者と言うキーワードだ。
だが、賛成派と反対派のやり取りは次第にヒートアップしていき、もう少し放置していたら喧嘩になるんじゃないかと思っていると、徐にテーブルに料理が置かれる。
一瞬にして、その場の流れは険悪なものでは無くなり、料理の美味しそうな見映えと匂いが、急速に空腹を訴えてきた。
アルテリオに噛み付きそうになっていたセレスティーナでさえ、あまりの良い匂いに涎が出そうになるのを堪えていると、冷めた目をしたリムが当然のように口を開く。
「…この件は、私もルーニー様にお伺いするのが得策と思います。これまでの経験上、あんな扉を無策で開けば、ろくでもないことが起きるに決まってます。それなら責任の所在をハッキリさせるためにも、ルーニー様にご判断いただいた方が、後々揉めなくて良いと思います」
「そうだよ。だから、ルー姉さまが来るまで、リムの美味しい料理を食べて待ってようよ」
「そうにゃ。せっかくの料理も冷めると美味しくなくなるにゃ。それに、喧嘩なんて酒の肴にもならないんだぞっ! なら、無駄な体力を使うのは止めた方が良いにゃ」
リムの料理は今回のメンバー全員から大好評で、特にチェルシーとバイオレットからの受けが非常に良い。
基本的に、リムの料理はただ美味しいだけでなく、食べると凄く幸せな気持ちになれる。
これまでの冒険者生活では味わったことの無い不思議な感覚に、二人は初めて食事に対しての重要性に気付いたくらいだ。
そんなこともあり、リムの料理の良さを力説し、ちょっと引き気味に納得した皆と食事を楽しんでいると、豪快な声と共にルーニーが姿を現した。
「やぁやぁ諸君!! 報せは聞いたぞ!! だがその前に、私にもその美味しそうな食事を用意してくれないか!?」
と、大事な話よりも先にリムの料理を要求すると、出された肉を豪快に齧り付き、もの凄い勢いで食べ始める。
やがて、一人で数人分もの肉を食べ切ったルーニーが、満足したような表情を浮かべながらカノンの方を向く。
「カノン。お前ら、随分と良い物を食べているではないか。これは宮廷料理よりも美味いものだったぞ? 全く、羨ましい限りだな」
「そ、そうか? まぁ、リムの腕が確かだからこそ美味いと思うんだけどな。 …ところでルー姉、こっちの報せを聞いたんだろ? それで、結論はどうなんだ?」
「無論、神殿に事の事情を説明してもらう必要があるだろうな」
「はぁ!?」
カノンの質問に対し、ほぼ即答したルーニーに思わず疑義を示すような声を出してしまう。
しかし、ルーニーはカノンのそのような態度にですら気にも留めないようで、出されている食後の紅茶を一気に飲み干すと、真面目な表情でカノンの方を向く。
「はぁ? じゃないぞ? 良いか、カノン。お前たちからの報告には、第二層目へと続く通路は扉の中にある可能性が高いと言うことだったな?」
「あぁ、そうだ」
「なら、確実に扉の中は試練があるに決まっている。勇者しか入れないと言うのであれば、入ってきた者が本物の勇者かどうか試さなければいけないだろう? その為の試練がある可能性が非常に高い」
その言葉に、カノンが思わず口を噤んでしまう。
思い返せば、ロイもリムも似たようなことを口にしていた。
すると、更にルーニーが止めとも言える言葉を付け加える。
それは、全員が扉の中に入ったときの試練として、勇者は自分以外の者をここで殺さなければいけないとした場合、どうするのか。
勇者としての覚悟を問われているのであれば、試練を乗り越えられるだけの心の強さが求められるものだ。
極端な例を挙げれば、百の民を生かすために己の伴侶を犠牲にしなければいけない場合、多くの命を救うためには最愛の者すら差し出さなければいけない。
それが神に対して信頼を勝ち取るための方法だ。
「そんな状況になった場合、お前にセレスティーナを殺す事ができるのか?」
