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なんでこんなことになりましたかねぇ。

 昼下がりの草原。芽吹き始めた草花がそよ風になびいている。

 その中でくすんだ茶髪の少女一人きりで古びたぶ厚い本をめくっている。決して識字率が高くない国だが、両親、祖父母、そしてその前から伝わる記録を読める程度には理解できるらしい。十四歳ながら継ぐ予定の生業をしっかりと学ぶ様子は村の中でも評判で、ぜひ婿にという青年も絶えなかった。

 彼女の周りでは何頭ものの牛がのんきに草を()んでいるが、彼女は日が暮れるまでその場から動く気配はない。


「気持ちよさそうですねぇ」


 少女、エリィは顔を上げ、そのうちの近くにいる一頭を見て頬を緩ませる。今日も牛たちは元気そうだ。毎日牛を見続け、朝早くから夜遅くまで――時には徹夜仕事になるこの生業を飽きたり嫌いになったりしたことはない。

 目の前の雄牛はすでに老体といってもいいぐらいの年で繁殖用にも使えないが、処分(とさつ)するにも金がかかるので、処分せずにそのまま力仕事用として使っている。

 一瞬、その牛と目が合ったような気がしたエリィ。


『俺の嫁になってくれないか?』


 はたから見れば牛はモゥと鳴いただけだ。しかし、彼女の頭の中に“ヒトの言葉”として送られてきた。


『あまり体の動かない俺を気遣って毎日世話してくれるじゃないか。お嬢さんほど気にかけてくれている人はいない』

「ええと。いろいろ混乱中なんですが――私が世話するのはただそれが仕事であるだけで、別にあなただからといって特別扱いしてるわけじゃないですし、というか、私は人間であなたは牛ですし……――そもそもなんで牛がしゃべっているんですか!?」


 牛から送られてくる言葉に思いっきりツッコむエリィ。

 周りから見ると不審者でしかならないが、幸いにも彼女から見える範囲に人はいない。


『いい質問だね』


 牛はその彼女の状況を知っているのか、のんきに草をはみながら彼女にしゃべり続ける。


『いやね、俺ってもともと“神様”だったんだけれど、その特権を使って好き放題しちゃったからか、神様仲間に牛にされちゃったんだ』


 自分の置かれた状況を話す牛。

 エリィはなんですか、その状況とツッコむ。


『俺もなんで牛にされたのか、ほかの生き物――たとえばイヌやネコ、カラスやはたまたヒトじゃダメだったのかわかってないから大丈夫』

「いや、そう問題じゃなく」


 牛は自分がなぜ牛になっているのか理解していないようだったが、エリィにとってはぶっちゃけどうでもいい。

 そもそもなんで自称“神様”な牛がしゃべっているのか、そして彼女に話しかけたのかというところが知りたかったのだが、まともにしゃべる気はないようだ。


『ちなみにここってベスリアだっけ?』

「ええ、ベスリアですね」


 自分や親との会話からこの国の名前を言い当てたふぅんと感心する牛。エリィはなにかしら牛になる原因でも見つけたのかと思ったが、そうではなかったらしい。


『じゃ、俺が祀られてる国だね』


 その言葉にへぇとどうでもよさげな反応を見せるエリィ。彼女にとって――彼女の家にとって神様は牧神と豊穣の女神以外には知らない。一人称で“俺”とか使ってそうな牛の姿をした神様の名前を聞いたことはなかった。


「自称神様なあなたですが、なんの神様ですか?」


 胡散臭いことこの上ない神様だが、一応ここで出会ったが百年、祀らないわけにはいかない。確認するとよく聞いてくれましたとばかりに偉そうに胸を張る (?)牛。


『俺はねぇ《万能神》ルエズだよ』


 嘘つけ。

 エリィは牛そのものが神様だったというところについてはもはやツッコむ気はない。しかし、《万能神》ルエズの名前を騙るとは無礼千万な“牛”だ。牛の首元を持っていた本の角でぐりぐりとしてやると、痛ったぁいと涙目になる“牛”。

