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第1話 始まりの事件

シリーズ化してませんが、一応は前作品「魔法剣士と隻眼の姫」の続きとなります。


第1話 始まりの事件



多くの荷を乗せた船が港の中を往来し、店だけではなく船上からも大きな声で交易品を売り買いしている。

そんな活気に満ち溢れ、賑わいに包まれる港町を見渡せるように、すぐ近くの小高い丘の上にはこの国を治める王族の住む立派な城が建っている。

ここは、リルブライト大陸の東に位置するパーライト王国。

建国の時より女性が国政を担っており、王位も代々王族の女性が女王として君臨し、男はその補佐として女性に使われているような状況だ。

特に、国柄として女性が圧倒的に多いということでは無いのだが、なぜかこの国の女性は頭が切れる上に力も強く、高い統率力までも持ち合わせていることから、自他共に認める女傑国家となっていた。

また、他の国には無い『戦の神アリアレイズ』の加護を授かっており、その神を祀るための大きな神殿も王城の近くに建てられている。


その神殿の裏手には深い森と大きな山があり、それは神聖な神の山として、神殿の神官が辺り一帯を管理していた。

だが今、その森の中を疾走する二つの影がある。

一人は鋼でできたライトアーマーに真紅のマントをたなびかせ、もう一人は白銀の鎧に剣を握るドラゴンの紋章が刺繍された純白のマントを纏っていた。

森の中を走る速度とは思えないほどの速さで走る二人の背後からは、多くの魔物がひしめき合いながら追い掛けてきている。


「くそっ! ターナー! このままでは埒があかない! 面倒だがここで仕留めるぞ!!」

「ひ、姫殿下! この数の魔物を全てですか!? 無茶ですよ! 敵の数が多過ぎます!」

「そんなことを言っている場合か!? チマチマと消耗戦を仕掛けられる方がよっぽど質が悪いだろう! それと、こんな状況下で私を姫殿下なんて呼ぶんじゃない!! さぁ! 行くぞっ!!」


姫殿下と呼ばれた白銀の鎧の女性は、言葉を発した直後にくるりと向きを変えると、自分たちを追ってきている魔物の集団へと向かって、当り前のように駆けて行く。

そして、背中の両手剣を外すと更に加速し、先頭を走ってくる大型犬の魔物を一太刀の元に両断すると、その場で足を止めて向かって来る魔物どもを次々と蹴散らしていく。


「ル、ルーニーっ!! さすがに一人では…!!」

「なら、お前も早く来い!!」


狂ったように襲い掛かってくる魔物は様々な種類が混在しているが、その全てが動物系の魔物で、犬や猪、牛に熊の魔物までいる。

だが、そんなことは一切構うこと無く、ルーニーは自分に向かって来る敵を容赦無く斬り伏せていく。

その細身の体のどこに、それほどまでの力があるのかとターナーが見ながら駆け付けようとしていると、突如自分の側面にある茂みの中から、数体の山羊の魔物が飛び出してきた。


「え!? う、うわぁあああああああっ!!」


あまりに突然の出来事に思わず情けない声を出してしまうも、自分の目の前で豪快に戦っているルーニーの背中からは、その程度の魔物くらいは自分で始末しろ、と言ってるような威圧感をビシビシと感じた。

