表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/25

白い3日目


 屋敷に戻り、夕食を頂いた後、私はランドル邸の侍女達に周囲を取り囲まれてしまった。 


 そういえば、今夜はいわゆる初夜だったわね。

 まあ私たちには関係ないけれど。


「なんてお可愛らしい。これは磨き甲斐がありそうですわ!」

「私どもにお任せください。リリィ様を真夜中の妖精にして差し上げますわ!」

「は、はぁ……」


 侍女たちの目が輝いて見えるのは気のせいかしら……


 1人で入れます、と哀願するもむなしく、数名がかりで浴室に連行されてしまった。結婚して初めて知った。どうやら初夜というものは、侍女にとっても気合が入るものらしい。


「うふふ。頑張りますわ、リリィ様っ!」

「……なんだか楽しそうね、エマ」


 ピンクのふわふわな髪を肩まで垂らした少女が、くふくふと楽しそうに笑っている。私よりも2つ年下のエマは、ハーソン家から唯一連れてきた私付きの侍女だ。


 彼女はとりわけ張り切っているようで、非常にワクワクした様子で私の身体を磨き上げていく。全身を爪の先まで丁寧に洗われて、仕上げといって、妖艶な芳香を放つ香油をたっぷりと塗りこめられてしまった。


 いや、そんな必要どこにもないですから〜!

 と内心突っ込みつつも、表立ってはなにも言えない。


 正直なところ、私は今回の結婚について軽く考えていた。本人同士が納得していれば、実態がなくても問題ないと考えていたのだ。反対されたら厄介だから、結婚するまでは黙っておこうと思っていたけれど……

 まさか、あんなに喜ばれるなんて。


 ――――お父さま、泣いてたわね。


 昼間の式を思い出す。父はタキシードを着たギルに、咽びながら娘を頼むと言っていた。


 こうなったら隠し通すしかないわよね。

 喜んでいる両親たちをがっかりさせたくない。

 

 ちなみに私たちの正しい関係を知っているのは、私とギルと、恐らくギルの侍従であるケインと、あとは昔から私の側にいるこのエマだけだ。

 本当はエマにも内緒にするつもりだったけど……


『ギルフォード様と結婚ですか? うわぁ、おめでとうございますっ! 想いが叶って良かったですね、リリィ様』

『ちちち、違うのよエマ。この結婚は形だけなんだからっ!』

 

 ギルへの想いは厳重に秘めていたはずなのに、なぜバレていたのかしら……

 動揺して、ついうっかり口を滑らせてしまった。


「我ながら素晴らしい仕上がり……これならギルフォード様も、リリィ様にめろめろなのですよ」

「なに言ってんのよ……」


 じとりとエマを見る。


 今回の結婚について、私とギルは普通に相思相愛だろうとエマは言うけれど……


 それは、ない。

 それだけは、ない。


 だってギルと一緒にいて、甘い雰囲気になったことなんて一度もない。これといったアプローチを受けたこともないし、そもそも彼には好きな人がいる。


 ちなみに、ギルの名誉のためにも彼が男色家だという事だけは黙っている。だから両想いだなんて、おかしな勘違いをしてしまうのね。


 エマがにっこりと笑う。


「大丈夫、今夜のリリィ様はとてもお美しいですもの」


 口元がひきつる。

 エマ、それは侍女の欲目というものよ。


 それにしても疲れた。今日は朝早くから式の支度に取り掛かり、重たいウエディングドレスを身に付けながら1日中立ちっぱなしで過ごしてきたのだ。こんな無駄なことをするくらいなら、さっさとベッドに入って眠りたい。

 あ、でも疲れた足のマッサージは、気持ちいいなっ!


 うつらうつらとなりながら、エマたちにされるがまま身を任せていると、最終的には薄いナイトドレス姿にさせられて、夫婦の寝室にぽいっと放り込まれてしまった。


 な、なにこの部屋……


 一瞬で目が覚める。周囲をぐるりと見回して、息を呑んだ。

 部屋の中はすでに薄暗く、オレンジ色の明かりがサイドテーブルの上で煌々と灯されている。そして、部屋の真ん中で存在を強く主張しているのが……


「うわ、すごいベッド……」


 豪華な細工をあしらった、天蓋付きの巨大な寝台だ。


 ごくりとのどを鳴らして目を見張る。広いベッドは、2人どころか4人は並んで眠れそうな大きなサイズだ。その縁には、クリーム色のガウンを着たギルが、落ち着かない様子で腰を下ろしていた。


「あ、ああ。これちょっと立派過ぎるよな。俺も運ばれてきた時には驚いた。やりすぎだって言ったんだが……母さんが止まってくれなくて」

「おばさま、ロマンチストよね」

「今回の結婚ですごくはしゃいでいて……リリィの部屋の内装も、全部母さんの趣味なんだ。ごめん」

「いいえ。とても素敵な部屋だったから、それはちっとも構わないわ。むしろ色々と用意して下さって、ありがたいと思っているわ」

「そうか……そう言って貰えるとホッとする。ありがとう、リリィ」


 洗いたての髪はまだほんのりと濡れているようで、銀の髪が水気を纏いキラキラと輝いている。ガウンから露出している腕や足の、想像以上にしっかりとした骨格に思わず目を奪われて、どきりとしてしまった。

  

 そろそろとベッドに近づく。


 なんて破壊力のある光景なのだろう。ここに来るまでも、支度の時点でむず痒いような恥ずかしさを感じてはいたけれど、今の状況はそれの比じゃない。どうしよう。めちゃくちゃ緊張しちゃってる。