「っ!! う、ぐ… そ、それは…」
「できないだろう? 迷った時点でお前の負けだよ。時として瞬間的な判断を迫られる場合があることぐらい、お前だって知っているだろう? 最悪、両方とも失うことになるのだぞ?」
その覚悟も無いままに、勇者以外の立ち入りを禁じているところに乗り込んだとしても、失うだけで得られるものなど何も無い。
それならば、洞窟の情報を入れてきた神殿を問い詰めて、まずは勇者と言う者について話を聞く方が有意義であり、それから今後の方向性を決める方が効果的だ。
「ちっ! …分かったよ。なら、一旦城に戻ってから神殿に行こうぜ。で、だ。すまねぇが、ドラゴンナイトも同席してくれると助かるんだが?」
「あぁ、任せろ。こっちは構わないぜ?」
「よし、話は決まったな。では、皆で一旦、城に戻るとしようか」
パンッと手を叩くと、ルーニーがその場を締める。
とは言え、神殿での聞き込みと情報収集がどれくらいの時間が掛かるのか分からないため、一旦この場は撤収とし、パーライト王国へと戻っていくのであった。
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「うむ。ルーニーの言う通りだな。その勇者とやらは何かが引っ掛かる。まずは神殿に行って、神託の巫女か神官長から話を聞いて来い。その間、ロイを除いたドラゴンナイトの諸君は自由行動を許可しよう。城の訓練場も開放するから好きにしていてくれ」
パーライト城の謁見の間で、カノンが女王陛下に事の経緯を説明すると、間髪入れずにルーニーと同じ事を言われた。
さすがに、国の上位二人に同じ事を言われれば、カノンであろうとも従わない訳には行かない。
結局は神殿に向かうことにしたのだが、大人数で行っても仕方の無いことから、カノンとセレスティーナ、ロイの三名で行くことにして、他のメンバーは自由行動となった。
早速、行動を開始した三名は王城を出ると、そのまま徒歩で神殿へと向かう。
神殿への道のりはあっと言う間で、すぐに神殿が見えてくると、入り口には待ち構えていたかのように神官長と神託の巫女が並んで立っていた。
「カノン殿下、お待ちしておりました」
「…なぁ、俺が今日ここに来ることも神託で聞いたのか?」
「我らが軍神は、どんな些細なことでもお見通しなのですよ」
「へぇ、そう言うもんかねぇ」
「まぁ、中に案内してくれよ。ここで話すような内容じゃないんだろ?」
まるで、全てをお見通しだと言わんばかりの神官長と神託の巫女の態度に、カノンは多少イラつきながら答えると、ロイが中へと案内するように促す。
すると、小さく笑みを浮かべた神官長が目配せし、神託の巫女が先導して神殿の中へと入って行く。
神殿の中は入り口にあった門の大きさとは関係なく、むしろ小さい造りの上に内装も質素で、いかにも「神に仕える者として贅沢はしません」と言うのを体現しているように見えた。
少し歩いて礼拝堂に入ると正面には大きな軍神の神像が立っており、その両脇には奥へと続く小さめの扉がある。
その扉の中へと通されると、更に質素な造りの大きな部屋に辿り着いた。
中央には大きめの机があり、数人が座れるようなソファーも置いてある。
更に、三人分の飲み物が既に置かれていることからも、誰が来るのかすら知っていたのだろう。
カノンたちがソファーに腰を降ろすと、その対面に神官長と神託の巫女が座る。
「さて。事前に俺たちが来るのを知っていたのなら、何を話すか内容も分かっているはずだ。そして、どこまで俺たちに話して良いかも決められてるんだろ?」
「はい。ですが、私たちは殿下からの質問に対して全て答えるようにと、我らが軍神アリアレイズ様より仰せつかっております」
「なるほどな。つまり、カノンが聞かなければ何も答える必要はないってことか」