ターナーは仕方無く腰の剣を抜くと、自分の前に飛び出してきた山羊の魔物を見る。

数は3体、すっかり興奮しきっていて鼻息を荒くしているこの魔物たちは、一般的にイメージする山羊の倍以上の大きさで、禍々しい角がターナーの恐怖心を煽り立てる。

だが、この程度の敵ならばルーニーは援護すらしてくれないだろう。

つまり、自分の力だけで倒さなければいけない。

ターナーは、自分を落ち着かせるために深く深呼吸をして、山羊の魔物たちの突進に備える。


すると、それを待っていたかのように山羊の魔物たちが一気に突進してきた。

ターナーは備えてはいたものの、想像を遥かに超える速度に一瞬反応が遅れてしまったが、これぐらいならまだ対応できる。

ギリギリで横に転がるように突進を避けると、すぐに起き上がって山羊の魔物の背を追った。

狙いは、突進した後に動きを止めて向き直る瞬間だ。

山羊の魔物はターナーの思惑通りに動きを止めると、突進をやり直すために向きを直す。

小回りが利かない分、一旦止まらなければ方向転換できないのがこの魔物の弱点とも言える。

その隙を突き、ターナーが山羊の魔物の体に深々と剣を突き刺さした。


「よし! 刺さった!」


自分の体に剣を埋め込んで激しく暴れる山羊の魔物だったが、ターナーが更に剣を押し込むと徐々に動きが悪くなっていき、やがて力尽きてその場に崩れ落ちた。

すかさず、残りの2匹を片付けるべく、剣を引き抜くと自分の左側にいたもう一匹の山羊の魔物の首元に剣を突き刺す。

すると、最後の一匹が突進してきたので、突き刺した状態のまま握っていた剣を離すと、ターナーが剣を突き刺したままの山羊の魔物を突き飛ばした。

凄まじい勢いで飛ばされる山羊の魔物には目もくれず、突き飛ばしたままの状態で止まった最後の山羊の魔物の首に短剣を突き刺し、その短剣の柄本を蹴って深々と突き刺した。

当然のように暴れ回る山羊の魔物に警戒しつつ、もう一本の短剣を抜いて身構えていると、やがて力尽きたのか、山羊の魔物は息も絶え絶えにその場に崩れ落ちたしまった。

動かなくなった山羊の魔物たちを注意深く観察し、もう大丈夫だと判断すると、ターナーはその場に腰を下ろして大きく息を吐く。


「ぷはぁーーーーー… 危なかったけど、何とか倒せたか…」

「うん。まぁまぁの出来だと思うぞ? さすがは私の婚約者殿と言うところか」


やけに嬉しそうな声が聞こえてきたのでターナーがそちらを見てみると、数十頭はいたと思われた魔物の群れは既に全滅しており、その死骸の山を背にしたルーニーが腰に手を当ててにこやかに微笑んでいた。


「いやいや、ルーニーが相手にしていた魔物に比べたら、俺の倒したヤツなんて子山羊レベルだよ」

「何、謙遜はしなくてもいいぞ? さっき戦っていて気付いたんだが、これらの魔物は通常とは違って大きさも強さも別物だったし、凶暴過ぎて違和感ありありの奴らだったからな?」


ルーニーが自分の倒した魔物を満足そうに見ながら言うと、ターナーは驚いた表情を浮かべる。

それから「ふぅ」と小さく息を吐いたルーニーが、自分が戦っていて感じたことをターナーに聞いて欲しいと言った。


その内容とは、これらの魔物は信じられないことに、互いに連携を図って襲い掛かって来たと言うのだ。

まるでこちらの力量を見定めながら、襲い掛かる順番を変えたり死角からの攻撃もしてきたと。

それだけでも信じられないと言うのに、その他にもかなり濃密な闇の魔素を纏っていたことと、自分と比べて大きな戦力差があっても逃げなかったことなど、ルーニーがこれまで相手をしたことが無いような魔物だと言うことだった。


「何者かが指揮を執っていたと言っても不思議では無い感覚だな」

「…これも、例の話に関係があるのかな?」

「分からん。だが、それを確認するために我らが来たのだろう? さぁ、血の臭いに他の魔物どもが寄って来る前に、ここから離脱するぞ」

「あぁ、そうだね。それに、ルーニーの話からしても、神託の巫女殿の身に危険が迫るかも知れないからね」

「彼女の身柄の確保も含めてだ。まったく… その禊とやらは、一体どこでやっていると言うのだ?」


そんな会話をしながら、ルーニーとターナーは収納魔法で倒した魔物を収納し終えると、再び神託の巫女を探し始める。

姫殿下と呼ばれたルーニーはパーライト王国の第一王女だ。

そして、ターナーはその婚約者でありつつ、ルーニーの日常の警護も担当している。

女傑国家であるパーライト王国では、女王となる者の婚約者は相手の警護をするという習わしがあるのだが、それは全てにおいて男勝りな王族の姫に対し、結婚相手の男はそれに慣れる必要があるからだ。


そして、今回はとある事が切っ掛けとなり、ルーニーは女王陛下より勅命を受け、神殿にいるとされる神託の巫女に会いに来たのだが、いざ神殿に行ってみると巫女は禊を行うために一人で森に入ったと言う。

