いや、だからあなたは……
「やっぱりこのままがいいんじゃないんですか?」
《万能神》の話を聞き終わったエリィはそうぼやく。どういうことだ?とまるでわかっていない反応をする《万能神》。
「どう考えたって、あなたが神の姿に戻ったところで疫病神にしかなりませんし」
『どこをどうしたらそんな発想になる??』
“牛”もとい、《万能神》ルエズはバッサリと切り捨てたエリィに焦るが、いたって冷静な彼女は細かく指摘する。
「だって、この世界を支配するために異種族相手に反乱起こして、成功して支配したのはいいけれど、その息子たちに反乱起こされたせいで、ほかの神々を巻き込む世界大戦起こしたんですよ?」
最初の指摘は《万能神》――ルエズが生まれて間もないころに起こした天界と地上をわける大戦について。
その戦の原因はたった一つの果実の奪い合いだと“牛”から直接聞くと、余計にばかみたいですねと呆れるエリィ。たった一つの果実の奪い合いのせいで、何万もの異種族の命が失われ天界と地上がわけられた。場所がわけられたのは良くても巻き込まれた神々のせいで、天変地異が起こるようになったと言われているだけあって普段、自然を相手にしているエリィにとってはたまったものではない。
『仕方ないだろ? あいつら押さえつけるためにはそれぐらいしないとね』
しかし、ルエズはどこ吹く風で、むしろ見果てぬ場所からの変な生き物の襲来を妨げたんだし、キミたちの生活を安寧にしたんだよ?と笑う。それにエリィはそうですけれどぉとため息をついたが、べつのところにツッコんだ。
「だからといって、なにも弟さんを地の果てに追いやって、ベスリア十八大神から外すってひどいですよね」
ルエズとその家族の神々はまとめてベスリア十八大神と呼ばれる。
例えばルエズの息子である《酒の神》ヴルトや《旅人の神》ミレンバ、人間との間に産ませた娘の《豊穣の女神》ミュエル、そして弟である《海の神》ポリィテがあげられるが、ポリィテの下にいるもう一人の弟《地下の神》ゼンドルはルエズに命じられ、地の果てまでいきそこで暮らすために地上を守る十八大神には数えられない。
そこを指摘すると、それだって仕方ないじゃん?とけろりと言う《万能神》。
『それだってくじ引きで決まったんだし』
神とヒトでは習慣が違うし、彼が十八大神に加えられた場合には封じ込めた悪い者たちも地上にやってきてしまうということに気づいたエリィはあえなく撃沈したが、ふとあることを思いだし、いやいやいややっぱりおかしいですよねとツッコむ。
「では、奥さんに隠れて鴨や猫、鮫に化けて子供をたくさん作って、それがきっかけで人間の戦争を引き起こしたことについては」
《万能神》ルエズは好色家だ。
東の果てのほうの島国にも神々に関する話はあって、この男を似たような感じの好色家だと聞いたことはあるが、これは別格だった。
異種族相手の大戦に勝利した後、《万能神》らしくそれに見合った妻を迎えた――が、その妻というのが性格に難ありな女神だった。性格に難あり――束縛大好きな《知恵の女神》ユテに飽きたルエズはほかの女神たちに恋したり、人間の女性に恋をしたりしたのはよかったものの、ユテはやけにルエズの浮気に敏感だった。
そのため鴨になって自分が狩りの獲物と認識させたり、猫になって (物理的に)女性の懐に潜り込んだり、鮫になって求婚したりしていた――らしい。
……――が、あちこちで子供を産ませまくったせいで、相続問題やら戦争に《万能神》の力を借りようとする輩が増えまくって、ヒトの煩悩ができたとされる。
さすがにそれには反論できなかったルエズ。
「じゃあ、やっぱりあなたはこのままのほうが世界平和が保たれますね」
沈黙した“牛”――ルエズに満足そうな笑みを向けるエリィは、帰ったら捌きましょうかと悪魔のように宣告した。
そこからしばらくの間、なにも話すことがなくなった二人 (もしくは一人と一頭、一人と一柱)は再び黙っていたが、ふと“牛”の足元を見たエリィはあっと驚きの声を上げる。
「足元なにか光ってません?」
『ほんとだな……って、だれかが助けに来てくれたぞ!』
自分の四つの足首あたりを光の輪で包まれていることに気づいたルエズは、かなりテンションが上がった。
しかし、先ほどと変わらない低さのテンションでマジですかと呟くエリィ。あれほどまでに早く帰りたいと言っていた彼女に理由を尋ねると、遠い目をしながら返事がきた。
「いや、どんな物ず――人が助けにきてくれたのかなって」
『今、物好きって言おうとし――いえ、ナンデモナイデス。俺にもわからない』
ボヤキにツッコもうとしたが、ひと睨みされて黙らされたルエズ。力関係は相変わらず変わっていないようだったが、彼の返答にそんなぁと明らかに口を尖らすエリィ。
『ま、そこら辺にいる魔術師じゃないだろうな。もしくは神力を使えるような輩か。俺の結界を破るのにはクッソ力を使うだろうから、まさか神代に存在していたやつではないだろうが、それと同等じゃないとな』
ルエズは聞かれてもないのに推察するが、エリィには聞き慣れない言葉ばかりでなにを言っているのかさっぱり理解できてない。
『そうはいっても、俺らの時代だったらだれでも神力を使えるだろうが、今では……』
ぶつぶつと呟くルエズだったが、途中で消えた。どこに消えたのか、なにが起こったのか理解できていない少女はどうすればいいの?と呟いて首を傾げた。
《お待たせしました。もう少しお待ちください》
その直後にふっと暖かい声が聞こえた瞬間、エリィの意識が途絶えた。
意識を取り戻したエリィの目に入ってきたのは豪華な装飾が施された壁や天井だった。どこだろうと転がると、先ほどまでいた場所のように心地の良いベッド、そしていつものようなごわごわとしたものではなく柔らかく肌にまとわりつく寝間着。彼女が動く気配で起きたことに気づいたのだろう、はじめましてという意識を失う前に聞こえた声の持ち主と思われる男性の声が聞こえてきた。
その声の方向を見ると、さらさらとした長い漆黒の髪と闇のような黒い瞳を持ち、黒い服をまとった青年が立っていた。
「お迎えが遅くなってしまい、申し訳ありませんでした。わたくしは《地の果て》の魔術師ゼンドルです。ちょっと荒っぽいことになってしまいましたが、人間のあなたが五千年ぶりに馬鹿に連れ去られたのを我々独自のネットワークで感知したので、連れ戻させていただきました。今はちょうど天界と人間界の中間地点にいます。」
なんか聞いたことのあるような名前だったが、どこで聞いたんだっけとぼんやりと考えたエリィだが、それ以上に例の自称《万能神》を馬鹿呼ばわりしたのにこの人は魔術師って名乗っているけれど、きっとすごい人なんだろうなと感心してしまった。
「ところで、この先あなたを人間界、住んでいた村に戻すという形になりますが、よろしいでしょうか」
わりと儀礼的、塩対応な彼に少し好感を持ってしまったエリィだが、迷うことなく頷く。すると、わかりましたとヒトの悪い笑みを浮かべた青年が指を鳴らすと、どこかで見た“牛”と同じように彼女の体の周りを光が取り囲む。
「では、ご武運を」
その言葉の意味を理解するよりも早く、彼女の意識は途切れた。