「チビ様。どうやら、向こうには聞いて欲しくないことがあるようですね」
「ああ、そうらしいな。とは言え、こんなところで時間を潰してる暇も無ぇからな。 …まずは、今回のあの洞窟について、なぜ俺たちに話したのかを教えてくれ」
ロイとセレスティーナの言う通り、カノンが神託の巫女に聞かなければ向こう一切答えない。
つまり、向こうだけが知っている情報があったとしても、それを開示するような問い掛けがなければ言う必要は無いと言うわけだ。
全てを話しましょうと言う割には、しっかりと逃げ道をつくってあるのだから、軍神とは言うものの信用はできない。
だから、カノンはまず一つ目の質問として、今回の洞窟の発見をカノンたちに伝えた理由を聞いた。
「それは、軍神アリアレイズ様のご意思によるもので、彼の王子に其の洞窟の在処を教えよ、と言う神託を受けたからです」
「その軍神のご意思とは?」
「それは分かりかねます」
「何だよ。全然答えになってねぇじゃねぇか」
「なら、神殿としてその洞窟と勇者とやらについて、伝えられて来たことを教えてくれ」
「…っ!」
「お? 反応しやがったな。 …次だ。今のロイからの質問に答えな」
思いも寄らないロイの問い掛けに、カノンとセレスティーナの問い掛けにすら反応しなかった神託の巫女が、明らかな動揺を見せた。
しかし、カノンからの質問については全て答えるようにと言われているため、誤魔化すこともできない。
観念したのか、小さな溜め息を一つ吐くと、神託の巫女ではなく神官長が口を開いた。
「なかなかの質問ですね。さて、神殿としての回答ですが、あの洞窟は勇者を成長させるためのもの、としか神殿の記録には記されておりません」
「その、神殿が保有する勇者に関する記録とやらは、俺たちでも閲覧できるのか?」
「この神殿も、パーライト王国の所有物となっておりますので、女王陛下の許可があれば閲覧できますよ?」
「んじゃ、そいつぁ後回しだな。で、だ。次の質問だが、降って沸いたような話から発展してんだけどよぉ。勇者って言うくれぇならそいつが必要な事態に陥んのか?」
「…はい」
「それは、いつです?」
「明確なところまでは分かりませんが、そう遠くない未来、と仰っておりました」
「随分と曖昧だな。とは言え、何かしらの事態が起きるってぇことは確定か。じゃあ、最後だ。 …その勇者とやらは既に存在していたとして、見分けが付くもんなのか? それとも、何かしらの切っ掛けで誰かが勇者として目覚めんのか?」
最後だと言ったカノンの質問に、珍しく神託の巫女が表情を曇らせる。
特に核心を突いたような質問でもなく、答えるのに悩むような内容とも思えない。
この質問の答えに、どれほどの重要性があるのかは分からないが、質問をしてからやや長めの長考をして、やっと神託の巫女が口を開いた。
「…失礼しました。殿下のご質問の答えですが、後者となります。 …切っ掛け、と言いましょうか… ある出来事を機に、人々の想いが勇者を必要とした時、その者に眠る勇者としての魂が目覚めることとなるのです」
言葉を選んで答えを出したのだろう。
当たり障りの無いように聞こえるが、三人は思わず顔を見合わせてしまうような内容が含まれていて、思わずセレスティーナが身を乗り出してしまう。
「そ、そんな! 人々が勇者を求めるような出来事とは一体何ですか!?」
「…申し訳ありません。それは、アリアレイズ様でも口にすることが躊躇われるようなことだけ… としか言えません」
「くそっ! それまで黙って見てることしかできねぇって事かよっ!!」
「仕方ありません。それも、神のご意思なのです」
その言葉に、カノンは一瞬机を叩きそうになるも、神殿関係者に怒りの感情をぶつけても仕方の無いことに気付き、拳を握り締めただけで何とか昂ぶる気持ちを収める。
