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わかりました……仕方ないですね

「うぅ……硬ぁいよぉ……――」


 いつもの硬さ(・・・・・・)に文句をぶつくさ呟きながら目を開けると、いつもの光景(・・・・・・)が広がっていた。

 決して広くはない部屋、決して豪華ではない壁、決して肌触りのよくない寝間着。


「よかった、エリィ」


 ……――そしていつものように温かい両親は目覚めた彼女に泣きながら抱きついた。


 どうやらあの日――エリィが自称《万能神》に攫われてから、丸二日経っていたらしい。ただ、()隠しにあったのではなく、ただ放牧地で頭をぶつけ、意識を失っていたということだけになっていた。

 本当に起こったこととかなりズレがあったから、不自然に見えるくらい呆然としてしまった彼女だが、両親はそれには気づかなかったようでまあいいかと納得してしまった。

 ふとあの(・・)はた迷惑な《万能神》が憑りついたあの老牛はどうなってしまったのか聞いてみると、そんな牛はうちにはいない、と逆に心配されてしまったエリィは、いろいろ気になったものの、夢を見ていただけかとごまかしておいた。



 体調は悪くはなかったものの、意識が戻りたてなので消化のいいコーン粥を食べていると、ああ、そういえばと父親がなにか思いだして、母親と頷きあっている。


「エリィを運んできてくれたとき、エリィと結婚したいっていう王子様みたいな青年がきたよ」

「そうそう。前にすごく親切にしてくれてね。今日、もう一度来るって言ってたわ」


 こんな村に王子さまがやってくるなんて思わなかったな。本当よ、きちんと捕まえなさいね、手を離しちゃだめよと言外に迫る両親。すごく期待する目で見られたが、そんな王子さまみたいな青年とは喋った記憶がないエリィ。

 いったい何者なんだろうと首をかしげるが、答えはまったく出てこない。


 朝食を取り終わった後、体には異常がないことを確認してもらい、異常がなかったので日課である放牧をするために牛舎へ行こうとすると、久しぶりだねぇと背後から声をかけられた。

 振り向くと、おとぎ話に出てくるような――両親が言っていた金髪碧眼の青年が立っていた。身なりからしても彼がすごく立派な身分であることは明らかだった。


 しかし、それ以上にエリィは驚いていた。


 あのとき、例の《万能神》が彼女に脳内に語り掛けてきた声とまったく同じだったから。まあまさか声が似たような人ならばいくらでもいるだろう。現に離れて暮らすエリィの叔父とこの村の村長は血のつながりはないが、声は似ている。

 ただそれだけだろうと思うために名前を尋ねようとするが、うまく言葉が出ない。


「あなたは……――?」

「あは、俺のこと覚えてない(・・・・・)? ルエズだよ?」


 見た目が変わってるから、覚えているわけないよねぇとからりと笑う青年――ルエズ。

 まさかと冷や汗が背中を伝うエリィの背に、ちょうどよかったわねぇというのほほんとした両親の声が聞こえてきてしまった。


 最悪なタイミングだ。


 内心頭を抱えてしまったが、青年(ルエズ)も笑うだけで拒否してくれなかった。





 牛をさっさと放牧させたあと、家の中に青年ともども連れ込まれたエリィは今すぐに逃げ出したかったが、ルエズががっちりとホールドして、逃げようがなかった。


「ええ、俺が道で困っているときに彼女が助けてくれて」


 両親に聞かれてなれそめを語っているルエズ。


 そんなエピソードなんてないんだけれど、実際のことを言うと多分両親は心配するから――というか、そもそも《万能神》という存在さえ信じてくれないんじゃなかぁと別の心配をしてしまった。もっとも信じてくれたところで、娘が神様に求婚されているという状況は変わらないのだが。


 脳内で彼の言葉に丁寧に突っ込みを入れるエリィだが、だれもそれに気づかないようで――《万能神》であるルエズは気づいているかもしれないが、言わせないようにしているだけなのか、つつがなく話が進んでいく。


「ええ、俺が飼い猫をうっかり放しちゃったときがありまして、そのときに彼女のもとに潜り込んでいたのですよ。それに、近くの小川でときどき遊びに来ている鴨を見ている彼女が可愛くて……――ああ、そうですね、もしここが海辺の町ならば、鮫になってでも攫って行こうかと考えてしまったことがあるくらいで」


 流ちょうに話すルエズの笑みは怖い。

 直感でそうそう感じてしまったエリィだが、逃げることができる隙間がなかった。頬をやさしくなでるその手はなめらかだった。


「っていうことで、俺と結婚してください。というか、俺と結婚するよね?」


 にっこりと笑いながら言われたその申し込みに、拒否権など与えられなかったエリィだった。両親も彼ともちろん結婚してくれるんだよね!?と前のめりだったので、ただ頷くことしかできなかった。


 こうして、彼女はルエズと結婚することになった。

 村の人たちからは悔しがる声も多かったが、王子様な見た目のルエズに求婚されたエリィを祝福してくれた。

 どうやったのかわからないが (知りたくもないが)、爵位を持っていないにもかかわらず彼は王国の最高顧問という地位についていて、あれよこれよという間に王都に遠い場所にある屋敷に連れていかれた。





 高原地帯のその地域では、牧畜が盛んであるが、ルエズはエリィが決して牛を飼うことを許さなかったらしい。不思議に思った村の人が彼に理由を聞くと、決まって彼はこう言った。




「牛を見るとね、なんだかこう……恐怖心が生まれるんだよ。だから、あまり大きくないものでお願いしているんだ」




 彼はそう言っているが、真実かどうか確かめるすべはなかった。

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