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ふざけないでください、解体しますよ?

 視界が戻ったとき、エリィがいたのは先ほどまでの草原ではなく、真っ白い、雲のようなふんわりとした柔らかな場所だった。

 彼女が身にまとっているものも、いつも着慣れているような動きやすいものではなく、白い長い一枚布で作られたもの――まるで教会に飾られている《豊穣の女神》ミュエルが身に着けているようなものだった。


「ここは……どこですか?」


 近くに“牛”がいることを確認したエリィはおそらく自分を誘拐したのが“(これ)”であるということを即座に認識したものの、先ほどまで持っていた本がなく、目の前の物体(・・)を脅迫できないことを悟った。

 仕方なく下手から質問した彼女だが、相変わらずのほほんとしている“牛”。


『ここ? 二人だけの空間だよ。ここならだれにも邪魔されずに君を愛すことができる』


 彼女が一般人――神様ではないただのヒトという意味――であることをいいことに堂々と誘拐したことをばらす《万能神》。目の前で言われている意味は分かったものの、相変わらずなぜこの物体が――そして、神様が自分のことが好きであるのかということが理解できないエリィはぽかんとした表情だ。


『どうしたんだい? 助けを求めても俺以外のだれにも気づくことはできないんだから、無駄だよ?』

「いえ、そうじゃなく……」


 目の前の“牛”が可哀そうだとエリィは感じた。何気にカッコつけていっているところがなお、可哀そうだった。

“牛”がエリィのその、可哀そうなものを見る目線に気づき、どうしたんだい?と尋ねると、少し言いにくそうなエリィだったが、意を決して、口を開く。


「あなたは牛なので、私にはちょっと……」


 貴賤問わずというのならば、現実でもありうるだろう。しかし、目の前にいるのはどう見ても“牛”だ。さすがにおとぎ話のように牛とヒトが結婚する、というのは、家業大好きなエリィでも難しい話だった。

 彼女の言葉に自分の前足を確認した“牛”は、マジかと真っ青 (?)になって、その場に座り込んだ。やはり“牛”としての習慣が身についているらしい自称《万能神》だが、今ではその座り方までなんだか偉そうにみえてしまった。


『この空間を作るとき、ちゃんと姿を元に戻すための命令(コマンド)も埋め込んでおいたのに、変わってないなんてちょっと意味分からないんだけれど!? いや待て、アイツらが俺を変えたのは魂を牛に埋め込む命令――って、ああ、大丈夫か。その命令だな……うん? っていうことは、アイツらマジでだましやがったのか!?』



 エリィを置いてきぼりにしてぶつくさと文句を言う《万能神》。

 おそらくここに神様仲間がいれば自業自得だろうとツッコまれただろうが、神様同士のつながりの全貌を把握していないエリィにとってはちんぷんかんぷんな独り言だった。


「……えっと、意味がわからないんですが」

『分からなくてマジ大丈夫。神々(こちら)のミスというか、アイツらの嫌がらせというか』


“彼”を牛に封印したのは決して嫌がらせではなく、ただこれ以上ややこしいことを減らそうとする配慮なのだが、《万能神》にとっては“嫌がらせ”の一環でしかなかった。

 


『とりあえずこの姿のままだけど、君のことを愛してる。今までにない感情があるんだ。だから結婚してくれ。姿は多分――多分どうにかなる』

「お断りします」

『早っ』


 なんともグダグダで立ち直りの早いかなりポジティブな“牛”ではあるが、エリィのほうはかなり現実的で、まったく夢を見ていない。“牛”からの求婚をすげなく断ると明らかに落胆する“牛”。


「だって、あなたは神様かもしれませんが、私は人間ですし」

『多分まあ、そこはなんとかなるはずだから大丈夫、多分』


 彼女が断る理由にぶつくさ言う“牛”だが、(“牛”にとって)それ以上の爆弾を落とす彼女。



「それでも、人を拉致して求婚とか普通はありえませんからね」



 心当たりがありすぎる“牛”――否、自称《万能神》ルエズは藪蛇とばかりにグゥゥと唸るが、時すでに遅し。続きで言われた言葉にさらに落ち込む。


「はっきりと言いましょう。私はあなたのことが嫌いです。そうですね――今すぐ屠殺して解体したいくらいには」


 エリィの実家はただ綺麗なこと――牛から乳を取ったり、鶏から卵を取ったりしているだけではない。

 年老いて働くことのできなくなった牛や、卵を埋めなくなった鶏を捌くことだってたまにはある。ときにはまだ働き盛りな牛や若い鶏を丸ごと解体して、保存用の肉詰めにしたり、祭りのときに村人たちにふるまったりすることだってある。

 彼女の慈悲もない言葉に涙目になりながら、最後の抵抗を見せる“牛”。


『女の子がそんなことを言うもんじゃない』

「一応その道のプロの娘ですよ? すでに、ええと……牛だけで十五頭は()ってますよ」


 しかし、エリィが自称《万能神》を《万能神》とも思えない口調と無表情でそう告げると、目から涙がこぼれる《万能神》。さすがに被虐趣味まではないようだった。


「で、これからどうするんですか」


 すでに《万能神》とのやり取りに疲れた彼女は早く戻せとにらみつけるが、それができないんだよねぇと逃げようとする“牛”。さすがのエリィも動きが封じられた“牛”ではなにもできないと判断したのか、草原にいたときのように寝転がる。


「どうするもなにもできないので、しばらくはここでじっとしているほかないですよね」


 寝転がってからしばらく経ったものの、なにもすることがなかったエリィが暇そうにそうぼやくと、そうだな。ならば私の話でも聞いてみるか?と提案する《万能神》。


「なんで“ならば”になるのかわかりませんが、いいでしょう」


 冷たい視線を向けられ、彼女のほうが優位に立っていることを明らかにされた“牛”はもう一度唸るが、それ以上エリィがなにも言わなかったので、ポツポツと話し始めた。

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