しかも、その森は神域でもあるため、神官から許可を受けた者以外は入れないよう厳重に封印されている。

ルーニーが女王陛下よりこの勅命を受けたとき、さすがに自国の姫とその婚約者だけで行かせる訳にもいかないと、護衛として城の騎士団から小隊を一つ派遣したのだが、神官によって小隊の立ち入りが許可されなかったため、仕方無くルーニーとターナーの二人だけが森に入って神託の巫女を探していた。


「ふむ。それにしても、ここは神域であるはずなのに魔物の数が多過ぎるのと、やけに強力なのも気になるな」

「この周辺は、定期的に騎士団が街道を巡回しているし、魔物もそれなりに狩ってるから、それが原因でこの森に逃げ込んで数が増えた、と。やけに強いのは、ここでの生存競争の結果、とは考えられないかな?」

「まぁ、神域とは言え結界が張られてるわけじゃないから、大体はそれで合っているんだろうが、それ以外の魔物同士の連携とか闇の魔素を纏ってたことには結び付かないな。何より、私の剣ですら魔法剣にしないと両断は難しかったんだぞ?」

「り、両断って… それと魔法剣? それって確か、ベークライト王国の姫君とその婚約者が使ってたって言う…」

「そうだ。良いだろう? あの二人のお陰で、私の強さも大幅に向上したのだからな」


そう言って、嬉しそうに自慢するのは、ルーニーが使っていたと言う魔法剣だ。

通常の剣に自身の闘気を纏わせ、その上から魔法を乗せることで魔法効果のある剣にする方法なのだが、この魔法剣は以前開催されたオーステナイト王国でのお見合い会で会った、ベークライト王国の第一王女セシル姫と、その姫の婚約者であるカイルが使っていた技だ。

この二人、特にセシル姫はルーニーと同様に無理矢理参加しなければいけなくなった被害者でもあり、二人はそこで知り合った。

ある程度仲良くなった時に聞いた話がその魔法剣で、開発者はセシル姫の婚約者カイルだ。

剣に闘気を纏わせることにより剣の消耗も無くなる上、攻撃魔法を乗せることもでき、更には敵に対して有効な属性攻撃ができるようになる優れ技ともあれば、戦闘狂とも言えるルーニーが飛び付かないわけがない。

一悶着あったお見合い会の後に、ルーニーが半ば強引にベークライト王国へと赴き、魔法剣を習得してからは、ルーニーのお気に入りの攻撃方法となっているのだが、そのような強力な技を使わなければ、楽に倒すことができないような魔物なのだと言う。


「ねぇ、ルーニー。考えたんだけど、これは一度出直した方が良いんじゃないか? 陛下に話をすれば、勅命として騎士団も森に入れるようになるだろう? どこにいるのか分からない巫女を探し回るのは、俺たちの戦力では足りないと思うんだよ」

「おいおい、ターナー。お前、ここまで来て何を言うんだ? それに、巫女が禊をするって言うなら普通は滝行じゃないか? だから、まずは水場を探して… って、ん?」


すると、ルーニーが何かを感じ取ったらしく、真剣な表情で足を止めた。

ターナーは何かあったのかと声を掛けようとすると、顔は動かさないままルーニーが手をかざしてターナーの動きを止めた。

思わず息をのんだその時、ターナーの耳にも微かに何かの音が聞こえてきた。

よく聞くと、それは何かの唸り声のようにも聞こえるし、地鳴りのような感じにも聞こえた。

二人は目を合わせて頷き合うと、その音のする方へと静かに移動していく。

近付くにつれて分かったことは、その音は不規則に鳴っているために地鳴りではないこと、そして地鳴りと思い込んでしまうほどの重低音から、その音の主はかなりの大物であることが伺えた。