 嘘つかないでくださいねとエリィはニッコリしながら言うと、ひときわ大きく鳴き声を上げる“牛”から嘘じゃないんだけれどぉと伝わってくる。


「では、証明できますか?――ああ、ここら辺では《牧神》ユエヴ様と《豊穣神》ミュエル様以外は祀られてないので、なにかほかの方法でお願いしますね」


 おそらくこの自称《万能神》ならば教会に行って、自分の像を見せるとか言いだしそうな気がしたので、先にエリィはくぎを刺しておいた。

 案の定“牛”は、その方法が使えないというのは気が利かないなぁ、人間たちはと愚痴っている。しかし、転んでもただでは起きないのが自称《万能神》らしい。じゃあ、神話とか聞いたことあるかな?と尋ねてきた。


「おとぎ話程度にならばありますよ」


 幼いころから寝るときに聞かされてきたおとぎ話。

 文字を覚えさせるためか、少しおどろおどろしい挿絵の付いた本も見させられた記憶がある。


『じゃあ、こんな話知ってるかい? 俺の妻は正義の女神なんだけれど、彼女すっごくキレやすくてさ、怖かったからよく旅に出かけてたんだけれど、そこですっごくかわいい子がいてさ。彼女をといい感じになったりしたとかさ』


“牛”はじゃあこんな話知ってるかなぁと言いながら身の上を語りだすと、聞いたことがありますねとエリィも無表情で頷く。


「ほかにもまたまた奥さんが怖くて逃げていった先にいた人間の女性との間にできた子供に神様と同じくらいの力を与えたら、その子にうっかり殺されかけそうになったりとか」

『そうそう……てか、結構事実が伝えられてるねぇ、僥倖僥倖。ほかにも十二柱といって、《酒の神》ヴルトっちや《旅人の神》ミレンバくん、あとは……《海の神》ポリィテの野郎とかもいるんだけれど、さすがにそこまでは知らないよね』


 おそらく実際は子供向けの話ではないが、冒険ものとして、勧善懲悪ものとしてマイルドに脚色されているだろうおとぎ話にそれでも十分だねぇと満足げな“牛”。しかし、やっていること (やってしまったこと)はかなり成人向け。そこに気づかない彼女も彼女だが、すべてを言わないのはさすがは自称《万能神》。


「そうですね、詳しくは。名前程度ならば聞いたことがあります」

『そうかぁ。アイツらもまだまだだなぁ。ああ、でもミュエルちゃんなら知ってるんだっけ?』


 自分の仲間をアイツら呼ばわりする“牛”。

 そこにみえるのはただの威光なのか、それとも自分が本当に《万能神》という自信がどこかに落ちているのか。

 エリィは半分以上聞き流していたが、よく聞く名前――豊穣の女神の名前が出てきたとたん、“牛”の足元に正座する。


「ええ。彼女には大変お世話になっております」

『そうなんだぁ。ミュエル(ロリ女神)より知名度低いのはショックだなぁ』


《豊穣の女神》ミュエルはこのあたり――農耕・牧畜が盛んなこの地域では当たり前のように祀られる。《万能神》ルエズより知名度が高いのは自明なのに、拗ねる自称《万能神》――が、自称《万能神》らしく、ただでは起きないらしい (二回目)。

 自分の足元に座り込んだエリィの耳元に鼻を持ってきて、これまでよりも一段と低い声でモゥウと鳴いた。


『……じゃあ、これは知っているかい?――――私が気に入った娘を誘惑するときは必ず(・・)ヒト以外の姿に化けるっていうことを』


 鳴き声自体は短いのに、そこから送られてくる会話は長かった。エリィが理解する前に彼女の体は光に包まれ、ふわりと浮いたように感じた。

全5話。

このあと19〜22時までに適宜投稿。

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