 すぐそこにギルがいるから、なおさら……


 なにもないと分かっているのに、ドキドキしてしまう。

 頬が熱いわ……


 ちらりとギルに目を遣ると、彼も真っ赤になりながら、落ち着かなさそうに視線を左右に揺らしていた。その様子を見て、この落ち着かなさが自分だけではないのだと少し安堵する。


「ごめんなさい、ギル」

「な、なに謝ってんだよ」

「白い結婚なのだし、本当は別室に行った方がゆっくり休めていいんでしょうけど、さすがに初夜からそれだと皆に怪しまれてしまうから……今日はここで一緒に寝てくれる?」


 夫婦の寝室とは別に、それぞれの私室も用意されている。

 もちろん就寝だって可能だ。しかし新婚初夜から別室で眠るのは、疑ってくださいと言っているようなものだ。だからギルには申し訳ないけれど、今日はここで寝てもらわないと。


「そのことだけどさ」


 ギルが神妙な顔をして、私を見つめている。


「うん」


 沈黙が降りる。ギルの言葉が続かない。彼なりに、この状況に不安を感じているのかもしれない。私をじっと見つめたまま、言いにくそうに口をパクパクと動かしている。


 ――私が彼に提案したのは、白い結婚だ。


 白い結婚とはつまり、夜の営みを伴わない結婚のことだ。この条件があるからこそ、ギルは私との結婚に頷いてくれたのだ。


 好きでもない相手とは触れ合いたくない――……そんなギルの意思を、私は尊重しようと思っている。

 大丈夫、襲いかかったりしないから安心して欲しい。


 跡継ぎに関しては、数年経過してから子供が出来ないという事にして、遠縁から養子を迎えればいいと思っている。特に珍しいことでもない。


 ギルに安心してもらえるように、にっこりと笑ってみせる。


「大丈夫、ここで眠るのも今だけよ。ささ。今日は疲れたでしょうし、もう寝ましょ」

「ま、待ってくれ、リリィ!」


 布団をめくりあげて中に入ろうとしたら、ギルに肩を掴まれた。

 やけに真剣な眼差しを受けて、ドキリと胸が鳴る。


「なあ、リリィ。やっぱり、結婚までしてしまったことだし……、俺と、その……ちゃんとした夫婦にならないか……?」


 ――――――え?


 そりゃ私は全然構わないけれど。ギルは嫌なんじゃないの……?


 とっさに返事が出来ない。肩に細かい振動を感じて、よく見ると彼の指先が小刻みに震えていた。

 そんな、無理しなくてもいいのに――……


「いいえ、止めときましょ。無理をするのは良くないわ」

「で、でも」

「言ったでしょ。私も好き合った相手とじゃなきゃ嫌なの」


 私の言葉に、ギルがぐっと押し黙る。


 ――――ちゃんとした夫婦にならないか?


 それは私にとって非常に魅力的な提案だった。ギルと普通の夫婦になれるのなら、そりゃなりたいに決まっている。だってギルが好きなのはユリエルだけど、私はギルが好きだから。


 でも、嫌々で相手されるのなんて、ごめんだわ。


 好きでもない相手ならともかく――――

 好きだからこそ、心が伴わないなんてきっと虚しいもの。


 えいっ!


 ギルの大きな手を振り払う。未練を絶ち切るように、広いベッドの中に素早く潜り込んだ。次の瞬間、私の関心はあっさりとギルからベッドに移動した。


 ――わ、すごい。なんてふかふかのベッドなの!


 あまりの心地よさに、思わず笑みが零れてしまう。柔らかな毛布はビロードのように滑らかな肌触りがして、式で疲れ切った身体を癒すように私を優しく包みこんでくれた。さらさらの清潔なシーツからは、お日様の温かな匂いがする。


 過去最高の寝心地の良さに、私はすっかり感動してしまった。ああ、出来るものなら、この気持ちのいいベッドの上でごろごろ転がりたいっ……!

 ギルがいるからぐっと堪えておくけれど。


 はしゃぐ気持ちをどうにか押さえ、ギルに背を向けて寝台の端に寄る。


「私はこちらの端で寝るから、ギルは反対側の端で寝るといいわ」

「…………」

「ほんと広いベッドね~。これだけスペースがあれば、寝返りを打っても触れ合わなくて済みそうね」

「…………」

「じゃ、おやすみなさ~い!」

「…………」


 背後で、もそもそと毛布に潜り込む音がする。

 後ろの様子は見えないけれど、きっと今、ギルもこの素敵な寝具に包まれて、安堵の吐息をついているでしょう。


 ――――ゆっくり休んでね、ギル。



 昼間の疲れが相当たまっていたらしい。

 あんなにドキドキしていたのに。温かな毛布に包まれて、私はあっさり意識を手放した。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幼馴染の男の子と、3ヶ月だけ付き合う約束をしたお話です♪
カウント90
バナー/楠木結衣様
― 新着の感想 ―
[良い点] リリィちゃーん……( ノД`)シクシク… わかってあげてー
[一言] おもしろかわいそう!。゜(゜´Д`゜)゜。ギル、頑張れーー!!
[良い点] リリィ様。゜(゜´ω`゜)゜。 勘違いが生み出す優しさのこもった言葉が残酷で。゜(゜´Д`゜)゜。 行き違い夫婦でしかも幼なじみ…… やっぱりみおりさんの作品ツボすぎます♡
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