45話 女大工
「ハイト~、お待たせ!」
バガードのエサがアイテムボックスからなくなったので、補充するためにファーレンに戻らないとな、などと思いながら今日の予定を練っていると妻がログインしてきた。
俺がログインしてからフリフロ内で20分程度しか経過していないので、現実ではたぶん5分くらいしか経っていない。もしかして俺が起こしちゃったのかな……それなら申し訳ないことをした。
「俺もさっきこっちにきたばかりだよ。もしかして俺が起こした?」
「違うから安心していいよ。たまたま起きたら、ハイトがもうゲームを始めてたから追いかけてきたの」
「起きてすぐログインしたのか……ちゃんと朝ご飯は食べた?」
俺でも起きてすぐゲームを始めると体に悪そうだという理由で、朝ご飯と筋トレだけは先に終わらせてきたっていうのに。
「ちゃ~んと食べてきたよ。流石に心配のし過ぎ! 子供じゃないんだから……」
妻がジト目を向けてくる。
「別に子供扱いはしてないよ」
「ならよしっ。ところで今日は何するの?」
「今日はね、俺たちのクランハウスを建ててもらうために大工さんに会いにいくよ」
ころっと表情を変えた妻からの質問に答える。
「いいね! それじゃあ、さっそく出発しよっ!!」
「うん、行こう」
今回、お世話になる大工さんの事務所は、冒険者ギルドでもらった地図を見る限りそんなに大きくなさそうだ。あまり大所帯で行っても邪魔になりそうなので、従魔3体には引き続き留守番を任せることにした。
従魔たちは了承してくれたが、その代わりに湖で魔物の狩りがしたいとお願いされたので許可しておいた。マモルは俺と一緒で潜水スキルを取得しているのでどうにでもなるが、すらっちとバガードはどうやって狩りをするつもりなんだろう。気になるので、後で聞いてみよう。
「あそこじゃない?」
「っぽいね」
ファーレンと経営地間の移動もだいぶ慣れてきた。
道なきエルーニ山からペックの森までは今でも少し時間がかかるが、そこから先は道に迷うことなく町へと辿り着く。そして地図を頼りにファーレンを歩き、ついに目的と思われる大工さんの事務所を発見した。
「私がノックしてみるね」
妻が3回、扉を叩く。
「すみませーん! 冒険者ギルドの紹介できましたクラン<アイザック一家>の者です。サインスさんいらっしゃいますか?」
「は~い! 今いきます」
返事があってから数分間事務所内でドタバタと大きな音がしていた。それが止んだかと思えば、事務所の扉が開かれる。
「よく、きてくれたわね。私がファーレンの大工たちをまとめるアネット・サインスよ。話は中でするからとりあえず入ってちょーだい」
俺たちを迎えたのは、真紅の長髪を褐色肌に垂らしたツナギ姿の女性だった。その健康的な外見からは想像もできないセクシーで大人びた声。とてもギャップがあり、モテそうな人だなぁと場違いな感想が頭に浮かぶ。
「失礼します」
「掃除は苦手だからちょっと汚いけど、許してね」
サインスさんに促されるままに事務所へと入る。足の踏み場がない……とまではいかないが、雑に積まれた大量の本や床に落ちている紙には気をつけて歩かないと。
「適当なところに座ってて。飲み物、用意するから」
「わかりました」
案内された部屋には1つの大きな机と4つの椅子があった。俺と妻は近くの椅子に腰を下ろす。
「お待たせ。はい、どうぞ。カップが少し熱いから気をつけてね」
奥のキッチンから戻ってきたサインスさんがミルクティーを出してくれた。机に置かれたティーカップを落とさぬように両手で持ち、口へと運ぶ。
「美味しいです。サインスさん」
「そう? お口に合ってよかったわ。でも、そのサインスさんってやめてくれない? 堅苦しくて嫌になっちゃう」
「えっ、じゃあなんとお呼びすれば……」
「アネットって呼んで」
名前で呼んで欲しいってことか。
なるほどね。
「わかりました、アネットさん」
「……さんって、全然わかってないわね」
「ちょっと! うちの旦那を口説かないでください!!」
妻が突然、アネットさんに詰め寄った。
「別に口説いてなんかいないわよ? ただ、かわいい坊やだからちょっとからかってあげようとしただけ。まぁ、この子には通じなかったみたいだけど」
彼女は余裕の表情でサラッとそれを躱す。
ていうか今、俺のこと坊やって言ったか?
もう24歳なんだけどなぁ。
「そりゃそうですよ。ハイトは私の自慢の旦那ですから! ただスタイルが良いだけの女になびきませんよ!!」
「スタイルが良いのは否定しないけど、その言い方は傷つくわ」
なぜか女性2人が火花を散らし始める。
「あの、今日はクランハウスについて話すためにきたんだけど……」
そのまま放っておくわけにもいかないので、少し強めの声で仲裁する。
「あら、そういえばそうだったわね。ごめんなさい、かわいい坊やにダークエルフちゃん」
「ハイト、ごめん。ついイラっとしちゃって」
どうやら2人とも落ち着いてくれたようだ。これでようやく本題に入ることができそうだね。
ハイトは絶対に浮気しないので、そこはご安心ください。