しかし、未だにその音の発生源への距離感がつかめない。


「うーん… 何かしらの動物、もしくは魔物の唸り声と言った方が正しいか…?」

「そ、それも、かなりの大物じゃないかな…」

「よし、慎重に進もう」


そして、慎重にその唸り声に近付く二人の耳に、やがて水の流れる音が聞こえ始めてくると、新たな心配事が浮上してきた。

神託の巫女はこの森に来ていて、ルーニーの読みではおそらくは滝行をしているだろう。

水の音が聞こえるということは近くにいる可能性が非常に高い。

だが、この唸り声のようなものが聞こえていることから、神託の巫女の近くにこの唸り声の主がいる可能性も否定できない。


「…ルーニー。巫女が危険に晒されているかも知れない。これは急ぐ必要があるね」

「あぁ、そうだな。だが、油断はするなよ? こう言う時だからこそ、慎重に進めよう」


二人は警戒をしながら、唸り声のする方へと進む。

居場所が分からない巫女を探すよりも唸り声の主を見付ける方が確実に早いし、発見できれば神託の巫女への危険も排除することができる。

もしかしたら、その過程で神託の巫女も発見できるかも知れない。

すぐ近くに水が流れているのを視認しながら、前方にある大きな茂みに注意を向ける。

どうやら、この深い茂みの奥に唸り声の主がいるようだ。


「…よし。三で行こうか」

「分かった。ルーニーは上から。俺は正面から行こう」

「あぁ、それで良いだろう。 …じゃあ、良いか? 一… 二… 三っ!!」


その合図を切っ掛けに、ルーニーは大きく跳躍して近くの木に足を掛けると、そのまま上空へと飛び出す。

それを見送ってからターナーが茂みに突入し、ルーニーは何本かの木を足場にして茂みを超えると、ちょうど眼下には水辺が見えた。

そして、その縁にある広めの空き地に何かいるのが見えたため、背中の剣を外す。

だが、よく見るとそれは魔物ではなく、ただの人間のようだ。

しかし、ルーニーは既に攻撃態勢に入っており、ターナーも茂みから飛び出していて今更止めることなどでできない。

急にガサガサと物音が聞こえ、目を向けた茂みの中から突如として男が飛び出してきたのだから、水辺の縁のところで何かをしていた人物は目を大きく見開くと大きな叫び声を上げた。


「ぎ、ぎぃやぁあああああああああああっ!!!! お、犯されるぅううううっ!!!」

「へっ!?」

「えぇっ!? う、うわっ!!!」


ルーニーは着地と同時に何とか動きを止めることができたが、ターナーはその叫び声に動揺してしまい、茂みから飛び出ると同時に派手に転倒してしまった。

ルーニーが顔を上げると、目の前で騒ぎ立てているのは半裸の少女だと分かり、上空にいたために視界に入らなかったルーニーにではなく、自分の正面から飛び出してきたターナーに悲鳴を上げたのだと理解すると、剣を背に収めてゆっくり少女の下へと歩み寄る。


「驚かせてすまない。貴女はもしかしたら、神託の巫女殿か?」

「いやぁーーーーっ!! ぎゃあぁーーーーっ!! 止めてぇーーーっ!!」

「だ、大丈夫だ。ほら、私を見てくれ。貴女と同じ女性だろ? まずは落ち着いてくれないか?」

「だめぇーーーーっ!! 来ないでぇーーーーっ!! 許してぇーーーっ!!」

「だ、だからだな… 落ち着いて欲しい… んだが…」

「いぃーーーやぁーーーーっ!! 犯されるぅーーーーっ!! 助けてぇーーーーっ!!!」


話にならない。

しかも、さっきからばっちり目が合っているというのに、少女はルーニーから顔を背けること無く騒ぎ立てている。

ルーニーは男勝りではあるものの、パーライト王国の姫として様々な教育を受けているし、力だけではなく美容にも気を遣っているだけあって、外見も内面も良好と言っても過言ではない。

間違っても男と見間違えられることなど有り得ないし、あってはいけない事だろう。

自分もそう思っていたのだが、目の前で大袈裟なほどに泣き叫んでいるこの少女を見ていると、どうにも自信が揺らいできてしまうと同時に、無性に腹が立ってくる。

そんな感情が先走ってしまったのか、ルーニーの意識の外で手が勝手に背の剣を抜き、目の前で大げさに騒ぎ立てている少女の首を目掛けて刃を走らせる。


「ち、ちょっ!! ま、待って!! ルーニーっ!!」


と、ターナーが最悪の結果をイメージして叫んだ瞬間、少女の首ギリギリのところでルーニーの剣が止まった。

一瞬の出来事に何が起きたのか理解できず、大人しくなった少女だが、自分の首にひんやりとした刃が微かに触れていることに気付くと、更に大きな叫び声を上げようと大きく息を吸い込んだところで、目の前から発せられる凄まじいまでの殺気に、ひゅっと息をのんだ。


