92話 サクラトレント(下)
地方都市フェッチネルの外壁の周り。均等に幅を取り、植えられている木々。その間隔を乱す不届き者に向けて2つの魔法が放たれた。
桜の花を頭につけたイベント限定の魔物はそれに気づいていないのか、全く動かない。
――――高温の火球と闇色の弾丸が標的へと到達する。
「えっ、終わった?」
妻が呆気に取られた表情でそう零した。
「流石に一撃じゃ終わらないんじゃない?」
レベルアップや熟練度関係のアナウンスはなかった。サクラトレントを倒したものの、どちらも上がらなかったという可能性もあるが……流石に1パンというのはないだろう。
「ううん。だって、私のメイン職のレベルアップとスラミンのレベルアップのアナウンスが流れたもん」
「じゃあ、サクラトレントは本当に2つの魔法だけで倒せたってこと?」
「うん。私も嘘でしょって思ったけど、戦闘途中にアナウンスが流れたことなんてなかったし。本当にサクラトレントは死んだんだと思う」
記念すべきサクラトレント初討伐は戦闘とは呼べない感じで終わってしまった。
倒してしまったなら仕方ない。俺は動かない桜の木モドキに近づいて解体をする。
桜の花弁
レア度:2 品質:低
サクラトレントの頭部から落ちた桜の花弁。
押し花や料理の飾りとして使用される。
ただし、このアイテムは一部が燃えてしまい品質が通常よりも悪い。
魔力樹の枝
レア度:2 品質:低
地面から魔力を吸い上げ体に貯めると言われているサクラトレントの枝。これを素材として作った武器は魔法との親和性が高くなる。
ただし、このアイテムは一部が燃えてしまい品質が通常より悪い。
「うわぁ……やっちゃったよ」
一部が燃えてたって、どう考えても俺のファイヤーボールが原因だよね。そのせいで品質落ちちゃったとか最悪だよ。妻に謝らなくちゃ。
「どうしたの、ハイト」
ドロップアイテムの鑑定をしていた俺が普段とは違った声をあげたからか、妻がこちらへ寄ってきた。
「その、ごめん」
まずは謝罪する。
よく考えて行動すれば、今回のことは未然に防ぐことができたかもしれないから。
「えっ、何が?」
理由を説明するより先に謝ったため妻は何が何だか分からないといった感じの表情。
「実はサクラトレントのドロップアイテムはちゃんと手に入ったんだけど、俺が火魔法で攻撃したせいで品質が落ちてしまったんだ」
「はぁ……なーんだ、そんなことか。別にまた倒せばいいし、気にしないで」
もっと深刻な出来事もあったのかと思ったと言わんばかりにため息をつかれた。
「でも、ほんとごめん」
「も~、何回も謝らなくたって大丈夫だよ。逆の立場だったら、ハイトだって笑って許してくれてるでしょ?」
妻の魔法でドロップアイテムの質が落ちたところで俺は怒らないな。だってあくまでもゲームだし。フリフロは楽しいけど、この世界でしか意味を持たないドロップアイテム1つを理由に大切な人にキレたりしたくない。
「それは……そうだけど」
「だったら、もう謝らないで。さっきのじゃ全然戦った感じもしなかったし、もう1体やっちゃおうよ」
妻は本当に気にしていないようだ。これ以上うじうじしていたら逆に怒られそうなので、今回は妻の優しさに甘えよう。
「わかった。でも、どうせもう1回戦うなら……あえてサクラトレントが動き始めてからにしない?」
さっきの倒し方は戦闘したって感じがしないから。今度は真正面から戦いたい。
「いいよ! また遠距離攻撃だけで仕留めても味気ないもんね」
賛成してくれたので、俺は早速行動に移る。
今、倒した個体とは別にあと3体はサクラトレントが近くにいる。別にどれを倒してもいいので、1番近くにいる奴をターゲットに定めた。
「じゃあ、あいつを倒そう。まずは俺が敵が動き出す距離までゆっくり詰めるよ」
「わかった。サクラトレントが動き始めてから魔法を唱えるね」
妻の魔法を発動するタイミングも決まったので、俺はサクラトレントとの距離をじりじり詰める。
最初は10mくらいの離れていたところが、8、7、6とどんどん狭まっていく。そして5、4、3とあと少し詰めれば俺の攻撃の射程内というところで、ついに敵側が動き始める。
桜の木に突然オバケの顔のようなモノが浮き上がり、枝がうにょうにょと波打っている。相手が動いたのだから、もう攻撃してもいいだろう。俺は背中の剣を引き抜き、そのままの勢いで振り下ろした。目の前にいる桜の木モドキを真っ二つにするつもりで。
「かたっ!」
だが、その一撃はサクラトレントの枝によって防がれた。奴は自身の枝をまるで人が腕を動かすかのように自在に操ることができるらしい。
反撃を食らう前に、俺は後方に跳び一旦距離を取る。
「どう考えても木の強度じゃないだろ」
叩いた感じで金属かと思った。
普通の木の枝だったら、絶対に折れていたはずだ。
どうしてそこまで強度があるのか考えていると、今度は相手側から攻撃を仕掛けてきた。奴の枝の中でも特に太い2つが俺に迫り、そのうちの1本が叩きつけられる。
咄嗟に鉄の盾を構えてガードする。ドシンと強烈な衝撃が伝わってくるもダメージはそれほど受けてはいない。
俺は剣を持つ手に力を入れて、反撃に出ようとするが相手がさせてくれない。もう片方の枝で再び攻撃してきた。
遅くもないが、速くもない一撃だ。再び盾を体の正面に持ってきて身を守る。
それから同じような手順を3度ほど繰り返す。
「くっそ、ぜんっぜん攻撃できない!」
もうダメージを受ける前提で反撃に出てやろうか。
「植物魔法、ソーンバインド! ハイト、枝は止めるから、本体に攻撃して!!」
妻の声が俺の苛立ちを消し飛ばす。そして発動した魔法がサクラトレントの枝の動きを止める。
「ありがと!!!」
敵の反撃がないので、俺は全速力で接近。サクラトレントの懐に入り込み、縦横斜め何度も全力で剣を振るう。
「ハイト、たぶんもう終わったよ!」
それから10数秒して妻から戦闘の終わりが告げられた。
「リーナの魔法のおかげで助かったよ。ありがとう」
「いいのいいの。それより早く解体しよ? アイテムの品質が知りたい!」
剣を背に収めた俺は、妻に言われるがままサクラトレントを解体してドロップアイテムの品質を確かめることにした。