白い5日目
後書きのところにイラストがあります。
目が覚めると、目の前に美しい銀色が広がっていた。
窓から差し込む朝日を受けて、きらきらと幻想的な輝きを放っている。
綺麗だわ。まるでギルの髪の色みたい。
それになんだか温かい……って!
「ぎゃっ!!!」
至近距離に男の人の大きな背中が見えた。誰!?と一瞬焦ったけれど、そういえば昨夜は初夜だった。なにもおかしなことはない。いや、おかしなことしか起きてない。現状を顧みるに、どうやら私はギルを抱き枕にしていたようなのだ。慌ててベッドから跳ね起きる。
やだ。反対側の端で寝ていたはずなのに……
いつの間に……!
「お、おはよギル」
ギルは私に背を向けたまま、カチコチに固まっている。
ごめんなさいごめんなさい。無意識とはいえ抱き着いちゃってごめんなさい!
「……おはよう、リリィ」
明るくなった室内でキョロキョロとベッドを見回す。ギルは眠った時と同様ベッドの端にいる。そしてなぜか、反対側にいたはずの私がギルの隣まで転がっていた。
おかしいわね、こんなに広いベッドなのに。
もしかして、ごろごろ転がりたいっていう私の密かな願望が、無意識のうちに、ついうっかり出ちゃったのかしら?
本当にギルに申し訳ない。
「ごめんなさい……」
「別に、謝らなくていい」
そう言いながらも、声は固いし、なによりギルはこちらを向こうとしない。
やっぱり怒っているのかしら?
気になって後ろからにゅっと顔を覗き込むと、危惧していた通り、ギルは全然笑っていなかった。何かをこらえるように、口をぎゅっと閉じている。
背中をちょんちょんとつついた。
「そんなこと言って、実は怒ってるでしょ?」
「怒ってないよ。そりゃ色々と大変だったが……まあ、あれはあれで悪くなかったしな……」
「ん? 何の話してるのよ。話噛み合ってないわよ?」
「いや、なんでもない! とにかくリリィは気にしなくていい」
ギルがようやくこちらを向いた。
私に抱き着かれて暑かったのか、頬がほんのり赤い。そして、目の下に薄っすらと青黒い色が浮かんで見えた。
「あれ、ギルってば目の下にクマがあるわよ? もしかして私のせいで、あまり眠れなかったの……?」
ギルの顔に思わず手を伸ばす。それを遮るように、ギルが私の手に触れた。エメラルドグリーンの瞳が真っ直ぐに私を見つめる。
寝不足だからだろうか。
その瞳に、熱がこもっているように見えるのは。
「ゆっくり眠れるわけないだろ。一晩中、リリィに抱きつかれていたんだぞ」
――――え?
それってもしかして私のこと……少しは意識してくれたの……?
一瞬どきりとしたけれど、言葉の意味を反芻して、さっと青ざめてしまった。そりゃゆっくり眠れないわよね、私にしがみつかれちゃ。だって絶対窮屈だし、暑苦しいし、寝にくいと思うもの。
ねえ、迷惑だった?
好きでもない私に、ずっと触れられて……
ギルは、嫌だった?
眠れなくなるくらいに。
「本当にごめんなさい。こ、今夜からは私、自分の部屋で寝るわ!」
「え!?」
ちくりと胸が痛む。どう考えても嫌に決まっている。そもそもギルは女の子が好きじゃない。自分に都合のいい勘違いをしかけたことが、恥ずかしくて泣きそうになる。
「私ったら自分で思うよりもずっと寝相が悪かったのね。ほんとショックだわ」
「リリィはショック、だったのか……?」
「もちろんよ。こんなことになるとは私も思ってなかったの。これ以上、事故が起きないように気を付けなきゃ」
「じ、事故…………」
「ギル? 顔色が悪いけれど、どうしたの? 睡眠不足で気分が悪いの? 安心して、今夜は1人でゆっくり寝られるわよ」
「分かった。分かったから、もう、なにも言わないでくれ……」
押し殺すような声でそう言って、ギルは頭っから毛布を被ってしまった。彼の身体は、布越しにふるふると震えているように見える。
やっぱり怒っていたのね。
まさか、ギルにここまで嫌がられるとは思っていなかった。
仕方ない。あのふかふかベッドに未練はあるけれど、今夜からは大人しく自室にこもっておこう。
がくりと肩を落としながら、私は夫婦の寝室を後にした。
◆ ◇
「おはようリリィちゃん、早いわね。もう起きて大丈夫なの?」
自室に戻って身支度を整えた後、食堂に向かう道中で、ギルのお母さまであるジゼル様に声を掛けられた。
昨日から、私にとっても義理の母となる人だ。
ジゼル様はとても綺麗な人だ。華奢な身体に、銀色の長い髪を揺らした姿は妖精のように美しい。とても18の息子がいるようには見えない。さすがギルの母親だ。
「はい! たっぷり眠れましたので、昨日の疲れはスッキリ取れました」
「……あらそう。その、身体は大丈夫かしら?」
「ええ。結婚式は立ち通しでしたので足は疲れましたけど……靴ずれもしませんでしたし、昨夜は侍女たちにマッサージをしてもらったので、まったく浮腫みもしませんでした!」
「足……」
ジゼル様は物静かで可憐な見た目をしているが、実はパワフルでおしゃべり好きで、そして気さくな方なのだ。
ギルとの結婚が決まってからは、なにかと細やかに気を配って下さっている。ありがたいことだ。
「それと、ご用意して下さったベッドがとても素敵でした! おかげで昨夜は最高でした。ありがとうございます、お義母さま」
「あ、あらまあ。まあ。それは良かったわ」
ジゼル様が頬を染めて喜んで下さっている。
お礼を言っておいて良かった。
「そういえばあの子は?」
「ギル? まだ寝てます」
「まあ、あの子の方が起きてこられないの? リリィちゃんですら起きてきたというのに、なんと軟弱な……。しかも新婚早々、新妻を放ったらかしにするなんて! ちょっと待ってて頂戴ね。叩き起こしてきますから」
「い、いえっ! 今日はお仕事もお休みですし、ゆっくり寝かせてあげてください」
「なんて情けない息子なのかしら……」
ぶつぶつと呟きながら、ジゼル様は私と入れ違いに食堂から出ていった。