「…そうやって最初から大人しくしていれば、私もこんなことをしなくて済んだのだ。いいか? これから幾つか質問をするぞ。 …騒ぐこと無く、それに大人しく答えるのだ」


ルーニーの低く殺気混じりの声に、本気の度合いが伝わったのだろう。

下手なことをすれば、確実にこの首が飛んでしまうのだと理解した少女は、目に大粒の涙を溜めながら小刻みに何度も頷く。


「…よし。だが、その前に場所を移動しよう。この近くに強力な魔物が潜んでいるようだからな」


そのルーニーの言葉に、少女は目を大きく見開くが、ちょっと考える素振りをしてから辺りをぐるりと見渡した。


「…どうした? 貴女には魔物の位置が分かるのか?」

「は、はい… と言いますか、 …あの …この辺りには、そのように強力な魔物はいません。 …いえ、いられないはずなんです…」

「魔物がいられない…? しかし、私たちはこのすぐ近くで聞いたのだぞ? あれは間違いなく強力な魔物の…」


と、そこまで言ったところで、再び唸り声が聞こえてきた。

即座に反応し、辺りを見渡すルーニーとターナーだったが、目視できる範囲に魔物はいない。

未だに唸り声は聞こえているし、絶対に近くにいるはずなのに、おかしいと思っていると、少女の声が聞こえてきた。


「あ… あの… すみません… わ、私ですぅ…」


ハッとして、ルーニーが少女を見ると、顔を真っ赤にしてお腹を押さえていた。

まさかとは思いつつ注意深く少女を見ると、薄布を纏っただけで露になっているお腹のところから、確かに魔物の唸り声のような音が聞こえている。

魔物退治に慣れているルーニーですら聞き違えてしまうほどの音にも驚いたのだが、それ以上にこんな細い体から出る音とは信じられなかった。


「…は、腹の音だと? これが? いや、間違いなく魔物だと思ったのだが… まさか巫女殿の腹の音とはな…」

「あ、あはははは… あぅ…」

「ま、まぁ良いじゃないか。魔物がいないのなら、落ち着いて話しができるだろう? 俺はさっき倒した魔物を使って何か料理を作るから、神託の巫女殿はルーニーとあちらへ行って着替えてくると良い」


そう言って、ターナーは収納魔法で保存していた猪の魔物を数頭と、調理器具一式を取り出し、辺りの石を積み上げて簡単なかまどを作ると、手際良く食事の準備を始める。

少女はルーニーを連れて自分が禊をしていたところへ行くと、木に掛けていた服を取って着替え始めた。

しゅるしゅると衣擦れの音が聞こえている間、ルーニーは周囲を警戒しつつ、少女へと声を掛けた。


「なぁ、巫女殿。いくら禊のためとは言え、ここまで来るのに危険は無かったのか? 私たちは結構な数の魔物を倒してきたのだが、どれも普通以上の強さだったぞ?」

「そのことなんですが、私にはアリアレイズ様から賜った加護がありますので、魔物や悪意などを持つ人間は私に近付けないんです。ですから、ここまでの道中も魔物との遭遇は一度もありませんでした」

「へぇ? それは凄い。さすがは戦の神に選ばれた巫女殿だな」


戦の神の言葉を届けるために、神が自ら巫女を選ぶことは知っていたが、まさか魔物のみならず、悪意ある人間すら近付けさせないほどの神威を纏わせる加護を持たせるとは、ルーニーも初めて聞いたことだった。

王族の場合、戦の神からの加護として民衆を導く力と、戦における攻撃力や俊敏性、命中率、防御力、運気など、戦闘において必要とされる全てのものが、常人と比べても桁違いに跳ね上がっている。

神託の巫女とは、ルーニーたちとは間逆であろう守りの力が増幅されているのだが、それは戦の神の言葉を受け取る人物だからこその加護なのだろう。

そんな話をしていると、着替えが終わった巫女が姿を現した。

改めてルーニーが見ると、少女は薄い感じの長めの純白のローブに身を包んだ金髪の美しい少女で、どう見ても魔物の唸り声と間違うような空腹の音を鳴らすようには見えない。

すると、ちょうどよく向こうの方から良い匂いがしてきたため、二人はターナーのところに戻ってみると、そこにはたくさんの料理が並んでいて、少女のお腹も空腹の限界を知らせるかのように大きな音を鳴らしていた。