人間は信仰心を捧げることで神は神聖力を蓄え、その恩恵として様々な奇跡などを得ることができる。
そのため、無作為に人が犠牲になるようなことを神は見過ごしたりはしない。
なのに、勇者とやらを求めるために人々を追い込むことは許容するのだと言う。
「っつーか、何なんだよ、それ。民を苦しめるって、それが神のやることか? 矛盾してんだろうが…」
「…」
ただ待つことだけしかできない悔しさに、思わず零したカノンの呟きを耳にし、神託の巫女も神官長も口を噤んでいた。
そして、これ以上ここにいても何の収穫も無いだろうと判断したカノンが、ロイとセレスティーナに目配せをする。
二人も、カノンが何を言いたかったのかを理解すると、信託の巫女と神官長に挨拶をして神殿を後にするのであった。
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「…アリアレイズ様。ご指示通りにカノン殿下には必要以上の情報を入れずに帰しました」
「うむ。しかし、あの洞窟を発見させてからまだそんなに日も経っていないと言うのに、もう試練の扉の前まで来たのか。くくく… 存外に楽しませてくれるものよ。ならば、我の方の準備も進めねばなぁ。くくく…」
「…」
神殿の礼拝堂にある大きな神像には、信徒たちには気付かれないようなちょっとした仕掛けが施されており、神殿の関係者では神官長と神託の巫女しか知らない秘密の入り口がある。
その入り口を入ると、人がやっと一人通れるような狭い通路が延びており、暫く歩くと一つの小さな部屋に出る。
位置的には神殿の最奥で、その部屋にも人と同じくらいの大きさの神像があり、ちょうど跪くような姿勢になるように礼拝所が設置してあった。
神託の巫女は毎日そこで跪き、一心に祈ることで軍神であるアリアレイズと言葉を交わすことができるのだ。
しかし、跪き、祈りを捧げながらの会話であるため、神託の巫女もアリアレイズの顔を見たことは無く、先ほどの会話のときに浮かべたような神にあるまじき歪んだ笑みでさえ、誰にも知られてはいない。
やがて、自分の前の気配が無くなると、神託の巫女はゆっくりと顔を上げる。
だが、やはりそこには誰もおらず、自分の胸の奥にある少しの心の痛みだけが残されていた。
「アリアレイズ様… なぜか楽しそうに感じたのは、私の気の迷いなのでしょうか…」
神託の巫女は、最後にもう一度目の前の神像を見上げて小さな溜め息を吐くと、くるりと背を向けて礼拝所から出て行った。
神託の巫女がいなくなったのを確認すると、神の領域に居る軍神アリアレイズは自室へと戻っていき、部屋の扉を開くと、目の前には何かに包まれた人のようなものが、くぐもった呻き声を上げながら身動ぎしていた。
「くくく… 捕らえてからかなりの時間を費やしていると言うのに、こやつは未だに従順にならんなぁ。ふははは… だが、それで良い。貴様は我が最愛の者をその手に掛けたのだからな。もっとじっくりと締め上げて、最強の魔王に仕上げてやろうではないか。力が強ければ強いほどに相対する勇者も強くなる。そうして最終的に仕留められる貴様の魂は輪廻すること無く霧散するのだ。それこそが最も最悪な消滅の仕方だろう? ふははは!」
神らしからぬ下卑た高笑いを浮かべると、アリアレイズの足元で蠢く何かに包まれた人のようなものが転がされている。
よく見てみると、その全身を包んでいるのは布ではなく、びっしりと呪いの言葉が書き込まれた呪布だった。
これで、対象の精神を蝕み、術者の望む操り人形が出来上がるのだが、アリアレイズの目の前で未だに自我を失っていないその者は、アリアレイズに何度も頭を踏み付けられながらも、自分との闘いに負けるものかと歯を喰いしばり、耐え続けるのであった。