「さーて、それではターナーが腕によりを掛けて作ってくれたのだから、ありがたく頂戴することにしよう。巫女殿、祈りを捧げてくれ」

「は、はいっ! では… ごくり。 …戦の神に感謝をっ! い、いただきますっ!!」


ルーニーが今まで聞いたことの無いほどの短いお祈りを済ませると、少女はほぼ手掴みで一心不乱に食べているのだが、その姿を見ると敬虔な神託の巫女と呼ぶには少々疑問を抱いてしまうような食べっぷりで、貪り食うと言う表現が正しいだろう。

食事の作法すら知らないのかと呆れてしまうターナーは、さすがに窘めなければいけないと口を開こうとするも、ルーニーに笑顔で止められてしまった。


「まぁまぁ、別に良いではないか。ここは王宮ではないのだ。それに、これほどまでに腹を空かせていたのなら、好きなように思う存分食べさせてやろうじゃないか。話はそれからでも大丈夫だろう?」

「し、しかし、外とは言え王国の姫殿下の御前ですよ!?」

「だとしても、その巫女殿に話を聞かなければいけないのだぞ? これしきのことで不敬罪にはできんだろう」


それでも何か言いたそうな顔をしていたターナーだったが、ルーニーの楽しそうな顔を見ると、大人しく言葉を飲み込んだ。

やがて、少女の食べる勢いが弱くなってきた頃を見計らい、ルーニーは少女を見据えて本題に入った。


「さて、神託の巫女よ。そろそろ良いかな?」

「はひ(はい)」

「…まぁ、いいか。では質問だ。 …私が王宮で聞いた話は事実なのか? それを詳しく聞かせてくれ」


少女はもぐもぐと口いっぱいに頬張っていたものを一気に飲み込むと、ぐびぐびとワインを煽り「ふぅ」と一息吐いた。

そして、ごしごしと口元を拭うと真面目な表情でルーニーの顔をじっと見た。


「はい。それは事実です。 …アリアレイズ様はお言葉を発しませんでした」

「…そうか。で、その他に何か気付いたことは無かったか?」

「うーん… そうですねぇ… 強いて言えば、アリアレイズ様がそこにいらっしゃる気配はありましたがお姿は見えず、初めに仰ったようにお言葉もいただけませんでした。私からの問い掛けにもお答えいただけなかったので…」


少女から聞いた話をルーニーがまとめる。

つまり、今朝神託の巫女である少女が毎朝のお祈りに行ったとき、いつもなら戦の神アリアレイズが目の前に姿を現し、何かしらの言葉を残していくのだが、今朝はいつまで経っても少女の前に姿を現さず、言葉すらも発しなかったと言う。

そのため、神託の巫女から話を聞いた神官が王城に走って女王陛下に報告し、ルーニーが事の真実を見極めるために神託の巫女に会いに来た。

しかし、神託の巫女は神殿にはおらず、自分に何か不手際があったのかと自身を清めるために森へと禊に来ていて、それを探しにルーニーとターナーが森に入って、今に至るのだ。


「…なるほど。委細承知した。 …まぁ、現時点では原因はわからず、か。明日にはお言葉をいただけるかも知れんし、今は大人しく待つしかないのだろうな。最終的には女王陛下の判断となるが、警戒レベルを引き上げたままでの現状維持、と言ったところか…」


デザートの果実を齧りながらルーニーが話すと、少女もパンパンに頬張ったまま黙って頷く。

そして、食事も終えるとルーニーとターナーは女王陛下へ報告するために帰路に着く。

帰りは少女も一緒だったため、行きの時のような魔物との遭遇は一切無く、無事に神殿へと少女を送り届けることができた。


だが、二人の誤算だったのは、神託の巫女と一緒にいたため魔物との遭遇がなく、行きの時に感じた魔物の凶暴化と肥大化について聞くことを忘れてしまっていたのだった。

そして、これが始まりの事件だとは誰も気付かないまま、パーライト王国での変化は急速に進んでいくのであった。


不定期になりますが、チョコチョコと書いていきますので、お付き合いいただければ幸いです。

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